幕間 3億の女海賊 vs 箱入り娘(と逃げたAI)
【視点:ローズマリー】
スターダスト・レクイエム号の居住区画。
無機質な白の壁と、微かな稼働音だけが響く静寂。
バロネス基地から戻ったわたくしは、ナビィさんのサブボディ、ナビィ5の案内を受けていた。
「ローズマリーさん、こちらがお使いいただくお部屋になります」
完璧なメイド然とした立ち居振る舞い。
ふふ、悪くありませんわね。
「ありがとうございます」
わたくしは仮面の下で部屋を見渡した。
広さは十分ですが、いささか殺風景ですわね。
「ナビィさん。お手数ですが、わたくしの荷物を運びこむと同時に、今ある部屋の家具を撤去してくださる? わたくしの家財道具と入れ替えたいのですの」
「了解しました。搬入プランに付け加えます」
即座にタスクを処理する優秀さ。
これなら、次の頼みも聞いていただけそうですわ。
「ナビィさん。次は、厨房を案内してくださらないかしら? ベレット様にお食事をお出しする準備をしたいのです」
「厨房ですか?」
ナビィさんがぴたりと足を止め、アンドロイドらしからぬ困惑を見せた。
「ええ。ベレット様の『下僕』として、わたくしがこの腕を振るい、お食事を提供したいのです」
わたくしは舞台女優のようにポーズをとってみせた。
胃袋を掴むのは、基本中の基本ですから。
「そのようなこと、ローズマリーさんにやっていただくわけには……」
「ご心配なくってよ。わたくしのメイドスキルは、伊達ではありませんの。この銀河において最高品質の給仕を提供いたしますわ」
「食事の準備は、このサブボディ、ナビィ5の仕事ですが……」
困惑するナビィさん。
そこへ、パタパタと小さい足音が近づいてきた。
「ナビィ……? うっ! 仮面女と一緒?」
チビ助さんですわ。
銀色の髪を揺らし、露骨に顔を顰めている。
「あらあら、どうかしたのかしら? チビ助さん?」
「むっ! また、チビ助ですって!?」
ミューは激情に駆られ、わたくしを指さした。
ラピスラズリの瞳に宿る敵意。
可愛いものですわ。
「いんけん仮面女こそ、なにやってるのよ! ナビィが困ってるじゃない!」
「わたくしは、ベレット様のために、『下僕』として給仕をすると申し入れただけですわ」
「……! 給仕なら、ナビィがいるじゃない! あなたがする必要はないはずよ!」
「フフフ。あなたたちには、関係なくってよ。これは宇宙海賊の、暗黙の掟。敗者は勝者に付き従い、自身の『所有権』を委ねる。そして、従属の意思を示し続けなければならない。これは、わたくしたちの誇りに関わることですの」
わたくしは肉感的な唇を舌で舐め、高らかに宣言した。
「ですから、わたくしは、その掟に従い、ベレット様のためにこの身を尽くすのです。戦いから夜のお供まで! 全てベレット様の望みのままに!」
ミューが一歩後ずさりた。
ふふ、少し刺激が強すぎたかしら?
「ということで、ナビィさん。厨房に案内してくださるかしら?」
わたくしがその場を後にしようとした、その時。
「待ちなさいよ! 仮面女! あなたが給仕をしたって無駄よ!あなたみたいな、おばさんが、給仕をしたってベレットが喜ぶわけないもん!」
瞬間、通路の空気が凍りついた。
「お、おばさん……、ですって……?」
わたくしの瞳に、絶対零度の光が宿るのを感じた。
淑女に対して、なんと無礼な。
「訂正してくださいまし。わたくしは、ベレット様より年下なのですのよ。それに、女性を年齢で判断するのは、下品極まりない行為ですわ」
わたくしは静かに、しかし強烈なプレッシャーを放った。
チビ助さんの顔が強張る。
「フン! どうだか? 怪しい仮面女のことなんて信じられないわ。それに、あなたのフォワード、なんかすごく年寄り臭いし! ねっとりしてて、古臭くって、重くて、全然爽やかじゃないわ!」
「さすがに聞き捨てなりませんわね」
わたくしのフォワードが年寄り臭いですって? これは教育が必要ですわね。
「いいですか、淑女というものは、人生経験を多く積めば積むほど魅力が高まるものですのよ。ワインと同じですわ!」
「年増であることは変わりないじゃない。そんなあなたが給仕しても、痛々しいだけよ! ベレットだって、迷惑に決まってるわ!」
「くすくす、本当に素敵なお頭をしていらっしゃること」
わたくしは憐憫と嘲りを込めて微笑んだ。
「給仕の世界は奥が深いですのよ。優秀なメイドは容姿端麗、礼儀正しさ、家事全般のスキル、そして洞察力が求められます。わたくしには、名家ルビントン家のメイドとして生きてきた血の滲むような経験がございます! 貴女のような若輩者には到達しえない領域です!」
「だからこそ! ベレット様の給仕は、経験豊富なこのわたくしがふさわしいのです!」
「ぷぷぷ、残念だったわね! 仮面女! 自信満々なところで悪いけど、この船では無意味よ!」
チビ助さんが勝ち誇ったように笑った。
「なんですって?」
「だって……この船にはナビィがいるんだから! ナビィこそ、ベレットが一番信用してるメイドなんだから!」
わたくしはナビィさんを見つめた。
確かにメイドとして相応しい佇まいですが……やや色気に欠けますわね。
「フフフ、まだ、ナビィ6がいるもん!」
チビ助さんの声が、少し震えました。
「ナビィ6?」
「そうよ! 仮面女なんかよりもよっぽど魅力的で、この船で一番セクシーなナビィ6がいるんだから、あなたがわざわざ給仕なんてする必要ないの! そ、それに、夜にお世話だって、ナビィ6が……。だ、だから、あきらめなさい!」
ほう? ナビィ6……この船一番のセクシーさ、そして夜のお世話……。
「ナビィさん!」
わたくしは鋭い視線をナビィさんに向けた。
「わたくし、厨房より先に、ナビィ6とやらが気になります。ぜひご紹介くださいまし。この船で一番のセクシーさとは、どのような存在なのか、この目で確かめたいものですわ」
ナビィさんが視線を外した。
AIが困惑している? 面白い。
「サブボディであるナビィ6は、現在、ボディメンテナンス中のため、活動を休止しております。残念ですが、ご紹介することはできません」
完璧なメイドスマイルですが、どこか事務的ですわね。
「かまいませんわ。ぜひ、ナビィ6の元まで案内してくださいまし。メンテナンスの様子を見学させていただきます」
「ナビィ。私も直接見てみたい……。や、やっぱり気になるし……」
ミューも便乗してきた。
わたくしたちは通路を塞ぐようにアンドロイドに迫る。
「さあ、ナビィさん! ご案内を!」
「ナビィ! お願い! 案内してよ!」
ナビィさんは一瞬沈黙した後、優雅にお辞儀をした。
「すみません。対応できません」
その声色は、完全に冷徹な事務処理音。
「この後、マスターのお食事の準備がありますので。ローズマリーさん、お部屋のレイアウトについてはナビィ4へ。ミューさん、お食事はラウンジへお持ちします。マスターはラウンジにおられますので、ご一緒にどうぞ。では、私はこれにて失礼します」
ナビィさんはわたくしたちの要求を完全に無視し、黒いスカートを翻して足早に去っていった。
「ナビィさん。それは、あんまりではありませんこと?」
「ちょっと待ってよ! ナビィ!!」
通路に取り残される二人の淑女。
ふふ、逃げられてしまいましたわ。
でも、あそこまで頑なになられると、余計に気になりますわね。
ナビィ6……そしてベレット様の夜のお世話……。
必ず突き止めてみせますわ。
わたくしのライバルに相応しい相手なのかどうか、ね。




