第33話 美女たちの変身と、真夜中の「空腹」事件
ポート・リバティの裏通り。
陰謀の匂いと硝煙の味が混じり合うバーでの情報収集を終え、俺は鉛のように重い足取りでスターダスト・レクイエム号へ帰還した。
ガルムへの怒り、コンドルへの疑念、そしてミューを巡る巨大な陰謀の可能性。
頭の中はぐちゃぐちゃ。
気分は最悪だ。
だが、艦のハッチをくぐると、ラウンジの方から銀鈴を転がすような笑い声が聞こえてきた。
アイツら帰ってきてんのか。
その明るい響きに、重苦しい心がほんの少しだけ軽くなる。
「ただいま……」
少し気恥ずかしさを感じながらドアを開ける。
そこに広がっていたのは、俺の予想を遥かに超える眩い光景だった。
「「「おかえりなさい!」」」
ミュー、ローズマリー、そしてナビィ。
三人の美女が、まるでファッションショーのモデルのように着飾って出迎えた。
ミューは、明星の星屑を溶かし込んだような淡いブルーのシルクワンピース。
雪のように白い肌と、真珠色の銀髪。
俺がジャンクヤードで買った安物のガラス細工の髪飾りが、誇らしげに輝いている。
ローズマリーは、燃えるような深紅のロングドレス。
大胆に開いた胸元とスリット。
仮面の下から覗く唇が、男の理性を蕩かすような魔力を放っている。
そして、ナビィ。
普段のメイド服とは違う、純白のシャープなパンツスーツ。
知的なデザインが、彼女の完璧なプロポーションを引き立てていた。
「おかえりなさい、ベレット!」
ミューが太陽のような笑顔で駆け寄ってくる。
甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「お、おう。ミュー。その服、すげえ似合ってるじゃねえか。なんだか別人みたいだぜ。綺麗だ」
「……! ほんと!? 嬉しいっ! ローズマリーがね、私に似合うって選んでくれたのよ!」
彼女は銀河一の幸せ者みたいな顔をする。
まったく……。
お前は、銀河で最も厄介事の中心にいるかもしれねえのに。
「ふふ、ベレット様もそうお思いになりまして? わたくしの目に狂いはありませんでしたわね」
「ああ、ローズマリーもな」
自信に満ちた態度に、改めて感心する。
「そのドレス、凄え似合ってるぜ。まあ、お前さんは、何を着たって、様になるんだろうがな」
「まあ、お上手ですこと」
ローズマリーは満足げに、どこか勝ち誇ったように微笑む。
「ちょっと、ベレット! ねえ! 私の方がもっとずーっと似合ってるわよね!? そうでしょ!?」
ミューが対抗心を燃やして腕に抱きつく。
柔らかい感触。
「おいおい、だからどっちも似合ってるって……。それより、ナビィ! お前もそのスーツいいじゃねえか。凄腕のエージェントみたいだぜ。まあ、お前は元々俺の最高に優秀な相棒だけどな」
「……! ありがとうございます、マスター」
ナビィが一瞬目を見開き、ほんのりと頬を染めたように見えた。
「お褒めいただき光栄です。この外部装甲のデータも、今後の活動に活用させていただきます」
無表情ながらも、どこか嬉しそうに、優雅にお辞儀をした。
「えーーーーっ! なによ! ナビィの方がなんか、いっぱい褒められてるじゃない! ベレットのバカー! もう知らない!」
ミューが頬を膨らませて拗ねる。
「あらあら、ミューったら、まだまだお子様ですこと」
ローズマリーがくすくすと笑う。
「殿方の心を射止めるというのは、本当に、難しいものですわねぇ?」
「むーっ! ローズマリーだって誘惑してたくせに!」
「あらあら、嫉妬、ですの?お可愛らしいこと」
再び火花を散らす二人。
だがその雰囲気は刺々しいものではなく、どこか温かい。
俺は呆れながらも、その光景を微笑ましく眺めていた。
まあ、薄汚ねえ宇宙船の中も、お前らがいると少しは華やかになったってもんだ。
◇
その夜。
俺は自室で、情報のパズルのピースを一人組み立てようとしていた。
港の酒場での囁き、銀河中のニュース、有力者たちの情報。
それらは一本の糸で繋がっているようで、決定的な何かが欠けている。
何度も情報を読み返し、壁に掛けられたボードにメモを書き加え、時間も忘れて、思索に耽った。
疲労が肩にのしかかる。
思考は堂々巡りだ。
コンコン。
控えめなノックの音。
神経を研ぎ澄ませて、扉の方へ視線を向ける。
俺は思考を中断し、警戒しながら扉を開けた。
「誰だ? こんな時間に……」
「……」
俺は息を呑んだ。
そこに立っていたのは、ミューだった。
彼女は、淡いピンク色のネグリジェを身に纏っていた。
繊細なレースと艶やかなシルク。
白い肩、華奢な鎖骨、そして裾から覗く滑らかな脚線美。
少女から大人へと羽化する瞬間の、危うげで甘美な色香。
「ミュー……? どうしたんだ、こんな格好で」
「あのね、ベレット」
ミューは顔を真っ赤に染め、震える声で言葉を紡ぎ出した。
「わ、私ね、あなたに……ずっと、伝えたいことがあって……」
「伝えたいこと?」
「わ、私! ベレットのこと! ずっと、昔から!」
ミューが何かを言いかけた、まさにその瞬間。
ぐぅぅぅぅぅぅ~~~~~っ………
静かな艦内に、あまりにも間の悪い、盛大な腹の虫の音が鳴り響いた。
音の発生源は、俺だ。
「あ……」
ミューが固まる。
ラピスラズリの瞳から、みるみるうちに涙が溢れ出す。
「あー、わりぃミュー」
俺は、照れくさそうに腹をさすった。
だって、しょうがねえだろう。
今まで頭をフル回転させて、情報を整理してたんだからよ。
「なんか腹減っちまってな。夜食でも作るか。お前も食うだろ?」
「………もうっ………!!!」
次の瞬間、ミューの絶叫が艦内に響き渡った。
「ベレットの、バカァァァァァァァァァァァァッ!!!」
彼女は涙目で叫ぶと、シルクの裾を翻して嵐のように走り去ってしまった。
「??? な、何だったんだ、今の?」
俺は頭をポリポリと掻きながら、呆然と廊下の暗闇を見つめる。
まあ、夜食でも食べるか。




