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第30話 星々の交差点、ポート・リバティ

星々の交差点、ポート・リバティ。


先の輸送任務で得た、僅かなばかりの報酬。


ローズマリーが「過去の清算」と称して回収した、出処の怪しい活動資金。


そして、予期せぬトレジャーハントで転がり込んできた物資。


それらを元手に、スターダスト・レクイエム号は、傷ついた翼を休めるため、銀河でも有数の“自由”と“混沌”が渦巻くこの巨大貿易コロニーへ、その古びた船体を滑り込ませた。


ここは銀河の吹き溜まり。


正規のコンテナの隣で、違法な遺伝子改造生物が取引され、ブラックマーケットの古代遺物が闇に紛れて積み込まれる。


金とスリル、あるいは過去を捨てた連中が、欲望という名の重力に引かれて集まる場所だ。


ゴウン……。


鋼鉄の巨体がドッキングベイの拘束具に固定される重い着床音が、船内に響く。 俺は操縦席で大きく伸びをした。


「到着だ。……やれやれ、ボロ船(コイツ)には無理をさせちまったな」


コンソールに指を走らせながら、俺は隣の席へ視線を投げる。


「機関出力停止。ドッキング・シークエンス完了です、マスター。補給と同時に、メンテナンスをお勧めします」


「ああ、分かってる」


俺は苦笑し、席を立った。


エアロックが開く。


プシューという排気音と共に、タラップが降りる。


流れ込んでくるのは、オイルと金属、そして様々な種族の体臭とスパイスが混ざり合った、このコロニー特有の猥雑な匂いだ。


俺は深く息を吸い込む。


肺腑に染み渡る、硝煙と錆の香り。


「久しぶりだな、ポート・リバティ。……相変わらず、胡散臭い欲望の匂いでむせ返りそうだ」


剃刀色の瞳を細め、俺は眼下に広がる喧騒を見下ろした。


行き交う人々の波、忙しく飛び回る輸送艇、けばけばしいネオンサイン。


クソみたいに危険で、どうしようもなく生きている実感の湧く場所。


……嫌いじゃねえ。


「わぁ……! すごい! こんなに大きなコスモコロニー、私、生まれて初めて……!」


俺の背後から、ミューがおずおずと顔を覗かせた。


そのラピスラズリの瞳が、好奇心と怯えで揺れている。


「ね、ねぇベレット。ここは本当に大丈夫な場所なの? なんだか、人がいっぱいで、ギラギラしてて……少し、怖い」


彼女は俺の傷だらけの革ジャンの裾を掴み、背中に隠れるようにして周囲を窺っている。


深窓の令嬢として、無菌室のような世界で育った彼女にとって、この雑多な空気は刺激が強すぎるのだろう。


彼女から漂うミルキーで甘い香りは、この鉄錆の街にはあまりに不釣り合いだ。


俺はニヤリと口角を上げ、彼女の頭を軽く小突いた。


「ははっ、相変わらずだなミュー。これだから世間知らずの箱入り娘は困る」


「むっ……!」


「まあ無理もねえか。お前の場合、箱入りどころか『カプセル入り娘』だったわけだしな」


その瞬間、俺のブーツのつま先に衝撃が走った。


コツン、という可愛らしい音とは裏腹に、結構な痛みが走る。


「痛ってえ! おいミュー! いきなり何しやがる!」


「フン! 悪かったわね、世間知らずで! でも『カプセル入り娘』はデリカシーが無さすぎよ! ベレットの意地悪!」


頬を膨らませて抗議するミュー。


やれやれ。


だが、怯えているよりはずっといい。


「悪かった、冗談だよ。……さて、まずはどこから回るか。船の修理が先か、それとも情報収集か。『星詠の指輪』の手がかりも探さねえとな」


俺が顎に手を当てて思案していると、不意に甘く濃厚な薔薇の香りが鼻孔をくすぐった。


「ベレット様。その前に――まず、わたくしたち女性陣は、日用品の買い出しに向かいますわ」


ローズマリーが、いつの間にか俺の隣に並び立ち、優雅な仕草で栗毛のポニーテールを揺らしている。


その堂々たる立ち振る舞いは、ここが無法者の港だということを忘れさせるほどだ。


周囲の男たちの視線が、彼女の肢体に吸い寄せられているのが分かる。


「買い出しだと?」


「ええ。特にミューと……ナビィさんのお召し物が、あまりにも貧相で見兼ねますもの」


ローズマリーは、まるで品定めをするようにナビィとミューを見やった。


「ミューはずっとその巫女スーツですし、ナビィさんも機能的ではありますけれど、少々色気に欠けるメイド服のままでは……この美しい港町に対して失礼というものですわ」


「……あー、そう言われりゃそうか」


俺はバツが悪そうに頭を掻いた。


ナビィはAIだし、ミューは助けた時のままだ。


男所帯の気楽さにかまけて、そういう配慮が抜け落ちていた。


「わりぃな、二人とも。俺はどうも、そういう女物のことにまで気が回らなくてな」


「わ、私も、別に、このままでも、平気よ」


ミューは、少し顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯いた。


「いえ、マスター。私はAIですので、アウターウェアのデザインには頓着いたしませんが……」


ナビィが淡々と答えるが、ローズマリーはそれを許さなかった。


「いけませんわ、ミュー!ナビィさん! レディたるもの、身だしなみは武器であり、鎧なのです!」


ローズマリーは強引にナビィとミューの手を取った。


その強引さは、まるで嵐だ。


「せっかく銀河でも有数のフリーマーケットがあるのですから。少しは乙女らしく、お洒落を楽しまないと損ですわよ? さあ、参りましょう!」


「えっ? ちょっと、ローズマリー!?」


「推奨行動外です、ローズマリーさん、私は――」


「問答無用!」


有無を言わせぬ笑顔で、ローズマリーは二人を引き連れて歩き出した。


その背中は、世話焼きの姉のようでもあり、獲物を見つけた女豹のようでもあった。


「わたくしが、お二人をこのポート・リバティで一番輝く素敵なレディにコーディネートして差し上げますわ! ベレット様は……そうですね」


去り際、彼女は振り返り、悪戯っぽくウィンクしてみせた。


「わたくしたちの、息を呑むほどに美しい変身ぶりを、どうぞ楽しみにお待ちになっていてくださいまし」


甘い香りと共に、華やかな台風が去っていく。


ドッキングベイに残されたのは、俺と、静まり返った船だけだ。


「……やれやれ。敵わねえな、あの女には」


俺は苦笑し、胸ポケットから煙草を取り出してくわえた。


だが、悪くない気分だ。


ナビィにはずっと苦労をかけっぱなしだったし、ミューにも普通の少女らしい楽しみを味わわせてやりたかった。


ローズマリー、あの女は食えない奴だが……こういうところは憎めない。


「さてと」


俺は紫煙を吐き出し、気持ちを切り替えた。


賑やかな女性陣とは対照的な、男一人の孤独。


ここからは、男一人の自由な時間の始まりだ。


「俺は俺で、やるべきことをやんねえとな」


『星詠の指輪』の手がかり。


コンドルの動向。


そして何より、明日の燃料代を稼ぐための、デカいヤマの情報だ。


「まずは港の裏通り(バックストリート)にでも顔を出すか」


俺は華やかなショッピングエリアとは逆方向――薄暗く、危険な匂いのする路地裏へと、傷だらけのブーツを踏み出した。


そこには、俺のような影に生きる賞金稼ぎだけが知る、特別な情報が眠っているはずだ。


「待ってろよ、ポート・リバティ。……俺好みの、極上のネタを用意しておいてくれよ」


俺は喧騒の奥へと消えていった。

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