第25話 トレジャーハントの号砲、漆黒の古代船へ
スターダスト・レクイエム号は、無法地帯ジャンクヤードの血と硝煙を抜け、静かな岩屑の影で翼を休めていた。
ブリッジには久しぶりの穏やかな空気。
ローズマリーが回収した資金と報酬で、修理と補給の目処がついたのだ。
コーヒーの香ばしい香りと、電子機器のオゾン臭が混じり合う。
メインモニターが映す銀河の交易路が青白い光の河となって、俺たちを照らしていた。
「巨大自由貿易コロニー『ポート・リバティ』へ向かうのは、いかがでしょう?」
ローズマリーがホログラムの航路図を指でなぞる。
「まあ、それが一番妥当な線か」
俺はキャプテンシートに深く身を預け、頷いた。
「ここいらの掃き溜めじゃまともなパーツは手に入らねえしな。それに、ポート・リバティなら金になるデカいヤマの情報も転がってそうだ」
コロニーの名前が示された地点は、銀河の交易路の結節点でもあり、星図上で一際大きく、輝いていた。
「ナビィ。最短かつ安全な航路を計算してくれ」
「了解いたしました、マスター」
俺はマグカップの熱いコーヒーを啜り、視線を隣のローズマリーへ向けた。
「それにしても、本当にいいのか? お前の金を、このオンボロ船の修理なんぞに使っちまって」
「まあ、何を今更おっしゃいますの?」
ローズマリーはくすくすと笑い、キャプテンシートの肘掛けに腰をかけた。
そして、豊満で柔らかな身体を俺の腕に大胆に絡み付かせる。
「わたくしはもう、あなた様の忠実なる『所有物』。ですから、この身体も、魂も、そしてお金も、全てはベレット様のものですわ」
耳元で熱い吐息が囁く。
「どうぞご自由にお使いくださいまし。そして……」
仮面の下で、優艶な微笑みを浮かべた。
「わたくしの身体も、どうぞお好きになさって」
柔らかな弾力と体温が、生々しく伝わってくる。
「―――ちょっとおおお! 何やってんのよおおお! この、いんけん仮面女!!!」
甘く危険な空気を、ミューの絶叫が引き裂いた。
嫉妬の青い炎を燃え上がらせ、俺たちの間に砲弾のようにダイブしてくる。
「許さないんだからぁぁぁぁ! ベレットも同罪よ!」
「あらあら、ミューったら。あまり余裕のない淑女は、殿方に見苦しいと思われてしまいますわよ?」
ローズマリーは涼しげに受け流す。
「おい! 危ねえだろうが! それに暑苦しい! どいてくれ!」
「うるさい! うるさい! うるさい! 離れるのは、この、いやらしい仮面女の方よ! ガルルルル……!」
ミューは俺の胸にしがみつき、ローズマリーを激しく威嚇した。
「……ったく、お前らは本当に騒がしいぜ……」
俺は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。
――警告! 警告! 前方宙域に未確認の高速物体、急速接近中!
突如、けたたましいアラーム音が鳴り響いた。
「……! マスター! 前方に未確認の物体を捕捉。凄まじい速度で接近してきます!」
「なんだ!? またハイエナどものお出ましか!?」
「いえ、該当データなし! エネルギー反応は非常に微弱です」
「なんだと? 何かのデブリか? だが……」
俺は眉をひそめた。
「それにしちゃあ、あまりにも、速すぎる!」
「肯定します。速度は、亜光速に、極めて近いレベルです。このままでは、接触、あるいは衝突の危険性も。マスター、回避行動を開始しますか?」
ナビィが、判断を仰ぐ。
未知の物体。
微弱な反応。異常な速度。
海賊としての好奇心が俺を駆り立てる。
「よし!おもしれえ!」
ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。
「エンジン始動! 速度を合わせるぞ! 獲物の正体を拝んでやろうじゃねえか!」
「了解! スターダスト・レクイエム号、発進シークエンス開始!」
青白いイオンの粒子が咆哮と共に放たれる。 轟音と振動が全身を揺さぶる。
「ミュー! いつまで俺にしがみついてやがる! さっさと自分の席に着座しろ!」
「嫌よ! ベレットと一緒がいいの!」
「危ねえだろうが! 馬鹿野郎!」
「うるさい! うるさい! 絶対、離れないんだから!」
ミューは子供のように駄々をこね、さらに強くしがみつく。
俺は長いため息をつくと、ミューをひょいと膝の上に乗せ、強く抱きかかえた。
「絶対に俺から手を離すなよ! いいな!」
「総員、衝撃に備えろ! コンタクトを開始する!」
ゴオオオオオオッ!!!
星屑の船体は加速し、謎めいた高速物体との相対速度を合わせていく。
ブリッジに張り詰めた静寂。
「マスター。視覚情報が確認可能な距離にまで接近します」
「よし! メインモニターに最大望遠で映像を出せ!」
スクリーンに映し出されたのは、俺たちの想像を超越した異質な存在だった。
巨大な黒曜石の結晶体を削り出したかのような、滑らかで継ぎ目のない漆黒の船体。
深淵の闇そのものが凝固しているかのよう。
表面には、幾何学的な紋様が淡い銀色の光を放ち、脈動している。
静謐で、荘厳で、理解を超えた超古代の芸術品。
「な、なんだ……こりゃあ……? 古代の船か……?」
俺は息を呑んだ。
「船体形状、紋様パターン共に該当データなし。未知の超古代文明の遺物である可能性が極めて高いと推測されます」
ナビィも困惑と好奇心を浮かべている。
「わたくしも、このような美しい船は見たことも聞いたこともありませんわ」
「ベレット様は、何かご存知で?」
「ああ」
俺は生唾を飲み込んだ。
「これと同じ匂いのする船なら見たことがある。スターダスト・レクイエム号を見つけた、惑星ダミス、その古代遺跡の一番奥深くでな」
「まあ!」
「もっとも、今のこのオンボロ船はジャンクパーツで無造作に増改築しちまってるからな」
しばらくの間、俺たちはモニターに映る異様な古代船に見入っていた。
深淵からの使者。
時を超えた亡霊船。あるいは沈黙の棺。
海賊としての血が騒ぐ。
「へっ、面白えじゃねえか。ひさびさに、トレジャーハントと洒落込むか!」
「は、はい、はい、はーーーい!」
膝の上から、ミューが元気よく手を挙げた。
「べ、ベレット! わ、私も行きたい!」
「ミュー、お前がか? コイツはもしかしたら幽霊船かもしれねえんだぞ?」
俺は悪戯っぽく覗き込んだ。
「……! だ、だ、大丈夫だもん!」
「本当かあ? この間、ナビィが見せてくれたど三流のホラームービーで一晩中泣きじゃくってたのはどこのどいつだったかなあ?」
「……! も、もう! あれはその……! 大丈夫なんだもん! ベレットと一緒なら怖くないもん!」
彼女は震える声できっぱりと答えた。
「ベレット様」
ローズマリーが静かに口を開いた。
「もしよろしければ、このわたくしにもその素敵な『宝探し』にご同行させてはいただけませんこと? 何かあれば、わたくしが皆様をお守りいたしますわ。ベレット様の、忠実で最愛なる下僕として」
「お、おう……」
ローズマリーの有無を言わせぬプレッシャーに、俺は頷くしかなかった。
「よし、決まりだ! お前ら、準備しろ! 今からあのいかした船にお邪魔して、たんまりとお宝をいただくぞ!」
時を超えた来訪者。
漆黒の船内に待ち受けているものは、果たして古代の眩いばかりの「お宝」か、それとも。




