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第23話 最悪の相性(ベストパートナー)!?銀色の巫女と紅蓮の女海賊の共同任務

【無法地帯ジャンクヤード宙域】


紅蓮の薔薇、ローズマリーが棘と甘美な香りを纏ってスターダスト・レクイエム号に加わってから、数日。


古びた船は、忘れられた小惑星の冷たい影で翼を休めていた。


艦内には、以前の男とAIだけの殺伐とした空気とは違う、奇妙な均衡が生まれていた。


いや、それは均衡などという穏やかなものではない。


張り詰めた (つる)のような、触れれば容易く断ち切れてしまいそうな、脆い静けさ。


乗員は増え、生活感という名の微熱が冷たい鋼鉄の船体に灯った。


だが、それは同時に、新たな火種が音もなく燻り始めたことを意味していた。


特に、銀色の巫女と紅蓮の薔薇の間には、目に見えない激しい火花が絶えず散っていた。


昼下がりのラウンジ。


俺はソファに深く身を沈め、端末に映し出された複雑怪奇な銀河の星図を眺めていた。


眉間に深い皺が刻まれる。


クソ……。どこもかしこも、袋小路じゃねえか……。


金、カネ、かね。


この魂の渇きはいつ癒えるのか。 負債総額5億クレジット。


空っぽの魂を埋めるために、今日も蜃気楼のように揺らめく一攫千金の地図を虚しく睨みつけている。


その孤独な聖域を、甘美な香りが毒のように侵食し始めた。


「ベレット様」


絹を滑るような、蕩けるような声。


ローズマリーが淹れたてのコーヒーカップを差し出していた。


モカの深い苦味と酸味、チョコレートのような甘い香り。


「おかわりはいかがですか? わたくしが、あなた様のためだけに特別にブレンドしたものですのよ」


彼女は囁くように言い、豊満な身体をしなだれかかるように寄せた。


さりげなく、しかし大胆に。


柔らかな胸の膨らみと滑らかな肌の熱が伝わってくる。


「ん、ああ……、サンキュー、ローズマリー」


俺は生返事をしながら、その熱い視線から逃れるようにカップを受け取った。


確かに美味い。


だが、神経は休まるどころか、鋭敏に研ぎ澄まされていく。


計算され尽くした献身と、本心からの好意。


美しい女に かしずかれるのは、男にとって抗いがたい快楽(どく)だ。


しかし、その甘く危険な空気を切り裂いたのは、一つの純粋な嵐だった。


「フンッ!」


鋭い声がラウンジの反対側から響いた。


少し離れたソファで膝を抱えていたミューが、そっぽを向いて毒づいた。


「そのコーヒー、変な毒でも入ってるんじゃないの? ねぇ、ベレット、そんな怪しいもの、飲んじゃダメよ!」


嫉妬の色で震える声。


ローズマリーが俺に触れるたび、彼女のフォワードが暴走しかけ、空気がピリピリと帯電する。


ラピスラズリの瞳は氷のような冷たさと、燃えるような怒りの炎を交互に宿している。


「あらあら、ミューったら、また嫉妬ですの?」


ローズマリーは優雅に微笑み、憐憫と嘲りを込めて言った。


「なんてお見苦しいこと。まるで、おもちゃを取り上げられた子供のようですわね。チビ助さん。殿方というのは、わたくしのような、強くて、美しくて、そして『役に立つ』淑女がお好きなものですのよ。ねぇ、ベレット様?」


ローズマリーは仮面越しに熱く潤んだ視線を俺に送る。


粘つく蜜のように心を絡め取ろうとする。


「なっ……! だ、誰がチビ助よっ! このいんけん仮面女! それに、ベレットは……! ベレットは、そんな見た目ばっかりで中身のない女に騙されるような、馬鹿じゃないんだから……!」


ミューは顔を真っ赤にして言い返すが、言葉は途中で力を失った。


「マスター」


ラウンジの隅でデータ整理をしていたナビィが顔を上げた。


感情のない(かお)


だが琥珀色の瞳には憂慮の色。


「ミューさんとローズマリーさんの対立は看過できないレベルです。お二人のフォワード波形が干渉し合い、極めて不安定な不協和音を生じています。艦内の士気及び作戦遂行に深刻な悪影響を及ぼす可能性が高いと分析されます」


AIの冷静な分析。


「ったく、女ってのは、どうしてこう、面倒くせえ生き物なんだかな……」


俺は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえ、深いため息をついた。


一人だけでも手に負えねえってのに、二人も揃うとまるで嵐だ。


「まあ、いい」


俺は無理やりその場の空気を断ち切るように立ち上がった。


「お前らのその下らねえ喧嘩は後にしてくれ。今は、もっと重要なことがある」


俺はナビィに向き直った。瞳に金への渇望がギラリと宿る。


この感情の嵐から逃れるには、もっと原始的で分かりやすい欲望に身を投じるしかない。


「ナビィ、何か金になりそうな、手っ取り早い仕事はねえのか? このままじゃ船の修理も弾薬の補充もままならねえ」


「マスター、現状の高額報酬案件はリスクが高すぎます。コントラクト・レーティングも適用されません」


ナビィは、ホログラムディスプレイに、いくつかの依頼情報を表示する。


『依頼:反物質コンテナの闇輸送。目的地:テロ組織拠点。報酬:50万クレジット』

『依頼:失踪した富豪令嬢の捜索(ただし生還保証なし)。報酬:80万クレジット』

『賞金首:虐殺者“ブラッド・ハウンド”。懸賞金:30万クレジット』


「ちぇっ、どいつもこいつも、クソみてえな仕事ばっかりじゃねえか」


どれも血と硝煙の匂いがする、魂を安売りする仕事ばかりだ。


「ちぇっ、どいつもこいつもクソみてえな仕事ばっかりじゃねえか」


俺は舌打ちした。 いつまで経っても借金地獄の底から這い上がれねえ。


その時、リストの片隅にある一つの地味な依頼に目が留まった。


「ん? なんだ、こりゃ……? 物資輸送? 医療品と食料の緊急輸送だと? 報酬250万……。まあ、悪くはねえが、大した額でもねえな」


「マスター、お待ちください」


消去しようとした俺を、ナビィが制止した。


「輸送先のコロニー『セレスティア』では原因不明の感染症が蔓延しており、医療品・食料共に極端に不足しています。人道的な観点からも考慮すべき案件かと」


「人道的、ねえ」


一瞬、何もできずに人々が死んでいくのを見ていた、かつての自分がよぎった。


だが、すぐに守銭奴の仮面を被り直す。


「そんな綺麗事で俺たちの腹が膨れるかよ。だが、まあ、いいか。他にマシな仕事もねえし、小遣い稼ぎくらいにはなるかもしれねえな。よし、ナビィ、この依頼受けるぞ」


俺は投げやりな口調で決断を下した。


その瞬間、二つの嵐が再び動き出した。


「ベレット! その仕事、私が行く! 絶対に行くんだから!」


ミューが勢いよく手を挙げた。


「お待ちください、ベレット様」


すかさず、ローズマリーも、甘美な声で割って入る。


「このような、取るに足らない雑務、ベレット様のお手を煩わせるまでもございませんわ。この、下僕ローズマリーが、代わりに、迅速かつ、完璧に、遂行してまいります。ベレット様は、どうぞ、艦でごゆるりと、お休みくださいませ」


「ちょっと、仮面女!何、勝手なこと言ってるのよ!ベレットと一緒に行くのは、この私だって、言ってるでしょ!」


「あらあら。わたくしは、ベレット様の忠実なる下僕として、どのような雑用でもこなすのは当然のこと。あなたのような、何もできない、ただ守られているだけの、ごくつぶしのお姫様とは、違うのですわ」


「なによーっ!」


再び、火花を散らし、睨み合う二人。


ラウンジの空気が、再び、ピリピリと張り詰める。


俺は今日一番の深くて長いため息をついた。


もはや、この嵐を鎮める術を知らない。


「ああ、もう! お前ら、いい加減にしろ!」


俺は半ば投げやりに、しかし悪魔的な妙案を思いついたかのように言った。


「分かった、分かったから! もう、それでいい! じゃあ、この仕事は、ミューとローズマリー、お前ら二人で協力してやってこい! いいな? 『協力』して、だぞ!」


「えっ!? べ、ベレットと、一緒じゃないの……?」


ミューは意表を突かれ、瞳を大きく見開いた。


「承知いたしましたわ、ベレット様」


ローズマリーは一瞬驚いたが、すぐに恭しく頭を下げた。


「必ずや、この任務、ミューと『協力』して、完璧に遂行してまいりますわ」


こうして、水と油、あるいは純真な月と妖艶な太陽のような二人が、物資輸送任務へと出発することになった。


俺は窓の外の漆黒の宇宙を見つめながら、複雑なため息をもう一度漏らした。


この決断が、吉と出るか、凶と出るか。


それは、星々だけが知る秘密だった。

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