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第34話 欲望の坩堝(るつぼ)、リバティ・カジノ

翌朝。



スターダスト・レクイエム≫号のラウンジには、まだ昨夜の「腹の虫」騒動の余韻が、気まずい沈黙となって漂っていた。


窓からはポート・リバティの人工灯が差し込んでいる。


俺は合成プロテインバーを無表情で齧りながら、テーブルに広げた三次元マップを睨みつけていた。


「もう少し、マトモな情報が欲しいところだな……」


各陣営が蠢き始めている事実は掴んだ。


だが、霧の中の輪郭のように漠然としている。


「ハイ、ハイ、ハーイ! ベレット! 私も一緒に情報集め、行きたい!」


隣で食事を取っていたミューが元気に名乗りをあげる。


「ダメだ」


小さくため息をつきながら、きっぱりと言った。


「これは、お遊びじゃねえんだぞ。あと、そのプロテインワーム、ちゃんと残さず食え」


「えー!ベレットのケチ!意地悪!役立たずって言うの!?」


ミューは頬を膨らませる。


潤んだラピスラズリの瞳が俺を見上げる。


一瞬心が揺らぎそうになるが、俺は視線を逸らした。


「今日は、船の本格的な修理と補給も始めなきゃならねえんだ。お前は、ナビィのサポートをしてやってくれ」


「ナビィのお手伝い……? でも、私はベレットと一緒がいい」


ミューは、不満そうに唇を尖らせた。


「俺は裏通りを回る。お前を連れて行くわけにはいかねえんだ」


「ヤダ! 絶対ついていく!」


「……ミュー」


俺は諭すように、悪戯っぽい響きを込めて言った。


「ナビィを手伝って、いい子で留守番しててくれたら、そうだな、今度、お前の好きなこと、一つだけ、聞いてやらんでもないぜ?」


「……! 好きなこと!?」


ミューの瞳がキラリと輝く。


単純なやつだ。


「わ、分かったわ! 約束よ! 絶対だからね!ナビィのお手伝い、ちゃんとする!」


彼女はパアッと笑顔になり、元気よく敬礼してみせた。


「ミューさん、サポート、ありがとうございます。非常に助かります」


ナビィのどこか温かい響きを含んだ声が、響いた。


俺は、空になったコーヒーカップをテーブルに置いた。


「あれ? そういえば、ローズマリーは……?」


「さあ? 見てないわよ、あの仮面女のことなんて」


ミューは、まだ皿に残っていたプロテインワームを、皿の端っこに避けながら、そっぽを向いて答えた。


「ローズマリーさんでしたら、先ほど、『少し、外の空気を吸ってまいりますわ』と、船を降りていかれました。行き先までは、確認しておりませんが」


ナビィが、給仕をしながら、淡々と答える。


「そうか」


ナビィにコーヒーを注いでもらい、頷いた。


「じゃあ、ナビィ、後のことは頼んだぞ。ミューも、しっかり手伝えよ」


そう言うと、俺はコーヒーを飲み干した。


そして、ミューの皿に、プロテインワームを盛り付けて、ニヤリと笑って、ラウンジを後にした。


「ベレットの意地悪!覚えてなさいよ!もうっ!!」


ラウンジの方から、可愛らしい叫び声が、微かに聞こえてくるのを、背中で聞きながら、苦笑いを浮かべた。


                  ◇


向かったのは、ポート・リバティの中でも、特にカオスな情報と、人間の剥き出しの欲望が渦巻く場所。


コロニー中心部のダウンタウン。


その目抜き通りのさらに裏手に位置する、対岸に突き刺さるかのように聳え立つ巨大な高層ビル。


「リバティ・カジノ」。


けばけばしいネオンサインと虚飾の黄金で彩られた、欲望の神殿だ。


銀河中の(クレジット)がブラックホールのように吸い込まれていく場所。


「へっ、久しぶりだぜ」


入り口の厳重なセキュリティゲートで、無感情なアンドロイドのガードマンによるボディチェックを抜け、カジノの内部へ足を踏み入れる。


スロットマシンの電子音、怒号、ため息。 酒と香水と汗の匂い。


微かに漂う血と硝煙の香り。


俺にとっては、どこか落ち着く日常の香りだ。


「さてと、まずは軍資金稼ぎといくか」


俺はニヤリと笑い、「スターカード」のテーブルへ向かった。


スターカード。


それは、四つの異なる星の紋章、スター、コメット、ネビュラ、ブラックホールと、紋章ごとに1から13までの数字がそれぞれ刻まれた、特殊なエネルギーカードを用いて行われる、この銀河で最もポピュラーなゲーム。


手札5枚で、より強力な役を揃えた者が、全てのチップを総取りする。


シンプルながらも、運と実力と、そして何よりも「ハッタリ」がモノを言う勝負の世界。


俺が目を付けたテーブルには、既に三人のプレイヤーが、熱い火花を散らしていた。


一人は、見るからに金を持っていそうな、貴族趣味の派手なスーツを着こなした青年。


そして、その隣には、腕に蛇の刺青を入れ、顔にいくつもの傷跡を持つ二人組の宇宙海賊。


「フン、所詮、浅はかな宇宙海賊風情など、この僕の、華麗なる知略の前では、赤子同然だね」


青年が、扇子で口元を隠しながら、嘲るように言う。


「…!こ、この、スカしたキザ野郎が!次こそは、絶対に勝って、その綺麗なツラを、歪ませてやるぜ!」


海賊の一人が、顔を真っ赤にして、悪態をつく。


どうやら海賊たちがカモられているらしい。


「あ、兄貴ぃ!だ、大丈夫なんですかぃ?もう、1万クレジットは、負けちまってますぜ!」


もう一人の子分らしき海賊が、青い顔で、震えながら訴える。


俺は、その光景を眺めながら、テーブルのディーラー、バニーガールに、声をかけた。


「よう、嬢ちゃん。俺も一枚噛ませてくれねぇか?」


「他の方々が、よろしければ」


ディーラーは、抑揚のない声で、他のプレイヤーに問いかける。


「フン、いくら、汚いネズミが増えようと、この僕の、勝利は揺るがないがね」

「ケッ、同業者かよ。まあいいぜ、カモが増えるだけだ」

「あ、兄貴ぃ!これで、少しは、取り返せますぜ!」


俺はは、無言で頷くと、空いていた席に着き、テーブルに、クレジットチップを、ジャラリ、と音を立てて置いた。


ゲーム開始。


「やっぱりな」


配られたカードは、案の定クソみたいな手札だ。


このお上品な顔したディーラーと、あのキザな坊ちゃんは、グルか。


カードの配り方に偏りがある。


海賊の親分の方は、自分の袖の中に、隠し持ったカードと、すり替えようとしてやがる。


上等じゃねぇか。


「コールなさいますか? 赤髪のお客様?」

「どうしたんだい? 顔色が死人のようだねぇ」

「ヒャハハハ! こいつはツイてるぜ!ようやく、俺たちにも、勝ちの女神が微笑んでくれそうだ!」


全員が俺をカモだと確信している。


俺の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。


「コールだ」


「……! な、なにぃ!?」

「フフフ、君も浅はかだね」


「まあ、そう焦るなよ。ゲームはまだ始まったばかりだろう?」


俺は指先でカードを弄ぶ。


奴らの視線がチップに釘付けになっている一瞬の隙。


俺はまるで魔術師のように、手元のカードをすり替えた。


相手のイカサマを逆手に取り、最強の手役を作り上げる。


「ショーダウン!」


ディーラーの声。


「スターフラッシュだ」


俺は短く告げ、カードを叩きつけた。


同じ星の紋章、連続する数字。


紛れもない、最強の役。


「「「―――な、なんだとぉぉぉっ!?―――」」」


絶叫が響き渡る。


「そ、そんな馬鹿な!?僕の、この完璧なフォーカードよりも、強いだと!?」

「あ、ありえねぇぜ!俺様の、渾身のスリーペアが、負けるなんてよぉ!?」

「あ、兄貴ぃぃぃ!?」


俺は絶望に染まった男たちの顔を、心底楽しそうにせせら笑った。


「どうしたんだよ。もっと笑えよ。俺とお前たちの、楽しいショータイムだぜ?」


その後も俺の独壇場だった。


相手のあらゆるイカサマ、仕掛け、心理的な揺さぶりを全て見抜き、圧倒的な勝利を重ねていった。


                ◇


1時間後。


テーブルの上には山のようなチップ。


そして床には、全てをひん剥かれた哀れな男たち。


「まあ、こんなもんか」


巻き上げた大量のチップを革ジャケットにしまい込む。


これでも、まだ、あのオンボロ船の修理費の、ほんの足しにも、なりゃしねえが……。


「ど、どうして、僕が、こんな目に」


青年が、涙目で、俺を呪うように睨みつける。


「単に、運がなかっただけさ、坊ちゃん」


肩をすくめ、皮肉っぽく言った。


「それに、俺は、昔から、ギャンブルだけは、星の巡りが、良いもんでな。ま、それだけのことだ」


そう言うと、もはや用済みとばかりに、男たちに背を向け、他のテーブルへと、ゆっくりと歩き出した。


「…!あ、あの、燃えるような赤い髪!あの、悪魔的なまでのギャンブル運!そして、あの、全てを見透かすかのような、剃刀色の瞳!ま、まさか…!」


「あ、兄貴ぃ?ど、どうしたんですかぃ?何か、知ってるんですかぃ?」


「ま、間違いない!あれは!あれは、『白銀の流星』だ…!」


海賊の親分が、恐怖に歪んだ顔で叫んだ。


「『白銀の流星』ですって!? あの伝説のギャンブラーにして凄腕の海賊!?」


「ああ、どうりで、勝てるわけがねぇ。完全に、嵌められたんだ、俺たちは。だが、まあ、いい。あの、『白銀の流星』と、直々に手合わせできたんだ。銀河中の酒場で、一生自慢できる武勇伝には、なるだろうぜ」


「ずいぶんと、高い授業料になっちまいましたねぇ、兄貴ぃ」


背後で海賊が震える声で叫ぶのが聞こえた。


俺は振り返らずに手を振った。


さて、次は、どのテーブルで、カモを探すか。


あるいは、あの奥のVIPエリアにでも、顔を出してみるか…?


そこにこそ、俺が求める『情報』が眠っているかもしれねえ……。


そう思考を巡らせ、次の行動を決めようとした、その時。


ふわり、と鼻腔をくすぐる香りがあった。


濃厚で、甘美で、そして少しだけ危険な薔薇の香り。


          ◇


懐が温まったところで、俺は本題に取り掛かることにした。


足を踏み入れたのは、一般フロアとは明らかに隔絶された、より濃密な欲望と危険な取引の匂いが充満する、カジノの中枢。


VIPエリア。


そこは、星々の海を裏から操る有象無象の権力者や、銀河にその名を轟かせるネームドの無法者たちが、巨万の富と互いの腹を探り合う、華やかで血生臭い仮面舞踏会(マスカレード)を繰り広げる、偽りの楽園だ。


柔らかな深紅の絨毯が足音を吸い込む。


空気中には、最高級の葉巻の紫煙と熟成されたアルコールの芳醇な香り。


そして、様々な種族の男女が纏う高価で、どこか挑発的な香水の匂いが、むせ返るように漂っている。


その欲望の渦巻く頂点とも言うべき空間の中心で、ひときわ多くの視線を集める一人の女がいた。


俺は思わず足を止めた。


艶やかな栗色のロングヘア。


蝶の装飾を施した大きな赤いリボン。


豊満な肢体を包む、深紅のマーメイドドレス。


目元を隠す仮面。


指先でグラスを弄ぶその仕草一つ一つが、周囲の空気を支配している。


まるで、夜会に咲き誇る一輪の毒花。


「……! あれは、ローズマリー!? 」


アイツ、こんな所で一体何やってやがるんだ?


俺は近くのルーレットテーブルの影に身を隠し、その様子を窺った。


ただの「お出かけ」にしては、気合が入りすぎている。


この女、やはりただ者じゃねえ。

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