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第36話 狂気の賭けと白銀の銃弾

【視点:ローズマリー】

カジノの中央、黒檀のテーブル。


わたくしは今、野獣のごとき男、レグルスと向き合っていた。


周囲を取り巻くのは、他人の不幸を蜜の味とする野次馬たちの視線。


ねっとりと肌にまとわりつく欲望の視線が、不快でなりませんわ。


やはり、このディーラーもグル……。


完全に出来レースですわね。


漆黒の燕尾服に身を包んだバニーガールのディーラーの指先。


コンマ数秒の不自然な間。


わたくしの目は誤魔化せませんわよ?


実に姑息で、芸のないことですわ。


「コールですわ」


「レイズだ! さらに上乗せさせてもらうぜ!」


レグルスが醜悪な笑みを浮かべる。


わたくしは静かに、しかし絶対的な自信を持って手札を開いた。


「ストレートスターですわ」


「フン! 俺様はフォーカードだ! ブラックホールのな!」


チップが吸い込まれていく。


わたくしのチップは、まるで砂漠に撒かれた水のよう。


「フハハハハ! どうしたブラッディ・ローズ! チップが足りないなら、そのドレスでも脱いで換金するかァ!?」


下品な高笑い。


会場のボルテージが上がる。


野次馬たちの、卑猥な歓声と口笛が響き渡る。


遠くで、あの方が苛立たしげにこちらを見ている。


ふふ……。


これは、()()()()()()()()()ですから。


勝負はこれからです。


              ◇


「では、皆様、ショーダウン!」


ディーラーが、淡々と告げる。


「フルスター、ですわ」


「フン!俺様はストレートフラッシュだ!コメットのな!」


レグルスは、テーブルを叩き割らんばかりの勢いで、自分の手札を叩きつけた。


「フハハハハハ!レグルス様の勝利だ!」


レグルスは、獣のような、下品な高笑いを上げた。


残っていたチップが、無情にも、レグルスの元へと吸い込まれていく。


けれど、わたくしにはまだ賭ける『物』がある。


「まだ終わりではございませんわ」


わたくしは指から、血のように濃いルビーの指輪を外した。


『紅涙のルビー』。


銀河でも、有数の価値がある。


「これで、もう一勝負お付き合いいただけますかしら?」


指輪を惜しげもなくディーラーの元へと差し出した。


周囲の観衆から、息を呑むようなどよめきが起こる。


「…!ま、まさか、『紅涙のルビー』か!?た、たしかに、その価値は、下手な小型宇宙船をも凌駕する!」


レグルスは、驚愕に目を見開いたが、すぐに、その欲望の瞳を、ルビーに注いだ。


「フン、まあ、いいだろう!ディーラー!チップを!」


ディーラーは、無表情でルビーを受け取り、その価値に見合った巨額のチップを、瞬時に算出して、わたくしの元へと積み上げた。


これで、再び戦いの土俵へと、舞い戻った。


けれど、レグルスのイカサマは、さらに巧妙に、そして露骨になっていった。


ディーラーの配るカードは、まるで重力に引かれるかのように、意図的にレグルスに有利に傾き、彼の袖の下に仕込まれたダビングデバイスは、常に彼に最高の役を導いた。


                    ◇


チップが無くなるたびに、ルビーも、ネックレスも、ブレスレットも換金した。


そして、わたくしを飾っていた宝石たちは、次々とと消えていった。


「これらも、換金していただけますわね?」


「ま、まさか? まだ続けるつもりか!?」


ついに、わたくしの身に残されたのは、深紅のドレスと、その下のランジェリーだけ。


観衆の視線が、いやらしくわたくしの肌を舐め回す。


ディーラーは、換金したチップを、再びわたくしの元に積み上げた。


そして、冷徹にカードをシャッフルし、手札を分配した。


会場を取り巻く熱気は、ゲーム数が積み重なるほどに、異常な欲望へと加速していく。


野次馬の中には、わたくしが落ちぶれていく屈辱的な瞬間を、銀河へ向けて、ライブ配信をする者まで出始めていた。


「では、皆様、ショーダウン!」


その声は、カジノの喧騒に、か細く響いた。


「スリーカード、ですわ」


「やるな?だが、俺はストレートスターだ!」


わたくしの残っていた全てのチップが、無情にも、レグルスの元へと吸い込まれていく。


そして、またしても、最後のチップが、テーブルの上から消えた。


「フフフ……」


わたくしは妖艶に微笑んだ。


そして、そっとドレスのスリットに手を入れ――。


「わたくしの、最後の『勝負服』ですわ」


テーブルの上に置かれたのは、繊細なレースとシルクで編まれた、純白のショーツ。


「どうぞ、遠慮なさらず、この美しき薔薇を、骨の髄まで、お召し上がりくださいませ。わたくし、逃げも隠れもしませんから」


その瞬間、会場の熱狂は、最高潮に達した。


男たちの、生々しい欲望に満ちた絶叫と口笛が、カジノ全体を覆い尽くす。


「正気か!? 無駄な足掻きはやめろ!」


「いいえ、レグルス様。無駄では、ありませんわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


「意味、だと?すでに、勝負の結果が見えているのにか?時間の無駄だ!」


「フフフ、もう少しだけ、この燃えるような熱い駆け引きを、楽しんでも良いのではありませんこと?どのみち、あなた様が、勝てば…」


深紅の唇を舐める。


「敗北すら美しいわたくしの『所有権』を、その手にすることができるのですから。……それとも、わたくしを求める覚悟は、その程度でしたの?」


「……い、良いのですか、ブラッディ・ローズ様。本当に、ご自身のショーツで、さらに賭けを…?」


ディーラーの手が震え、レグルスの顔が引きつっている。


「ええ、構いませんわ」


そう、恐怖なさい。


わたくしの『勝負服』ですわ。


どうぞ、心ゆくまで、楽しんでくださいまし。


そして、後悔なさい……。


「フンッ!面白い!これこそ、真のギャンブルというものよ!貴様の、その底知れぬ狂気、俺様が、その身と心ごと、受け止めてくれるわ!」


レグルスは、強がり、テーブルにチップを、叩きつけるように置いた。


けれど、その声は、先ほどまでの高笑いとは違い、どこか上擦っていた。


カードが配られる。


ディーラーの動揺が、カード捌きを鈍らせる。


わたくしは、全霊を込めて手札を作っていった。


「では、皆様、ショーダウン!」


「ストレートスター、ですわ」


「フ、フン! 散々手こずらせよって! フルスターだ!!」


レグルスが手札を叩きつけた。


「フハハハハハ! 俺様の完全勝利だ! 約束通り、今日から貴様は俺様の妻だ!」


レグルスがわたくしの腕を掴んだ。


獣の臭いが鼻を突く。


「観念しろ!ブラッディ・ローズ!」


「離してくださいまし! この無礼者!」


わたくしはハイヒールで蹴り上げた。


けれど、レグルスは、ハイヒールの踵を、まるで獣が獲物の骨を噛み砕くかのように、バリリッ!と音を立てて、食いちぎってしまった。


わたくしはバランスを崩し、床へとへたり込む。


「フハハハハハ!実に、気の強いメスだ!最高だぜ!そういう女の方が、たくさん、俺様の子を産むからなぁ!さあ、来るがいい、我が愛しの妻よ!」


レグルスは、わたくしの腕を、再び、強く握り締めた。


そして、このカジノにいる、全ての者たちに、自分の所有物だと見せつけるかのように、無理やり引き起こした。


獣の顔が迫る。


唾液にまみれた唇が、わたくしの顔に――。


わたくしは目を閉じた。


その瞬間。


パァァァーンッッ!!!


乾いた銃声が、静寂を切り裂いた。


レグルスのたてがみが焦げ、悲鳴が上がる。


「………!?」


時が止まったようなカジノの中で、硝煙の匂いが漂ってきた。


ああ、この懐かしい、火薬の香り。


「おい、そこのみっともねえクソケダモノ」


低く、けれど絶対零度の怒りを秘めた声。


群衆を割って現れたのは、赤い髪の男。


手には、禍々しい輝きを放つスターダスト・リボルバー。


「そいつは、俺の大事な『所有物』だ。人様のモンに、勝手に出してんじゃねえよ」


「……! お、お前は……! 白銀の!?」


「ベレット様……」


「帰るぞ、ローズマリー」

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