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第2話 6億クレジットの招待状

銃声の残響。


まだ耳の奥で、微かに震えてやがる。


鼻を突くのは、焦げ付いた硝煙と、男たちの汗の酸っぱい臭気。


床には、まるで打ち捨てられた粗大ゴミのように、男たちが転がっていた。


ピクリとも動かない者、肺から空気を絞り出すような呻き声を上げる者。


俺は、その無様な(むくろ)たちを冷たく一瞥すると、小さく舌打ちした。


「チッ、反吐が出る。金がねえって時によお。時間と弾丸の無駄遣いだぜ」


戦闘の高揚感など微塵もない。


あるのは深い虚無と、ねっとりとした倦怠感だけだ。


俺はまだ熱を帯びた愛銃、スターダスト・リボルバーを無造作にホルスターへ滑り込ませた。


そして、カウンターの奥で震える、脂汗まみれの小太りな店主にチップを弾き飛ばす。


「迷惑料だ。釣りはいらねえ。これで床のクソでも掃除しておくんだな」


店主は、声もなく頷くのが精一杯だった。


「マスター、行きましょう。これ以上ここに留まるのは賢明ではありません。既に宇宙港警備隊ポート・パトロールが接近しています」


ナビィが、一切の感情を排した冷静さで促す。


彼女のセンサーは、既にこの澱んだエリアに張り巡らされた包囲網を捉えているらしい。


「ああ、分かってるよ」


俺は喉の奥で苛立ちを鳴らした。


血と安酒の蒸気が渦巻く喧騒から逃れるように、夜の闇に沈む錆びた港湾地帯へと足早に踏み出す。


背中に突き刺さるのは、好奇と恐怖、そして僅かな憎悪が入り混じった群衆の視線。


まるで粘着質な蜘蛛の巣のように絡みつくその重みは、俺がどこへ行っても逃れられない呪縛だ。


                  ◇


コラルのみすぼらしい宇宙港。


酸性雨と宇宙線に晒され、錆びついた船がひしめくドッキングベイ。


その中で、ひときわ異彩を放つ白銀の巨体があった。


スターダスト・レクイエム号。


俺の唯一の城であり、相棒であり、そして墓標だ。


ブリッジのキャプテンシートに深く身を沈め、俺は安物の合成酒をラッパ飲みする。


喉を焼く味気ない液体が、虚しい胃袋へと流れ落ちていく。


「クソが。なんであんなウジ虫どもに絡まれなきゃならねえんだ。俺はただ、金が欲しいだけだってのによお」


空になったボトルを、擬似重力床に転がす。


ガシャン、と乾いた音が、広いブリッジに虚しく響いた。


「金さえあれば、こんな掃き溜めの惑星ともオサラバできる。金さえあれば、何でもできるってのによお!」


その時だった。


『警告! 緊急通信受信! 暗号化レベルA! 発信元:コンドル王国軍司令部』


けたたましいアラート音と、無機質な合成音声が俺の思考をぶった切った。


コンソールが、警告を示す赤色に明滅している。


「マスター、緊急通信です。暗号化レベル、Aプラス。最高機密レベルです」


ナビィの声に、わずかな緊張が混じった。 琥珀色の瞳が、一瞬不安げに揺れた気がした。


「発信元は、コンドル王国軍総司令部、ガルム司令官より」


「ガルム、だと……?」


心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


あのクソ爺が……?


一体何の用だ。


ガルム・シュタイナー。


尊敬すべき恩師であり、俺の人生を狂わせた事件に関わる、忌まわしい過去の象徴。


「……繋げ、ナビィ」


俺は吐き捨てるように命じた。


通信回線が開かれ、ノイズと共にガルムの厳格な顔がホログラムで浮かび上がる。


以前よりも深く刻まれた皺。


だが瞳の奥の鋼のような光は、衰えていない。


『ベレット、久しぶりだな。息災だったか? その様子だと、相変わらず荒れた生活を送っているようだが』


「何の用だ、先生」


俺は棘のある声で応じた。


「俺はもう、あんたの生徒でも軍の人間でもねえ。説教を聞いてやる義理もねえんだがな」


『フン、口の悪さは変わらんな。単刀直入に言おう、ベレット。貴様に、頼みたい仕事がある』


ガルムは、有無を言わせぬ口調で続けた。


『まずは、コンドルへ帰還せよ。話はそれからだ』


「コンドルへ、だと!?」


俺は反射的に声を荒らげた。


「俺を捕まえるための罠か!? 冗談じゃねえぞ! 俺はコンドルを追われた身だ! いまさら戻れるかよ!」


コンドル。


俺のかつての故郷。


そして、二度と踏みたくない、裏切りの大地。


『待て、ベレット! 早まるな!』


ガルムの声が苛立ちを帯びる。


『貴様の身の安全は私が保証する。これは仕事の依頼だ。勿論、報酬を用意しておる。……貴様の汚れた魂さえも洗い流せるほどのな!』


ガルムは、俺の反応を読み切ったかのように、悪魔の切り札を切った。


「報酬……?」


俺の動きがピタリと止まる。


心の天秤が、激しく揺れ動く。


金。カネ。かね! その甘美な響き。


今の俺にとって、魂を売り渡してでも手に入れたい唯一の神。


「い、いくらだ?」


乾いた喉で唾を飲み込む。


「具体的に、いくらの案件だっていうんだ!?」


ディスプレイに食い入るように身を乗り出す。 ガルムは、重々しく告げた。


『そうだな。……前金で、1億クレジット』


「……ッ!」


『そして、任務完遂の暁には、さらに5億クレジットを支払おう。これだけの金があれば、貴様が望むものは、銀河の果てにいようとも手に入るだろう』


「……い、1億に、5億だと!? マジかよ……!?」


全身の血が沸騰するような感覚。


合計6億クレジット。


それだけの金があれば、借金地獄から解放されるどころか、一生遊んで暮らせる。


ナビィに、星屑のドレスどころか、小惑星の一つだって買ってやれる。


だが、同時に警鐘が鳴り響く。 話が出来すぎている。


「待てよ、先生。そいつはあまりにも甘い話(デザートリキュール)じゃねえか? 一体何を運ばせる気だ? まさか、星ごと吹き飛ばすようなヤバいブツじゃねえだろうな……?」


こんな破格の報酬には、必ず、命を賭ける以上のどす黒い裏がある。


それが、この腐った銀河の鉄則だ。


『心配するな、ベレット。積み荷は、コンドル王国にとって重要なものだ。それだけだ。詳細はコンドルに着いてから話す。すまないが時間がない。至急、こちらの座標へ向かえ』


ガルムはそう言うと、一方的に通信を切断した。


ホログラムが消え、再びブリッジに静寂が戻る。


「おい! ちょっと待て! クソッ!! あのクソ爺!! 相変わらず食えねえ野郎だぜ!!」


俺は怒りに任せてコンソールを殴りつけた。 鈍い音が響く。


しかし、心は既に決まっていた。


金のためならば。


6億クレジットのためならば。


たとえ地獄への片道切符でも、俺は行く。


それが、この俺! 宇宙海賊ベレット・クレイの生き様だ!


「ナビィ」


俺は荒い息を吸い込み、冷徹な声で命じた。


「最低限の補給を急げ。完了次第、進路をコンドル星系へ。ただし、航路は通常のルートを避け、最大限の警戒態勢で進むぞ」


「了解いたしました、マスター」


ナビィは静謐に、しかし迅速に応じた。


「コンドル星系への最適潜入航路を算出。及び、補給物資の手配を即時開始します。同時に、コンドル王国軍の通信傍受レベルを最大に引き上げ、関連情報を可能な限り、深く探ります」


彼女の指先がコンソールを滑り、瞬時にコンドル王国の情報と無数の警告マーカーが投影される。


「コンドル王国。数年前のコスモノイドの大規模反乱、及び、近年の王位継承を巡る内紛により、国力は著しく低下。治安悪化、経済停滞が深刻化しています。軍は依然として強大ですが、コスモノイド解放戦線のゲリラ戦術に疲弊。さらに、惑星企業連合の経済的・政治的影響力が増大し、軍内部にも、連合との黒い癒着を疑われる不穏な動きが…」


ナビィの冷静な分析を聞きながら、過去の記憶の奔流に身を任せていた。


かつての故郷、コンドル。


栄光と挫折、甘美な記憶と消えない悪夢。


ガルム先生。なんで今さら俺なんだ……?


あんたは、あん時、俺を見捨てたはずじゃねえのか……?


問いかけは、冷たい沈黙の中に吸い込まれていく。


ズゥゥゥゥン……!


スターダスト・レクイエム号は、凄まじい轟音と共にメインエンジンを点火させた。


重々しい咆哮が、俺の淀んだ心を揺さぶる。


目指すは、忌まわしき因縁の地、コンドル星系。


俺は、ただ報酬という名の亡霊に憑かれ、巨大な船体と共に成層圏を突破する。


操縦桿を握る手に、じわりと汗が滲む。


その先には、無限の星の海と――欲にまみれた運命が待っていた。

お読みいただき、誠にありがとうございます。


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引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。


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