第28話 湯けむりの密室、仮面の淑女のスキンシップ
【視点:ミュー・アシュトン】
スターダスト・レクイエム号の医務室。
私は処置台の上で、抜け殻のように座っていた。 ガタガタと全身の震えが止まらない。
自分の意思じゃない。
身体が勝手に震えてるの。
目を閉じると、瞼の裏に焼き付いたあの光景がフラッシュバックする。
不気味な緑色の溶液。
無数のガラスケース。
そして……死んだような、無数の少女たちの顔。
ナビィと同じ顔。
あれは……なに?
人形?
それとも……人間?
考えちゃダメだと思えば思うほど、恐怖が泥のように足元から這い上がってくる。
「ナビィさん、お願いします」
「了解。メディカル・スキャン開始」
ナビィ5の指先から淡い光が放たれ、私の体をスキャンしていく。
機械的な光。
でも、今の私にはそれが少しだけ安心できた。
「バイタル確認。身体に異常は認められません。しかし、極度の恐怖体験によるストレス反応が見られます。厳重な経過観察が必要です」
「そうですか……。一応、お身体には問題ないようですわね。ミュー」
ローズマリーが膝をつき、私と目線を合わせてくれた。 その声は、驚くほど優しい。
「う、うん……。あ、ありがとう……」
「今も、あの古代船からフォワードを感じますの?」
「ううん、もう何も……。まるで嵐が過ぎ去ったみたいに、シーンとしてる……」
安堵の言葉。
その瞬間、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。
それと同時に、今まで恐怖で麻痺していた感覚が一気に戻ってくる。
下半身の、じわりとした不快感。
途端に、顔が一気に沸騰するみたいに熱くなる。
羞恥と、恐怖と、どうしようもない生理現象。
ベレットには絶対言えない。
お嫁に行けない!
人生終わった!
私はローズマリーの耳元へ、蚊の鳴くような声で囁いた。
「あのね、ローズマリー……。実は、その……あまりの恐怖で……私、ちょっと………」
ぽろり、と涙がこぼれる。
ああ、もう最悪。
穴があったら入りたい。
いっそブラックホールに飲み込まれたい。
でも、ローズマリーは一瞬の動揺も見せずに頷くと、私をひょいと抱き上げた。
「……! ……ろ、ローズマリー!?」
「さあ、参りましょうミュー。まずはそのお身体を綺麗に洗い清めませんとね」
ローズマリーはナビィに手際よく指示を出し、私を抱えたままバスルームへ向かった。
悔しいけど……どこかの熟練メイドみたいに頼もしかった。
◇
湯気が立ち上るバスルーム。
清潔なソープの香り。
柔らかな照明。
でも、今の私にとっては処刑場みたいなものよ!
「……! い、いや! 自分でできるから! 離して!」
私は必死に抵抗したけれど、ローズマリーの手際は鮮やかすぎた。
あっという間に汚れた服を剥ぎ取られ、生まれたままの姿に。
彼女もまた、躊躇なく紅蓮の戦闘服を脱ぎ捨てた。
目の前に現れたのは、白磁のような肌と、鍛え抜かれた均整の取れた肢体。
そして何より、暴力的なまでの豊かな胸。
……な、なによアレ。同じ生き物なの?
メロン?
いや、スイカ!?
自分のささやかな双丘を見下ろして、惨めさで死にそうになる。
くっ、悔しいけど綺麗……!
「ミュー。もう少しご自身のお身体をちゃんとケアなさいませんと」
彼女は私をシャワーの下へ導き、きめ細かな泡で優しく、でも容赦なく洗い始めた。
指先が肌の上を滑るたびに、身体がびくっと震える。
「淑女として、これではふさわしくありませんことよ」
「わ、分かってる! 洗うぐらい一人でできるってば!」
私の抵抗なんて無視して、仮面女の豊満な胸が背中に押し付けられる。
熱い。
柔らかい。
弾力がすごい。
むかつくー!!
ベレットも、もしこれを知ったら……いやいや、考えちゃダメ!
「いいえ。これは出来ているうちには入りませんわ」
耳元で囁く吐息。ゾクゾクする。
ローズマリーは私の髪を梳きながら、しなやかな指先を滑らせていく。
胸の蕾から、くびれたウエスト、そして……。
「……! ……ひ、ひぃぃん! ち、ちょっとおおお!? な、なにするのよ!?」
未知の感覚に、身体が跳ねる。
そこは! そこはダメなところ!
「ふふふ。デリケートな場所は、特に入念に洗い清めて差し上げませんとね」
ローズマリーは妖艶に、仮面の下で楽しそうに微笑んだ。
絶対面白がってるでしょ!
「や……やぁ……。そ、そんなとこ! 自分で洗えるから! 触っちゃダメだってば! やめてぇぇぇ!」
「さあ、観念してくださいまし。お嬢様」
「いやあああああああーーーーっ!!」
私の悲鳴は、無情にも湯気の中に消えていった。
ナビィ助けてー! 変態仮面がいるよー!
◇
その後。
私は茹で上がったタコみたいに真っ赤になって、ローズマリーの部屋に連れてこられた。
薔薇のアロマが香る、貴賓室のような空間。
無機質な船の一室とは思えない、アンティークな家具。
なんなのこの部屋……ここだけ別世界じゃない。
彼女が貸してくれたのは、深紅のシルクのキャミソール。
でも……。
「ふん! ぶかぶかなんですけどー!」
肩からずり落ちそうだし、丈も長すぎる。
大人の服を無理やり着せられた子供みたいで、鏡を見るのが辛い。
「まあ、サイズにつきましては、少しの間だけご辛抱くださいまし」
ローズマリーの余裕の微笑み。
私は、自分のスカスカな胸元と、彼女の詰まった胸元を見比べた。
格差社会だ。
銀河の不条理だわ。
はあー。
なんなのよ……。
いつか私だって、あんなふうに……なれるのかなぁ。
「ねえ、ローズマリー。あなたは本当に宇宙海賊なの?」
ふと、疑問が口をついて出た。
だって、おかしいもの。
「急にどうかなさいましたの?」
ローズマリーは、櫛で私の髪を丁寧に梳かしながら答えた。
その手つきは、優しくて、心地よくて、まるでお母さんみたいで。
「だって……ここまで甲斐甲斐しく面倒見てくれるし。立ち居振る舞いとか、言葉遣いとか……全部、すごく手慣れているから……」
ただの荒くれ者じゃない。
もっと、高貴な……。
彼女の手が一瞬止まった。
「ええ、正真正銘、ただのしがない宇宙海賊ですわ」
すぐにいつもの妖艶な笑みに戻る。
「そして何よりも、ベレット様のただ一人の最愛なる下僕! 新生ベレット海賊団のローズマリー! といったところかしら!」
櫛をマイクに見立ててポーズを決める。
うっわ、痛々しい……。
「ベレットの下僕は余計よ!」
私はムッとして言い返した。
でも、やっぱり気になる。
「でも、なんであなたみたいな人が海賊なんかやってるのよ!」
「そうですわねぇ……」
彼女は遠い目をした。
仮面の下の表情が、一瞬だけ、すごく寂しくて、でも熱い光を帯びた気がした。
「お金では決して手に入れることのできない、たった一つのものをこの身に得るため、とでも申しておきましょうか」
「なに、それ?」
「わたくしがまだ何も知らない幼い少女だった頃から、ずっと焦がれ続け……そしてこの宇宙で最もかけがえのない、大切なもの」
陶酔したような表情。 深い情熱と、狂気めいた響き。
……なによ、その顔。
すごく綺麗で……怖い。
そんな顔、ベレットに見せないでよ。
女の直感が告げている。
この仮面女は、本気だ。
私なんかよりずっと深く、重い何かを抱えてる。
「だから、それがなんなのよ!」
「ふふふっ」
彼女はそれ以上語らず、ただ微笑んだ。
ううっ、はぐらかされた!
「おめかしはもう十分ですわね。さあ、参りましょう。頼れるキャプテンと優秀なナビゲーターをお待たせするわけにはいきませんもの」
「う、うん……って、ちゃんと最後まで教えなさいよ!」
ローズマリーは私の手を優しく握り締め、ラウンジへと導いた。
悔しいけど、この手は温かい。
さっきまであんなに怖かったのに、今は不思議と安心してる。
変な人。
意地悪で、エッチで、謎だらけ。
……でも。
私の心には、仮面女への反発と、その謎めいた優雅さへの憧れ。
そして、「ベレットを取られちゃうかも」っていう焦りが、甘く疼くように渦巻いていた。




