第27話 沈黙の棺と、琥珀色の手向け
「さて、と」
俺は気を取り直し、この狂気のプラントを調査することにした。
ミューの泣き顔と、ローズマリーの背中を見送った後だ。
どうにも後味が悪い。
「ナビィ、コイツら、一体何なんだ……?」
目の前に広がるのは、緑色の溶液に浮かぶ無数の少女たち。
その顔は、俺の隣に立つ相棒と瓜二つだ。
「製造データ、スキャンを開始します」
ナビィの声が、どこか震えているように聞こえた。
感情を持たないはずのアンドロイドが、だ。
「データの大部分が欠損しています。ですが、個体構造及び基幹OSのアーキテクチャは、自分のものと極めて近しいと推測されます……」
「そうか。にしても、ここまで大量にあるとはな。一体、ここはなんだったんだ……?」
俺は異様な光景を眺めながら呟いた。
大量生産された命の抜け殻。
ここは工場か、それとも墓場か。
「マスター」
ナビィが珍しく、俺に懇願するような声を上げた。
「ここにあるアンドロイドの個体を、いくつかサンプルとして我々の船へと持ち帰ることはできませんでしょうか……?」
琥珀色の瞳が、揺れているように見えた。
サンプル、ねえ。
コイツにとっては、生き別れの姉妹みたいなもんか。
「まあ、金になるかもしれねえしな。いいだろう」
俺はわざと、素っ気なく答えた。
「だが、持ち帰るのはこの船の調査が全て終わってからだ。今はまだ、何が飛び出してくるか分からねえからな」
「……! はい。ありがとうございます。マスター。回収プランを検討しておきます」
ナビィの声に、安堵の響きが混じる。
俺は少しだけ、スターダスト・レクイエム号の方向を気遣うように見た。
あっちでは今頃、あの派手な薔薇と泣き虫の巫女が、俺の悪口でも言ってる頃だろうか。
……やれやれ、どっちを向いても頭が痛い。
「さあ、次行くぞ。もし、お宝ってもんがまだ残ってるとすれば、あとは船長室くらいだろうからな」
「はい、マスター」
俺はこのおぞましくも静謐な培養室を後にし、通路へと足を踏み出した。
背後で、ナビィが足を止める気配がした。
彼女は眠り続ける無数の「姉妹」たちへ、ゆっくりと振り返る。
「プロトコル221、実行。どうか、安らかにお眠りください」
誰にも聞こえないような、小さな電子の祈り。
俺は気づかないふりをして、ただ前を見据え、相棒を待った。
◇
幽霊船の居住区画。
歩みを進めるたびに、背筋に奇妙な寒気が走る。
この構造、この壁の材質、通路の幅。
まるで、俺のスターダスト・レクイエム号の中を歩いているかのような錯覚。
ただ、新しさと、漂う「死」の匂いだけが違う。
船長室の重厚な扉が、音もなくスライドする。
室内には、散乱したクリスタルチップと、風化した紙の資料。
そして、部屋の中央。
埃を被った豪華な船長席に、一体のミイラ化した人影が静かに座っていた。
「コイツが、この気味の悪い船の船長だったってわけか……」
俺はミイラが座るデスクの上を、注意深く見渡した。
空になった酒瓶、クリスタル製のグラス。
まるで、最期の瞬間まで酒を煽っていたかのような。
……嫌いじゃねえな、こういう最期は。
ふと、散乱した資料の中に、ひときわ目を引くものが一つあった。
一枚の小さな、精巧に描かれた古い絵画。
そこには、屈強でどこか優しい目をした一人の男と、その男に寄り添う銀色の髪を持つ少女。
可憐で、どこか悲しげな瞳。
「……!」
俺は静かにその絵画を手に取った。
銀色の髪。
ミューかと思ったが、違う。
だが、その男を見上げる少女の瞳には、あの泣き虫巫女と同じ、絶対的な信頼と親愛が宿っていた。
……笑えねえ冗談だ。
俺とミュー。
あるいは、この死んだ船長とあのアンドロイドたち。
時代も場所も違うはずなのに、奇妙な因縁の糸が絡み合っている気がした。
俺は絵画を元の位置へそっと戻した。
そして、戦闘服のポケットから愛用の銀色のスキットルを取り出す。
デスクに残されていた空のグラスに、琥珀色の液体をなみなみと注いだ。
強いアルコールの香りが、部屋の澱んだ空気を切り裂く。
俺はそれを、ミイラ化した船長の乾ききった口元へと手向けた。
「あんたがどんな旅をしてきたのかは、知らねえがな」
同業者としての、あるいは同じ孤独な旅人としての共感を込めて。
「この船に残された貴重な『物資』は、この俺が有意義に使わせてもらうぜ。だから、まあ、この一杯で勘弁してくれや」
俺なりの、不器用な弔い。
ミイラにもう一度だけ静かに一瞥し、目を細めた。
「行くぞ、ナビィ」
「はい、マスター」
時が止まった静謐な部屋を後にする。
俺の心の中には、金儲けへの期待とはまた別の、重く、しかし悪くない感情が確かに残っていた。




