第21話 6人のアンドロイドと眠れない巫女
【視点:ミュー】
スターダスト・レクイエム号の中は、深い静寂に包まれていた。
広い艦内に残された私は、自室の重力制御ベッドに身を横たえていた。
冷たいシーツの上で、膝を胸に抱える。
大きな窓の外に広がる漆黒の宇宙空間。
無数の星々が放つ、冷たく遠い光。
それは何億光年という途方もない距離を旅してきた、孤独の証明のように見えた。
肌に触れる冷たい感触が、胸の奥の孤独を際立たせる。
聞こえるのは、生命維持装置の微かな作動音だけ。
その静寂が、私の心をぎゅっと締め付ける。
ベレット……。今頃、あの仮面女と一緒……?
嫌! 考えたくない! でも、気になっちゃう。 どうしてベレットのことばかり考えちゃうんだろう?
まるで制御不能な宇宙船みたいに、思考がベレットへ向かって突き進む。
狂おしいほどの独占欲。
彼の傍にいるローズマリーへの、マグマのように燃え上がる嫉妬。
そして、もう一つ。
私を苛む、より根源的な恐怖。
胸元のペンダント「星影の涙」が、私の不安に呼応するようにチカチカと不吉な光を放つ。
怖い。またあの時みたいに、力が暴走してしまったら? もし、ベレットを傷つけてしまったら? 絶対に嫌!
私は震える指先でペンダントを強く握りしめた。
その冷たい感触だけが、私を現実につなぎとめる。
私の中に潜む、制御不能な「獣」。 それが大好きな人を傷つける未来が、何よりも怖い。
瞳から、一筋の涙が音もなく伝い落ちた。
涙は頬を伝い、シーツの上に宇宙の塵のような小さな染みを作る。
ただ、静かに流れ続けた。
コンコン。
静寂を切り裂く、規則正しいノックの音。
「ミューさん」
私はゆっくりと体を起こした。
「ナビィです。お食事を持ってきました」
「ナビィ?」
涙をぬぐい、恐る恐る扉を開く。
そこには、トレイを持ったナビィのサブボディが待っていた。
「お食事の時間となりましたので、ミューさん?」
「ナ、ナビィィィィ……、うわああああん!」
私は理性を手放し、ナビィに抱きついて子供のように泣いた。
もう、我慢できなかった。
「大丈夫ですか? バイタルチェックスキャンを開始」
ナビィはトレイを片手で器用に持ち、もう片方の手で背中をさすってくれた。
AIらしい冷静な声。
でも、その手はとても優しい。
「心拍数と体温上昇。身体の外傷なし」
ナビィは私をソファへと導いた。
私はしばらく、ナビィのメイド服にしがみついていた。
泣きじゃくる私を、深く澄んだ琥珀色の瞳が静かに見つめている。
ナビィの存在は、まるで巨大な岩のような安心感。
悪意も、煩わしい感情の揺らぎもない。
ただそこにいてくれる、揺るぎない安定感。
「ミューさん。大丈夫ですか? 私に出来る事があれば、対応します」
ナビィが静かに私の手を取り、包み込むように握った。
「少し食事を取られてはどうですか? 体温と血圧が下がりつつあります」
「うん」
ナビィの穏やかな顔を見つめ、ようやく落ち着きを取り戻した。
私は小さく頷き、深く息を吐いた。
「少し、話を聞いてくれる?」
「はい」
ナビィはわずかに首をかしげた。
「私、怖いの」
絞り出すような声。
「抑えきれないフォワードが、いつか暴走するんじゃないかって……。ベレットを傷つけちゃうんじゃないかって……」
「ミューさんの恐怖は、現在心理的負荷が主な要因です。結論から申し上げると、その恐怖を完全に消し去ることは困難です」
「うん……。そうよね……」
肩を落とす私に、ナビィは続けた。
「ですが、マスターとミューさんの安全確保は私の最優先事項です。万が一の場合、最大限の安全措置を講じます」
アンドロイドの瞳に宿る、偽りのない真摯な光。
「サブボディの私も、乗組員の安全保障システムの一つとして機能します。怖がる必要はありません。不安な気持ちを『聞く』ことは可能です」
冷徹な論理と温かい配慮。
その言葉に、少しだけ心が軽くなる。
「……ありがとう」
私は小さく微笑んだ。
サイドテーブルに置かれた食事。
温かいアルタイルコーンポタージュと、フルーツサンドイッチ。
ポタージュの湯気が、生活の匂いを運んでくる。
「……美味しい」
冷え切った体に温かさが染み渡る。
強張っていた心が、ゆっくりと解けていく。
サンドイッチの甘さが、傷を癒してくれる。
ふと、素朴な疑問が浮かんだ。
この巨大な箱舟は、どうやって維持されているんだろう?
「ねぇ、ナビィ。この船って、どうやって切り盛りしているの? 二人だけで?」
ナビィは、静かに答えた。
「マスターと私で運行、及び、管理をしています」
「でも、この船、すごく大きいじゃない?二人だけ動くモノなの?」
「ご心配には及びません。私が、スターダスト・レクイエム号のナビゲーションAIとして、全システムを統合管理、運営しています」
ナビィは、その疑問を予期していたかのように、淀みなく詳細な説明を始めた。
「艦内の各エリアには、私の思考と機能を分散させたサブボディたちが配置されており、それぞれのエリアを統括しています。そのサブボディが、さらに多数の作業用ロボットたちに具体的な指示を出し、艦内のあらゆる作業に当たらせています。船の隅々まで、管理体制が敷かれているので、航行、および船内での生活に問題が発生することはありません。ミューさんの安全と快適な生活は、完全に保障されています」
私は、目の前のトレイと、その中に置かれた温かい食事に、視線を落とした。
この巨大な箱舟が、今、自分を生かしている。
その事実が、新たな現実感をもたらした。
「いつも複数の身体を動かしているなんて、どうやってるの?」
「複数のボディの運用は、メインボディを親機として、子機である各サブボディごとに、プロトコルを最適化して、処理しています」
「うーん?サブボディたちごとに違いがあったりするの?まさか、人格まで違うとか?」
少し冗談めかして尋ねてみた。
「はい。その認識であっています。サブボディごとに、特化された役割に応じた機能と、その運用に最適な『ペルソナ』が設定されています。例えば、このボディは、サブボディの一つ、ナビィ5です。艦全体のライフサポートシステム、具体的には、乗組員の健康管理や生活環境の維持、そして艦内のサービスにあたる事務長としての仕事に当たっています。食事の準備、部屋の清掃、バイタルデータの監視など、きめ細やかなサポートを担当しています」
ナビィは、胸元に手を当て、優雅に一礼した。
その仕草一つ一つが、完璧な「メイド」のそれだった。
「ここにいるのがナビィ5ね。他には、どんなナビィがいるの?みんなメイド服なの?」
「現在、オリジナルボディからサブボディまで、6体稼働中です。服装は、それぞれの職務に最適化されたものを着用しています」
ナビィは部屋のコンソールを操作し、壁面にある大型モニターを起動させた。
モニターには、スターダスト・レクイエム号の複雑な内部構造図と、その艦内に点在するナビィの各サブボディの様子が中継され、視覚的に美しいグラフィックで映し出される。
「まず、機関室で機関長を担当している、ナビィ2です。船の心臓部とも言える機関の運転、精密な整備、点検、修理などの、技術的な仕事を一手に担っています。船の航行に必要なエネルギー供給と、安全性の維持が彼女の最重要任務です」
モニターには、油と熱気が充満し、轟音の響く機関室で、修理に奔走するナビィ2の姿が映し出された。
作業服に身を包んだナビィ2は、他のナビィとは一線を画す、オイル汚れの匂いが漂ってきそうな、無骨で力強い印象を放っていた。
「次に、船の武装や兵器を担当している砲雷長、ナビィ3です。船の各種武器の管理、点検、そして運用を所掌しています。レーザー兵器やミサイル等の運用が主な仕事であり、船の防衛ラインを構築しています」
指令室のような空間で、レーザー砲の照準システムを点検しているナビィ3が映し出される。
彼女の立ち姿には、軍服に似た制服がよく似合い、冷徹なプロフェッショナリズムが滲み出ていた。
「そして、見張りや荷物の積みおろしを担当している甲板長、ナビィ4。船体や甲板機器の保守整備などの仕事を行っています。船体の外装チェック、物資の搬入出の統制が彼女の役割です」
広大な格納庫で、ローズマリーの物資の受け入れ準備をしているナビィ4が映し出される。
その周りには、無数の作業用ロボットが、ナビィ4の指示の下、整然と、かつ迅速に動いていた。
彼女は、他のナビィよりも少し屈強な印象を受ける作業着姿で、その動きには、実務的な力強さが感じられた。
「みんな少しずつ雰囲気が違うわね。仕事によって、外見も変えているの?」
私は注意深くモニターを見つめた。
「はい、あくまでもサブボディ。各仕事に最適化されています」
「あれ?さっき6体稼働してるって言ってなかった?オリジナルボディと、今の4体で5体。後、ひとりは?」
一瞬の沈黙。
ナビィが視線を外した。
……怪しい。
「もうひとつは、おもてなしとコミュニケーションを担当していた、コンパニオンのナビィ6です。現在、本来の職務は休止しています」
モニターが切り替わり、今度は、船の居住区画の一角、作業用ロボットたちのメンテナンスをしている華やかな姿のナビィ6が映し出される。
その姿は、他のサブボディと一線を画し、動きやすいようにデザインされた、やや露出度の高い制服に身を包み、どこか享楽的な雰囲気をまとっていた。
「コンパニオン?どんなお仕事なの?楽しそうな仕事みたいだけど」
首をかしげる。
「本来は、乗組員に寄り添い、コミュニケーションを取り、心の安定と船内での生活をより豊かにするための接待や、娯楽を提供することが主な仕事でした。乗組員のストレス軽減、士気の維持が、彼女の重要な任務です」
ナビィは淡々と説明を続ける。
「しかし、現状のスターダスト・レクイエム号のひっ迫している状況下においては、サービス業務に回せるリソースの余裕がないため、現在は、彼女の演算能力を活かし、艦内のメンテナンススケジュールの最適化や、作業用ロボットたちの精密な調整業務にあたっています」
「そうなのね。ん?接待?」
頭の中に、ナビィの言葉が遅れて響いた。
「はい、お酒の席から、夜のお世話まで…乗組員のプライベートな部分に深く関わり、彼らの欲求を満たすことも、任務に含まれていました」
嫌な予感がする。
「まさか……!」
スプーンがカチャリと音を立てた。
「もしかして! べ、ベレットと!?」
「マスターのプライベートについては、一切お話しできません」
完全拒絶!
「なんでよ!」
「最重要プロトコルです」
「ちょ、ちょっとナビィ!? 教えてよっ! お願い! ベレットと、そ、その……夜のお世話って、一体何をしていたの!?」
私は前のめりになり、ナビィの袖を掴んで縋り付いた。
「教えられません」
「ねえってば! 私、気になるの! ねぇ、ナビィ!」
「重ねて申し上げます。話せません」
ナビィは視線を外したまま、無表情を貫く。
でも声が少し硬い! 絶対何かある!
「ナビィィィ!」
私の絶叫が室内に響き渡った。
その後、興奮冷めやらぬ私はナビィを質問攻めにした。
ナビィ6のこと。
ベレットのこと。
あの仮面女のこと。
やっぱりナビィ6のこと。
ナビィは淡々と、でも誠実に付き合ってくれた。
私はソファに体を預け、窓の外の星々を見つめる。
ナビィは静かにそばにいてくれた。
「私には、ミューさんの感情を共有することはできません」
ナビィは率直に言った。
「しかし、ミューさんの安全と心の平穏を維持することは、マスターからの最重要指令です。あなたが孤独を感じることがないよう、私は常にサポートします」
「そっか……」
AIらしい、率直で温かい言葉。
私は空になったトレイの横で、ナビィの手を握った。
冷たいけれど、不思議な安らぎがある手。
「ナビィがいてくれて、良かった」
「ミューさんのバイタルデータ、安定値に達しました」
ナビィの手が、わずかに握り返してくれた気がした。
広い艦内の静寂の中、私たちの間には微かな絆の温もりが灯っていた。




