第4話 グラスの中の銀河、アヴァロンの魔女
※【視点:ルーナ・ルビントン】
惑星企業連合。
この銀河の経済を脈打たせる巨大な心臓であり、全てを飲み込む貪欲な捕食者。
「自由競争」という美名のもとに弱者を喰らい、裏で兵器をばら撒いて血の花を咲かせる、素敵な帝国。
秘密コスモコロニー『アヴァロン』。
その最上階にある特別展望室から見下ろす景色は、まさに神の視点だわ。
「フフフ……実に、愉快ね」
私の手の中にあるのは、最高級のヴィンテージワインが注がれたクリスタルグラス。
揺らめく深紅の液体は、まるで今しがた絞め殺したばかりの、新鮮な生命の血のよう。
グラスを傾け、その芳醇な香りと共に、微かな鉄錆のような匂いを鼻腔で楽しむ。
眼下に広がるのは、不健康な茜色に染まった星々の海。 工業コロニーから漏れ出す排熱の光が、まるで腐りかけた果実のように熟れて、宇宙を汚している。
ああ、汚らわしい。
けれど、愛おしい。
だって、この醜悪な輝きこそが、私の掌で踊る「銀河」そのものなのだから。
ガラスに映るのは、深紅のマーメイドドレスを纏った私――ルーナ・ルビントン。
プラチナブロンドの髪、サファイヤブルーの瞳。
惑星企業連合のCOOにして、この腐った盤面を支配するプレイヤー。
「哀れな道化たち。コスモノイド解放戦線は理想に溺れ、コンドル王国軍は過去の栄光にすがる。アンドロメダ正教会に至っては、偽善の衣を纏った金の亡者……」
ワインの雫が残る唇を、舌先でそっとなぞる。
甘くて、残酷な味がした。
「すべて、この私が描いた脚本通りに、盤上で踊ってくれているわ」
コンドル軍には偽情報を流し、疑心暗鬼を植え付ける。
反乱軍には武器を与え、無謀な勇気を焚きつける。
教会には『星の遺産』の甘い匂いを嗅がせ、欲に狂わせる。
すべては、計算され尽くした冷酷なる戯曲。
私の目的はただ一つ。
『星の遺産』の完全なる掌握。
そして、その力でこの腐敗した銀河を焼き尽くし、私が望む「清浄なる世界」を創り上げること。
そのためなら、何億の命が散ろうとも構わない。
だって、雑音は消去されるべきでしょう?
その時、静寂を破るように控えめなシグナルが鳴った。
「ルーナ様」
空間に響くのは、氷のように感情のない声。
カミーラ。
私の忠実なる影であり、汚れ仕事を一手に引き受ける「ブラック・スター」の指揮官。
「どうしたの、カミーラ? まさか、私の完璧な計算に、狂いでも生じたのかしら?」
私は窓の外、星屑の海から視線を外さずに問いかける。
声に滲ませたのは、退屈を乱されたことへの微かな苛立ち。
「いえ。アルベルト王子より、定時連絡です。『星の遺産』を利用したクローン体への魂転送……その研究に、大きな進展があったとのことです」
カミーラの報告に、私の唇が自然と弧を描く。
満足だわ。
あの愚かな王子も、ようやく「使い捨ての駒」としての価値を示し始めたようね。
「そう。いよいよ、舞台の幕が上がるのね。あの哀れな王子も、ようやく道化としての役割を果たす時が来たというわけ」
グラスに残った最後の一滴を、味わうように飲み干す。
「カミーラ、アルベルト王子に伝えなさい。『実験の成功を、心から祈っている』と、優しくね。そして、反乱軍には予定通り、大規模な花火を打ち上げてもらいましょう」
「御意に。……しかし、ルーナ様。本当によろしいのですか?」
カミーラが無表情の中に、わずかな懸念の色を浮かべる。
「アルベルト王子の実験は、あまりにも禁忌に触れすぎています。万が一暴走すれば、銀河全体を巻き込む取り返しのつかない事態にも……」
「あら、心配ないわ。全ては想定の内よ」
私はふわりと笑い、カミーラを見据えた。
「それに、たとえ暴走したとしても……それはそれで、また一興でしょう?」
「……え?」
「自らの欲望と狂気に飲み込まれ、破滅していく王子の姿。最高のエンターテイメントになると思わない? 壊れるなら、派手に壊れてくれた方が、観客も喜ぶわ」
他者の破滅すらも、私の美学を彩るスパイスに過ぎない。
私が欲しいのは、その先にある静寂だけ。
「行きなさい、カミーラ。計画を進めるのよ」
「……はッ」
カミーラの気配が消える。
私は再び、眼下の星々へと視線を戻した。
燃えるような光に染まるコロニー群。
それは、これから銀河を覆うであろう戦火と、私の新しい時代の夜明けを予感させている。
誰にも止められない。
たとえ、その道が死体の山で舗装されていようとも。
私が、この手で終わらせてあげる。
「さあ、踊りなさい。私の愛しい、愚かな人形たち」
グラスの中の空虚な銀河に向かって、私は甘く囁いた。
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