第31話 華やかな変身、乙女たちの秘め事
【視点:ミュー・アシュトン】
ポート・リバティのショッピング・プロムナード。
そこは、私が今まで見たどの場所とも違う、キラキラとした光の洪水だった。
「さあ、ミュー、ナビィさん。参りますわよ」
ローズマリーは、まるで悪戯を企むお姉ちゃんみたいに、私の手を引いて歩く。
その足取りは、憎らしいくらい優雅で、自信に満ちていて……。
悔しいけど、すっごく頼りになる。
空調の効いた涼しい風。
甘い香水の匂い。
大理石の床に反射する、眩しいくらいのライト。
ここは、銀河の「キレイ」を集めた、おもちゃ箱みたいな場所だった。
◇
「まずは、こちらのお店から。きっと、お二人にぴったりの『翼』が見つかりますわ」
連れてこられたのは、ガラス張りのお城みたいなブティック。
ドレスが、まるで魔法で浮いているみたいに飾られている。
「うわぁ……! こんなキラキラしたお店、私、初めて!」
私は思わず声を上げちゃった。
公爵家にいた頃だって、こんなにお洒落なお店には来たことがない。
「マスターからの指示には、被服の新規購入は含まれておりましたが……」
隣で、ナビィが眉をひそめている。
琥珀色の瞳が、値札を高速スキャンしているみたい。
「このハイ・ファッション・カテゴリーは、コストパフォーマンス的に非推奨です。現状の我々の社会的立場(海賊)を考慮すると――」
「まあ、そう固いことはおっしゃらずに」
ローズマリーが、くすくすと笑ってナビィの言葉を遮った。
「お二人とも、磨けば夜空の星々のように輝く、極上の原石なのですから。少し手を加えて差し上げれば、どんな殿方も虜にするレディになれますわ」
「えっ……レディ……?」
「それに、これは『仲間』になった記念の、わたくしからのささやかな贈り物。費用は、どうぞお気になさらないで」
ローズマリーは店員さんをテキパキと指示して、次々と服を選んでいく。
その姿は、まるで魔法使い。
「ミューには、そうね。こちらの、夜空の星屑を溶かし込んだような、淡いブルーのシルクワンピース。あなたの銀髪と瞳に、きっとお似合いになるわ」
差し出されたのは、息を呑むほど綺麗なドレス。
肌触りはとろけるように滑らかで、まるで羽衣みたい。
「ナビィさんには、こちらの純白のパンツスーツを。知的でクールなあなたにぴったりですわ」
私たちは、着せ替え人形みたいに、次々と服を着させられた。
試着室の鏡に映る私は、いつもの私じゃないみたい。
少しだけ、大人びて見える。
「でも、ローズマリー。こんなにたくさん、本当にいいの? なんだか、申し訳ないわ……」
私がモジモジしていると、ローズマリーが顔を寄せてきた。
甘い薔薇の香りが、ふわっと鼻をくすぐる。
「まあまあ。それにね、ミュー」
彼女は、悪魔の囁きみたいに、私の耳元で言った。
「殿方、特にベレット様のような鈍感な朴念仁の心を射止めるには、こうして外見を磨いて、分かりやすくアピールすることも大切な戦略ですのよ?」
「……! べ、ベレットに……気に入られるため……?」
ドキンッ! 心臓が跳ねた。
脳裏に浮かぶ、ベレットの顔。
この服を着た私を見て、彼が驚いて、そして…… 『お、お前……なんか、綺麗になったな』 なんて、顔を赤らめて言ってくれたら……!
そ、そうよ! もっともっと綺麗になって、ベレットに私だけを見てほしい!
ローズマリーなんかに、負けてられないんだから!
「やるわ! 私、着る!」
私の瞳に、闘志の炎がメラメラと灯った。
見てなさい、ベレット!
私だって、やるときはやるんだから!
◇
「さあ、次は、こちらですわ。真の淑女への、最後の仕上げと参りましょうか」
次に連れてこられたのは、さらに奥まった、秘密めいたお店。
甘いパウダリーな香り。
薄暗い照明の中に浮かび上がるのは……。
「ら、らら、ランジェリー!?」
私は顔から火が出るかと思った!
そこは、レースやシルクでできた、宝石みたいな下着がいっぱい並ぶ、大人の園だった。
「マスターからの指示項目に、下着類は……」
「あらあら、何を恥じらっていらっしゃるの?」
ローズマリーが妖艶にウインクした。
「見えないところのお洒落こそ、真の乙女の嗜み。それに、いざという時のための『勝負下着』。これは、戦場に向かう乙女の必需品であり、最強の武器ですわ」
「しょ、勝負、下着……!?」
未知の単語!
頭の中がグルグルする。
勝負って何!?
ベレットと何を勝負するの!?
「ふふふ、ミューは本当にお子様ですこと。そんなウブなままでは、あの百戦錬磨のベレット様の心を射止めることなんて、夢のまた夢ですわよ? きっと、もっと大人の女性にあっさりと奪われてしまいますわね」
カチン。
私の頭の中で、何かが切れる音がした。
「……! お、お子様なんかじゃ、ないもんっ!」
負けん気に火がついた。
ローズマリーに馬鹿にされたくない!
それに、ベレットを他の女の人に奪われるなんて、絶対に嫌!
「か、買うわよ! 勝負下着でもなんでも! 見てなさい!」
私は真っ赤な顔で宣言して、魅惑の空間へと足を踏み入れた。
◇
豪華なフィッティングルーム。
私たちは、色々なランジェリーを試着することになった。
「ミュー、こちらの黒いレースのビスチェなどいかが? あなたの白い肌によく映えて、とてもセクシーですわよ。きっとベレット様も、ドキリとなさるはず」
ローズマリーが悪戯っぽく勧めてくるのは、布面積が少なすぎる過激なやつばっかり!
「こ、これは……! ちょっと、透けすぎじゃない!? は、恥ずかしいわ……!」
私は鏡の前で、両手で体を隠して身を縮こませる。
でも、鏡に映る私は、なんだかドキドキするくらい……女の子だった。
もし、これをベレットが見たら……?
きゃあああ! 無理無理! 想像しただけで爆発しそう!
「ナビィさんも、天使の羽のようなデザインもよろしいのではなくて?」
「私はAIですので、機能性を最優先すべきですが……」
ふと、私は隣で着替えているナビィを見た。
そして、言葉を失った。
純白のシルクを纏ったナビィの肢体。
滑らかな曲線、引き締まったウエスト、豊かな胸、長い脚。
それは、どんなトップモデルも敵わないような、究極の美しさだった。
継ぎ目なんてどこにもない。
肌は陶器のように白く、触れたら温かそうなのに、どこか冷たさを感じさせる完璧さ。
「ナビィ……。本当にすごいわ。その身体、まるで、本物の人間みたい。ううん、それ以上に綺麗……」
私は思わず、ため息交じりに呟いた。
悔しいけど、勝てない。
格が違う気がする。
「ええ。これほどまでに精巧で美しいアンドロイドは、わたくしも初めて拝見しましたわ」
ローズマリーも、着替える手を止めてナビィを見つめていた。
その仮面の奥の瞳が、鋭く光る。
ただの感嘆じゃない。
何かを探るような、怖い目。
「一体、誰が、どのような目的で、あなたのような存在を?」
「私の製造記録は、一部データが欠損しており、アクセス不能です。詳細については、不明です」
ナビィは、いつものように無表情で答えた。
でも。 その完璧な仮面の下で、何かが一瞬だけ、揺らいだ気がした。
ナビィ。
私の大好きな、頼れるアンドロイド。
でも、彼女のその完璧すぎる美しさの裏には、この銀河の深い闇が隠されているのかもしれない。
私は、ふと怖くなって、自分の胸元をぎゅっと握りしめた。
新しいランジェリーの感触が、少しだけこそばゆかった。




