第26話 巫女の絶叫、同じ顔をした「人形」たち
【視点:ミュー・アシュトン】
スターダスト・レクイエム号は、深淵に潜む怪物に謁見するように、慎重に漆黒の古代船へと接近していた。
格納庫は出撃前の熱気と緊張感に満ちている。
金属とオイルの匂い。
抑えた呼吸の音。
「ナビィ。向こうの幽霊船の解析は終わったか?」
「はい、マスター。システムは正常に稼働しています。船内気圧、酸素濃度、共に問題ありません。ただし、船全体のシステムへの、こちらからの完全なハッキングによる掌握には、まだ時間を要します。予測所要時間、25分48秒。これほど強固で、未知の構造を持つファイアウォールは、初めてです」
「へっ、見かけ倒しじゃねえってことか。上等だぜ」
ベレットは、不敵な笑みを浮かべた。
「船のスキャンデータ、こっちのモニターに出せるか?」
「了解いたしました。現在、取得可能なデータを、転送します」
ホログラムモニターに、幽霊船の詳細な内部構造が、青白い光の線となって描き出された。
「…!この、居住区画の基本構造、うちのオンボロ船に、そっくりじゃねぇか。偶然か…?」
「不思議な構造ですわね」
同じデータを見ていたローズマリーが、仮面の下で、呟いた。
「船全体の規模に対して、居住区画が、あまりにも小さすぎますわ。乗組員は、最低限の人数しか想定されていないかのようですわね。一体、何を目的に建造された船なのでしょう…?」
「生命反応は、どうなってやがる?」
「ありません」
ベレットとナビィの会話を聞きながら、私は震える指で胸元の「星影の涙」を握りしめた。
肌が粟立つ。
……! この感じ……! 私たちを、呼んでいる……? いや、待っている……?
額から冷たい汗が流れる。
このフォワード……温かいような、でも底知れなく怖いような。
「まあ、ごちゃごちゃ考えてても始まらねえか」
ベレットの声で我に返る。
「どんな船かは、この足で乗り込んで直接調べてやるのが一番手っ取り早い。スターゲイザーとクリムゾン・ローゼスで内部に潜入する。ローズマリー、ミューのこと、頼んだぞ」
「承りましたわ、ベレット様」
ローズマリーは、優雅に答えた。
「侵入ルートは、どうなさいますの?」
「幽霊船の後方部から、中に入れそうだがな」
ベレットは、スキャンデータを、注意深く見つめる。
「マスター。後方格納庫のメインハッチ、ハッキングにより、強制的に、入り口を解放できそうです。ここを、侵入ルートとしますか?」
「ああ、それが一番安全だろう。ローズマリーも、問題ねえな?」
「ええ、それが、最も無難な選択でしょうね」
「おい、ミュー。本当に大丈夫か? 無理なら船に残っていてもいいんだぜ」
ベレットの心配そうな顔。
私、お荷物になりたくない!
「……! だ、大丈夫! 全然、問題ないわ!」
引きつった笑顔で答える。
本当はすごく怖い。
でも、このフォワードの正体を確かめなきゃいけない気がするの!
「まあ、お前が大丈夫だって言うなら、いいけどよ。よし、野郎ども…いや、お嬢様方。幽霊船に、乗り込むぞ!」
◇
漆黒の宇宙空間。
白銀の流星スターゲイザーに続き、紅蓮のクリムゾン・ローゼスが発進する。
クリムゾン・ローゼスのコックピットの中で、私はグリップを強く握りしめていた。
「ミュー。大丈夫ですの? さっきから少し元気がありませんけれど」
ローズマリーが優しく声をかけてくる。
悔しいけど、今は仮面女の余裕が少しだけ頼もしい。
「……! そ、そんなことないもん! 大丈夫よ!」
「何かございましたの?」
「……ねえ、ローズマリーは、何か感じない? あの黒い船から……」
私は意を決して聞いてみた。
「いいえ、特に何も。ミューは何か感じて?」
「うん。少しだけ。悲しいような、寂しいような。でも、どこか温かいような不思議な感じ」
ローズマリーは仮面の下で頷いた。
「よくお気づきになりましたわね。さすがは『星詠の巫女』ですわ」
「え……!? じゃあ、気のせいじゃ……」
「ええ。気を引き締めて参りましょう」
彼女の表情が険しくなる。
やっぱり、ただの幽霊船じゃない。
◇
幽霊船の後方部。
「ハッキング、完了。後部格納庫、メインハッチ、強制解放します」
ナビィの冷静な声と共に、漆黒の船体の巨大なハッチが、重々しく開かれていく。
二機のスペースロボットは、闇へと続く、 ぽっかりと開いた入り口へと吸い込まれるかのように、その機体を進めていった。
古代の船のハッチが、背後で、完全に閉じられる。
一瞬の暗闇。
「メインシステムとの同期、完了。内部環境、クリア。酸素濃度、及び、気圧、安定を確認」
私たちは、ついに、謎に包まれた古代の船の中枢へと、その足を踏み入れた。
降り立ったのは、古代船の格納庫。
床も壁も滑らかな黒い素材で、幾何学的な紋様が銀色の光を放っている。
空気はひんやりと澄んでいて、古代の香木のような香りが漂っていた。
「おいおい、マジかよ。遺跡の中みてえだな」
「なんて美しい造りですこと……」
ベレットとローズマリーが感嘆する中、私はローズマリーの背中にぴったりとくっついていた。
フォワードが強くなってる!
……やっぱり私たちを、呼んでいるの……? でも、敵意は感じない……? むしろ、助けを求めているような……?
ペンダントが温かい光を放ち、トクン、トクンと脈打つ。
私は何かに導かれるように、奥にある巨大な扉へと歩き出した。
「……! おい、ミュー? どうしたんだ、急に」
やがて、巨大な古代文字のようなものが刻まれた、観音開きの扉の前まで、辿り着いた。
「ナビィ、この扉、開けられるか?」
「時間がかかりますが、可能です」
ナビィが言いかけた時、私はそっと扉に手を触れた。
瞬間、紋様が眩い光を放ち、ゴゴゴゴゴ……という重低音と共に扉が開く。
その向こうに広がっていた光景。
私は、息を呑んだ。
無数の巨大なガラス張りのタンク。
緑色の溶液。
そして、その中には。
一体、また一体と、寸分違わぬ同じ顔、同じ姿をした黒髪の少女たちが、収集された蝶の標本のように眠っていた。
「な、なんだ……こりゃあ……?」
ベレットの驚愕の声。
「……! ……ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
私の口から、絶叫がほとばしった。
無限に続く「死の顔」。
恐怖と嫌悪と、訳の分からない悲しみが、心をぐちゃぐちゃにする。
「……う……うううっ……ううう……」
私はその場にへたり込み、泣きじゃくった。
もう、立っていられない。
「……! ……ベレット様! わたくしたちは一度船へと戻ります! ミューの精神状態が危険ですわ!」
「……! ……ああ、すまねえ、ローズマリー! ミューのこと、頼む!」
ローズマリーの力強い腕が私を抱き上げる。
温かい。
でも、怖い。
あの少女たちの顔が、瞼の裏に焼き付いて離れない。
遠ざかる意識の中で、最後に見たのは。
無数の「人形」たちの静かな眠りを、ただ呆然と見つめるナビィの姿だった。




