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第32話 コンドル王国の緊急声明、強奪された「積み荷」の行方

女性陣が華やかなショッピングプロムナードで「女の戦場」を楽しんでいる最中。


俺はまるで光から影へと逃れるように、ポート・リバティの深部、港湾地区の裏通りへと足を向けていた。


ここは、コロニーの華やかな表皮の下に隠された、生々しい内臓のような場所だ。


狭い路地には用途不明のケーブルが蛇のようにのたうち回り、壁には意味不明のグラフィティが毒々しく光る。


鼻をつくのは、排水の澱んだ臭いと、安物の合成食品の油臭さ。


すれ違う奴らの瞳には、危険な光と、安酒の濁り。 低く響く、歪んだ電子音楽。


これだよ。


この薄汚れた空気こそが、俺のような宇宙海賊崩れにはお似合いだ。


俺は迷うことなく、一軒の古びたバーの重い金属扉を押し開けた。


「オールド・ポート」。


船乗り、運び屋、賞金稼ぎ。


情報を交換し、孤独を慰め、あるいは新たなトラブルを求めて集う、掃き溜めの止まり木だ。


「マスター、いつものやつ。ダブルで」


一番奥の、影になった席に腰を下ろす。


片目の潰れたバーテンダーが無言で置いたのは、琥珀色の液体。


明らかに純粋なアルコールじゃねえ、安物の蒸留酒だ。


俺は一口、その喉を焼くような液体を呷った。


舌の上に広がる化学的な甘さと、消毒液のような刺激。


決して美味いもんじゃねえ。


だが、俺の神経には、この灼けるような感覚が必要だった。


          ◇


俺は酒を味わうふりをしながら、鋭い聴覚で店内のざわめきを拾う。


情報という名の見えない粒子が、紫煙と共に飛び交っている。


隣のカウンター席では、同業者と思われる、傷だらけの顔の男たちが、ジョッキグラスをあおりながら、大きな声で愚痴をこぼし始めた。


「ちくしょうが!あと一歩だったんだぞ!あの、金持ちの輸送船!お宝、たんまり積んでやがったのに!」

「ああ、護衛についてた、あのクソッタレな傭兵どもが、やけに腕が立ちやがってな!返り討ちだ、ちくしょう!」

「ったく、最近は、どいつもこいつも、武装しすぎなんだよ!俺たちみてぇな、しがない海賊は、商売上がったりだぜ!」


俺は、負け犬の遠吠えのような愚痴を、鼻で笑いながら聞き流した。


「おい、聞いたか? 最近、この辺の宙域で幽霊船が出るって噂だぜ」


隣のテーブル。


蛇の刺青を入れた男が声を潜めている。


「ああ、惑星企業連合の最新鋭ステルス艦のことだろ? レーダーにも映らず、現れては消える。一体あの連中、こんな辺境で何をコソコソ嗅ぎ回ってやがるんだか」


企業連合のステルス艦……?


俺は眉をひそめた。 企業連中が動くってことは、金か、それ以上の利権が絡んでるってことだ。


「それだけじゃねぇぞ」


別の席から、情報屋風の痩せた男が口を挟む。


「最近、アンドロメダ正教会のシスターどもも、妙にウロチョロしてるって話だ。こんな無宗教コロニーで、一体何を探してるんだか」


「正教会までかよ? ますますキナ臭ぇな」


アンドロメダ正教会……。


俺の中で、警鐘が鳴り始める。


企業、宗教、そして俺たちのような海賊。


様々な勢力が、このポート・リバティで見えないダンスを踊り始めている。


その時だ。


バーの壁に設置された、油と煤で汚れた大型ディスプレイが明滅した。


けたたましいアラート音と共に、最新のニュース映像が流れ始める。


『……速報です。先日、無法地帯ジャンクヤード宙域にて消息を絶っていた、悪名高き女海賊「ブラッディ・ローズ」ですが、依然として行方不明のままとなっており、関係当局は、彼女が何らかの事件に巻き込まれた可能性もあると見て、情報収集を続けています………』


フン、行方不明ね。


そりゃそうだろうよ。今は俺の船に乗ってるんだからな。


『……次に、辺境コロニー「セレスティア」。原因不明の感染症により壊滅寸前だった同コロニーに、大量の医療品と食料が届けられました。届けたのは、所属不明の深紅のスペースロボットと見られており、匿名の篤志家による人道支援ではないかと、憶測を呼んでいます………』


ああ、ミューとローズマリーの初仕事か……。


『…また、同日、デブリ・ベルト宙域にて、所属不明のスペースロボットと、複数の宇宙海賊との間で、大規模な戦闘が発生した模様です。目撃情報によれば、真紅の機体は、圧倒的な戦闘力で宇宙海賊を壊滅させ、現場から姿を消したとのことです…』


アイツら派手にやりやがって……。


俺は苦笑しながら、グラスを傾けた。


だが、次のニュースで、その笑みは凍りついた。


『……コンドル王国軍、及び王国政府は、本日緊急声明を発表しました』


緊迫した音楽。


コンドル軍の紋章。


そして、画面に映し出されたのは、かつての恩師であり、俺をこの世界に引き戻した元凶――ガルム・シュタイナー総司令官の厳しい顔だった。


『……先日、王国の最高軍事機密を含む重要物資を積載した輸送艦隊が、反体制派テロリスト集団によって襲撃され、その積み荷の大部分が強奪されました』


「……!」


俺の手が止まる。


『王国軍はこれを重大な反逆行為と非難。事件の背後には敵対勢力の関与も疑われるとして、惑星企業連合と協力し、積み荷の捜索及びテロリストの掃討に全力を挙げるとしています』


画面の中のガルムが、カメラを射抜くような目で語る。


『反体制派に対しては、断固として厳格なる鉄槌を下す所存である』


輸送艦隊が襲撃された、だと……!?


しかも、積み荷が強奪……?


俺の背筋に、冷たいものが走った。


あのクソ爺、コンドルの汚ねえ内輪揉めに巻き込みやがったな。


しかも、惑星企業連合と協力して捜索だと?


俺の頭の中で、バラバラだった情報のピースが、嫌な音を立てて噛み合った。


ステルス艦の噂。 正教会の動き。 そして、俺が運ばされた「積み荷」――ミュー。


じゃあ、あの時、俺の船を攻撃してきたのは、その「反体制派」だったのか?


いや、待てよ……。


俺は強くグラスを握りしめた。


ガルムは、ミューを『積み荷』だと言って、俺に運ばせた。


そして、今回の反体制派のテロリストによる襲撃事件。


惑星企業連合との協力による、強奪された積み荷の捜索。


一体、何を隠してやがる。


「おい、聞いたかよ?コンドルの軍事機密だぜ?しかも、惑星企業連合まで出てくるってんだから、よっぽどヤバいブツなんだろうな…」

「ああ、人工太陽とかか?それとも、もっとヤベェもんか?どっちにしろ、関わらねぇのが一番だぜ」

「まったくだ。下手に首突っ込んだら、俺たちみてぇな、しがない海賊なんざ、一瞬で、星屑にされちまうからな」


周りの海賊たちが怯えたように囁き合う。 だが、俺は違う。 もう、首までどっぷりと浸かっていやがる。


「……クソが」


俺は残っていた蒸留酒を一気に呷った。


喉が焼ける。


だが、腹の底から湧き上がる怒りの炎の方が熱かった。


ガルムへの怒り。


コンドルへの不信感。


そして何より――今、のんきに服を選んでいるミューへの、どうしようもない不安。


俺はカウンターにクレジットチップを叩きつけた。


バーテンダーに目配せをし、足早に店を出る。


外の空気は、店の中よりも少しだけ冷たかった。


ポート・リバティの喧騒と猥雑なネオンの光が、混乱した心を映し出すかのように、不気味に、明滅していた。

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