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第16話 紅蓮と白銀のダンス・マカブル

「へえ、あんたが、かの有名な『ブラッディ・ローズ』か」


俺は操縦桿の冷たい金属を撫でた。


心臓が激しくドラムを叩く。


手には脂汗が滲んでいる。


「噂に違わぬ、極上の(タマ)じゃねえか。その首、3億クレジット以上の価値がありそうだ。だが、残念だったな。その上品な首は、この俺様が頂戴するぜ!」


心の奥底は、渦潮のように揺れていた。 目の前の紅蓮の悪魔から響く声。


それは、あのバーの薄暗がりで俺の魂を震わせた、謎めいた美女「ローズ」の声そのものだった。


偶然か? それとも、これは運命の残酷な戯れか。


思考の奔流は、瞬時に沸騰した闘争本能という名の暴力にねじ伏る。


今は、ただ、目の前の死を纏った薔薇に集中するのみ。


『あらあら、嬉しいお世辞ですこと。口説き文句は、もっと甘美な場所で聞きたかったですわね』


ローズの声は、スピーカーを通してもなお、蜜のように甘く耳朶を愛撫する。


だがその奥には、毒薔薇の鋭利な殺意が隠されていた。


仮面の下で、唇が三日月のように妖しく歪むのが見えた気がした。


『でも、残念ながら、殿方。わたくしの首を狩ることなど、あなたには不可能ですわ。むしろ、あなたのその生意気な喉笛を、このわたくしが、優しく掻き切って差し上げますわ!』


刹那、クリムゾン・ローゼスのスラスターが全開になった。


紅蓮の機体は、飢えた獣の咆哮を轟かせ、スターゲイザーへと肉薄する。


通常の7倍。


物理法則を嘲笑うかのような悪魔的な神速。


「……ッ!? 速え!!」


俺の剃刀色の瞳が驚愕に見開かれる。


ナビィの予測演算すら、紅蓮の軌跡を捉えきれない。


残像だけが網膜に焼き付く。


『まずは、熱い熱いご挨拶でしてよ! 受け取ってくださいまし!』


ローズは楽しげに歌うように言うと、両手の巨大なビームピストルを死の舞いのように乱射した。


シュン! シュン! シュン!


紅い閃光が死の雨となって降り注ぐ。


レーザーが空気を灼き、オゾンと硝煙の匂いがコクピットまで漂ってくるようだ。


「クソッ! 当たるか!」


俺は必死に機体を滑らせる。


回避、回避、回避!


だが、掠めた数発のビームが装甲を無残に溶かし、肉が焼けるような音を立てた。


ベレット……! 気をつけて……! 右斜め後ろ……! 回り込んでくる……!


ミューの切羽詰まった声が、フォワード・リンクで脳内に響いた。


その声は、俺の魂に直接触れるかのように温かく、そして切ない。


「……! サンキュー、ミュー! 信じるぜ!」


俺はミューの警告に従い、反射的に機体を反転させた。


予測通り、クリムゾン・ローゼスが音もなく背後に回り込もうとしていた。


まるで、血に飢えた紅い毒蛇。


『あらあら、フォワード能力者かしら? なかなか面白い能力をお持ちですわね』


ローズの声に、初めてわずかな驚きと興味の熱が混じった。


『ですが、わたくしの邪魔をする者は、潰させていただきますわ!』


刹那、紅蓮の機体の脚部から隠しレーザーサーベルが展開された。


トリッキーな予測不能な攻撃! 紅蓮の刃が、スターゲイザーの胸部装甲に迫る。


「危ねえっ!!」


俺の叫びがコクピットに木霊する。


反射的にスターゲイザーの右腕が動いた。


青白い光の剣が、間一髪で紅蓮の刃を受け止める。


ガキンッ!!


高周波の衝突音が空間を震わせる。


二つの光の剣が激突し、目を焼くような火花が散る。


衝撃波が機体を襲い、俺の腕に痺れとなって伝わる。


『噂に違わぬ腕前ですわね、流浪の騎士『白銀の流星』様。ですが、力比べならこちらに分がありましてよ!』


ローズは優雅な笑みを浮かべるように告げると、メインスラスターの出力をさらに引き上げた。


紅蓮の機体が咆哮し、白銀の巨人を力任せにねじ伏せていく。


ミシミシ……


スターゲイザーの構造フレームが悲鳴を上げ、軋む嫌な音が響く。


計器パネルには赤く点滅する警告ランプ。


「クソッ! パワーが違いすぎる! 押し負ける!」


俺は奥歯を噛みしめ、全身の筋肉を硬くして操縦桿を握りしめる。


カスタムメイドされた機体の圧倒的な出力差は歴然だった。


『マスター! エネルギーフィールド、最大出力で展開! 一時的に相殺します!』


ナビィの冷静な声と共に、蒼い粒子が機体周囲に収束し、光の膜が展開された。


フィールドが物理的な圧力を受け止め、一時的に拮抗状態が生まれる。


『まあまあ、お元気ですこと。ですが、いつまでその小手先の防御が保つかしら!?』


ローズは好戦的な笑みを深めた。


牽制射撃をフィールドの薄いポイントへ連射。


ダダダダッ!


蒼い膜が揺らぐと同時に、レーザーサーベルを変幻自在に振り回す。


死の舞踏(ダンス・マカブル)


紅蓮の残像とプラズマの閃光。


ローズの操縦は、もはや人間の技を超えていた。


感情がフォワードを増幅させ、機体を紅い稲妻へと変えている。


『あらあら、白銀の流星様。もう終わりでございますの? もっと、もっと、わたくしを満足させてくださいまし!』


優雅で底冷えする嘲笑。


「クソッ……! でたらめな動きしやがって!」


俺は喉の奥から叫んだ。


スターゲイザーは不屈の闘志に応え、リミッターを振り切る機動を見せる。


ドシュン!


一瞬の静止の後、再び神速で加速する紅蓮の機体。


灼熱の光刃が右側頭部を掠め、通信アンテナの一部を蒸発させる。


ジジジジ……! 通信回線にノイズが走る。


≪ベレット……! 来るわ……! 正面から、ビームの連射……! その後、高速の斬撃……! 速い……、速すぎる……! う、……!≫


ミューのフォワードは限界を超えていた。 ローズという強力な能力者の機動を読むことは、彼女の精神を業火で焼くようなものだ。


「ミュー! もういい! 無理すんな! リンクを切れ!」


『フフフ。紅蓮の薔薇を、とくとご賞味くださいまし』


ローズはビームピストルを構え、廃墟コロニーの構造を嘲笑うかのように、天井から怒涛の掃射を浴びせかけた。


ダダダダダダ!!!


溶融したコンクリートと鉄骨の雨が降り注ぐ。


俺はミューの断片的な警告を頼りに、機体を不規則に回転させ、紙一重で回避し続けた。


しかし、代償は大きかった。


ガキン! ジュワアア……


装甲に黒い傷跡が増え、内部冷却システムが悲鳴を上げる。


コクピット内の気温が急上昇する。


『マスター! 機体への負荷が80%を超過! 左脚部アクチュエーター、損傷率60%!』


俺自身の身体が、機体の鈍さとシンクロして遅れ始めている。


その「わずか」な遅れが、この超高速戦闘では致命傷となる。


『フフフ。逃げ場はもうございませんわ』


ローズは追い詰められた獲物を見る冷酷な目で俺を見下ろした。


四本の紅蓮の刃を展開し、退路を塞ぐ。


『ここは、あなたとわたくしだけの、ふたりっきりのダンスフロア。さあ、心ゆくまで楽しみましょう』


恍惚とした響き。


死の香り。


「チッ! 手癖が悪い女だぜ!」


俺は操縦桿を骨が白むほど強く握りしめた。


「行くぞ! スターゲイザー!」


咆哮と共に、メインスラスターを限界を超えた出力で全開にする。


エネルギーラインが悲鳴のようなスパークを散らす。


『さあさあ、白銀の流星様』


ローズの狂気じみた声が鼓膜を打つ。


『もっと熱く! もっと激しく! イキましょう! クライマックスですわ!』


ガキイィィィィィン!


超高密度の刃と防御フィールドが衝突する轟音。


激しい衝撃がコクピットを襲い、視界が真っ白になる。


次に開いた時には、緊急警報の赤色に全てが染まっていた。


機体の限界。俺自身の消耗。 極度の疲労とプレッシャーが、意識を闇へ引きずり込もうとする。


眼前に突きつけられる、巨大な「敗北」。


クソッタレ……! こんなところで、終わってたまるか……!


怒りと焦燥感が混ざり合った、内なる叫び。 砕け散りかけた意識の奥底で、俺は記憶の残響を捉えた。


ミューの、あの不安に震えながらも、俺を信じる切実な声。


――お願い! 負けないで! ベレットなら、きっと……!


その声が、魂の最も深い部分に触れた刹那。


心臓の奥から、冷たい水が熱い血流へと一変する感覚が湧き上がった。


絶望的な現実は色彩を失い、純粋な闘志だけが意識を支配し始めた。


「アイツが見てんだ! 俺は負けねえ! 絶対にな!」

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