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第18話 3億の賞金首、愛の奴隷を志願す

戦闘の熱狂が去った後には、深淵のような静寂と破壊の残骸だけが残されていた。


コロニーの大地に横たわる、深紅のクリムゾン・ローゼスの無残な姿。


俺のコクピットを満たすのは、荒い息遣いと、汗と硝煙の匂い。


そして、甘美な疲労感と満たされない虚しさ。


「やった……のか……?」


掠れた声で呟く。


モニターには、機能を停止した紅蓮の機体。


白銀の翼もまた満身創痍。


オーバーヒートした機体が、焦げ付くような音を立てている。


『マスター! クリムゾン・ローゼス、機体大破を確認。ただしコクピットブロックは損傷軽微。パイロットの微弱な生体反応を検知』


ナビィの冷静な声に、微かな安堵が滲んでいた。


「そうか。まったく、しぶとい女だぜ」


俺は乾いた唇を舐めた。頬を伝う汗は塩辛い。


「だが、これで、あの紅い薔薇も籠の中の鳥だ。3億クレジット。ようやく、この手に掴めそうだな」


金への渇望が、疲弊した思考を再び支配する。


その金額が、眩い光となってちらついた。


「ナビィ、あの女を生け捕りにするぞ。それと、残骸もだ。あの悪魔みてえな機体、パーツだけでも高く売れるかもしれねえ」


俺はスターゲイザーを軋ませながら近づける。


金、カネ、かね。


その輝きだけが、俺の行動原理だ。


マニピュレーターがコクピットハッチをこじ開ける。


ギィィ……。


神経を逆撫でする金属の悲鳴。


その中には、気を失った仮面の女の姿があった。


汗と血で濡れた栗色の髪。


裂けた戦闘服から覗く滑らかな肌。


その無防備な姿は、かえって秘めた妖艶さを際立たせている。


そして、蝶の装飾を施した大きな赤いリボン。


「……! やっぱり、あん時の!」


なぜ、彼女はバーに? 偶然か? それとも――。


現実が、思考を激しくかき乱す。


「大人しくしてな」


俺は低く呟き、重力制御を使い、スターゲイザーから降りた。


損傷したコックピットに横たわる、栗毛の女性。


「…ぅ…」


仮面の女が、か細く、苦痛に満ちた呻き声を漏らした。


豊満な肢体が、微かに震えている。


「これ以上、暴れると、その首が、胴体とおさらばすることになるぜ」


俺は、ローズマリーの傷ついた身体を無造作に抱え上げた。


満身創痍の白銀の翼は、紅蓮の残骸と共にスターダスト・レクイエム号へと帰還した。


          ◇


医務室。


白いシーツの上に、ローズマリーの肢体が横たわっている。


俺は壁に背を預け、その光景を複雑な瞳で見つめていた。


獲物を前にした獰猛さと、微かな戸惑いの間で心がうずく。


ナビィが手際よく処置を終え、向き直る。


「マスター。生命回復に必要な処置は完了しました。ですが、なぜここまでの治療を? 彼女は賞金首です。規定に基づけば、最低限の処置のみに留めるべきかと」


ナビィの瞳には、揺るぎない論理と戸惑いがあった。


「へっ、何言ってんだ、ナビィ」


俺は鼻で笑い、視線を窓の外へ逸らした。


「生きて当局に引き渡さなきゃ、3億クレジットがパーになるだろうが。それに、コイツはただの賞金首じゃねえ。利用価値はいろいろあるってことだ」


口元を歪ませ、悪党じみた笑みを浮かべる。


「ベレット! やっぱり、この女のことが気になるのね!?」


ドアが開き、ミューが鋭い視線を投げつけてきた。


「はあ? 何言ってんだよ、ミュー」


俺はうんざりしたように言い返した。


「コイツはただの獲物だ。3億クレジットのな。金のためだ、金のため。それ以上でもそれ以下でもねえよ」


そう言い聞かせるように言葉を重ねるが、ミューの疑念の眼差しは深まるばかりだった。


          ◇


数時間後。


ローズマリーが意識を取り戻した。


「……ぅ……ここは……?」


「ようやくお目覚めか、眠り姫。『ブラッディ・ローズ』」


俺はベッドの傍らに立ち、冷たく言い放った。


「……! あなた……は……!」


彼女は瞬時に状況を理解したようだった。


「そうだ。俺は、ベレット・クレイ。しがない運び屋だ」


俺は自嘲気味にニヤリと笑う。


ローズマリーは悔しそうに俺を睨みつけた。


「くっ……! わたくしを、どうするつもりですの!?」


敗北の屈辱と絶望的な諦め。


「どうするって? 決まってんだろ。お前さんを縛って、当局のお偉いさんに引き渡して、たんまりと賞金をいただく。3億クレジットだ。それが筋ってもんだろ? 海賊同士の、な」


彼女の顔から血の気が引く。


当局への引き渡しは、死以上の汚辱と破滅を意味する。


「くっ……! そのような辱めを受けるくらいなら! いっそ、この場で殺してくださいまし!」


必死の懇願。


絞り出すような切実さ。


「フン、知ったことか」


俺はわざとらしく肩をすくめた。


心臓の奥底で何かが軋んだが、それを押し殺す。


「俺は、金のためなら何だってする。それが、ベレット・クレイの生き様なんでな」


そう言って目を逸らした。


バーで見た、彼女の孤独な横顔が脳裏から離れない。


「お待ちになって!」


ローズマリーの声が震えた。


だがその奥には、狂おしいほどの想いが宿っていた。


「引き渡さないでくださいまし。その代わり、わたくしを、あなたの『奴隷』にしてはいただけないかしら?」


「はっ!? な、何だと……!?」


あまりに突拍子もない言葉に、俺は言葉を失った。


「お、おい、お前、何を言ってやがる!? 本気か?」


「ええ、本気ですわ」


ローズマリーは熱っぽい表情で俺を射抜いた。


「わたくしは、あなたに負けました。そして、惚れましたの。あなたのその荒々しいまでの強さに。瞳の奥の深い孤独に。わたくしは、あなたと共に生きたいのです。そのためなら、どんなことだっていたします! この身体も、魂も、全てあなたに捧げますわ!」


熱く、激しく、狂おしいほどの言葉。


計算された演技か、それとも本心か。


「あなたになら、飼い慣らされてもよろしくってよ。いいえ、むしろ飼い慣らされたいですわ。あなたの忠実な犬にでも、気まぐれな猫にでもなって差し上げます。ですから、わたくしをあなた様のそばに置いてくださいまし。ベレット様」


彼女は震える身体を起こし、恭しく頭を垂れた。


無防備な白い首筋に、俺の喉が鳴る。


「ベレット! ダメよ! 絶対にその女の言葉を信じちゃダメ! 嘘よ! あなたを利用して裏切るに決まってる!」


ミューが顔を真っ赤にして悲鳴を上げた。


俺の心は激しく揺さぶられていた。


彼女はただの悪党ではない。深い事情と複雑な感情を抱えている。


そして何より、抗いがたいほどに魅力的だった。


「フッ」


俺の口元に、いつもの不敵な笑みが戻った。


危険なゲームの始まりを歓迎する、海賊の笑み。


「面白いじゃねえか。最高にイカれてやがる。いいだろう、ローズマリー。そこまで言うなら、お前を俺の『所有物』にしてやる」


俺は彼女に近づき、顔を覗き込んだ。


「ただし、一つだけ約束しろ。もし俺や仲間を裏切るような真似をしたら、その時は容赦しねえ。この俺が直々に、お前を宇宙の塵にしてやる。それでいいな?」


「……! はい! まことにありがとうございます。ベレット様!」


ローズマリーは安堵と歓喜に満ちた表情で、深く頭を下げた。


「わたくしは、決してあなた様を裏切りません。この身、この魂、全てをあなた様に捧げますわ」


俺は無言で、彼女の手首の拘束具を解き放った。


カシャン、という金属音。


こうして、謎多き紅蓮の薔薇は、3億クレジットの賞金首から、ベレット海賊団の一員となった。


あるいは、俺の『下僕』として。


そして、医務室の入り口では、ミューの燃えるような嫉妬の炎が、さらに激しく、危険なほどに燃え上がっていた。

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