第15話 星詠の導きと紅き薔薇の降臨
星屑の海を抜け、スターゲイザーは目的の宙域へ到達した。
眼前に横たわるのは、巨大なコスモコロニーの残骸。
かつては人々の笑顔で満たされたであろう人工の大地は、今や無数の傷跡を晒し、静寂と虚無に包まれた宇宙の墓標と化していた。
死の匂い。
淀んだ澱のような空気が、俺の神経を不快に逆撫でする。
「ケッ、なんとも陰気な場所だ。まるで亡霊の巣だな」
俺は操縦桿を握る手に滲む汗を感じながら、悪態をついた。
「こんな墓場みてえな場所に、本当にあの3億クレジットの派手な姐さんが隠れてやがるのか?」
油断なく周囲を走査する。
スターゲイザーを、忍び寄る獣のように慎重に内部へと滑り込ませていく。
『マスター、コロニー内部に多数の微弱なエネルギー反応と生命反応を探知。巧妙なトラップの可能性も否定できません。最大限の警戒を』
ナビィの鋭利な警告。
「だろうな。鳴り物入りの賞金首ともなれば、それなりの用心はしてるはずだ。歓迎の準備は万全ってことかよ」
俺がそう皮肉を呟いた、その瞬間。
――閃光! 轟音! 衝撃!
周囲で指向性地雷が連鎖的に炸裂した。
不可視のセンサーが侵入者を捉えたのだ。
灼熱の爆風が装甲を叩き、モニターが白く染まる。
「チッ! 早速、手荒いお出ましか!」
俺は舌打ちし、反射的に機体を急旋回させる。
野生の勘と機体の反応速度が、致命的な直撃を回避させた。
だが、安堵する間もなく、崩れ落ちた瓦礫の影から武装した男たちがぬらりと姿を現した。
ロケットランチャーや高出力レーザーライフルを構えた、薄汚いハイエナども。
「ヒャハハ! 来たな、賞金稼ぎの間抜け野郎!」
「ここは我らが女帝、ブラッディ・ローズ様の縄張りだぜ!」
「生きて出られると思うなよ! 貴様の首と機体は俺たちが貰い受ける!」
男たちは濁った眼をギラつかせ、一斉にトリガーを引いた。
レーザー光線が闇を裂き、ロケット弾が炎の尾を引いて迫る。
「やれやれ、まずはこの鬱陶しいハエどもから掃除するしかねぇか!」
俺はバルカン砲を咆哮させ、応戦する。
ドドドドド……!
重低音が廃墟に木霊し、徹甲弾が正確に敵を穿つ。
しかし、敵は地の利を活かして執拗に攻撃を仕掛けてくる。
数も多い。
まるで無限に湧き出てくるようだ。
「クソッ! キリがねえ! ハエどもが!」
額に焦りの汗が滲み始めた、その時。
≪ベレット……! 聞こえる……!? ……右……! ……崩れた通路の、瓦礫の影……! 3人……! ランチャー構えてる……!≫
「……!? ミュー!? お前、なんで!?」
脳内に直接響く声。
フォワードの共鳴。
間違いなく、ミューの声だった。
≪心配だったから……! あなたを一人で行かせられない……! ナビィに頼んで、フォワード・リンクを繋いでもらったの……! でも、指輪がないから……力が、不安定で……≫
声は途切れ途切れで、苦しげだった。
フォワード・リンク。
制御装置なしに行えば、精神を焼き切る危険な行為だ。
「馬鹿野郎! 危ねえだろうが! すぐにリンクを切れ!」
俺は怒鳴り返した。
彼女を危険に晒すわけにはいかない。
だが、その警告は驚くほど的確だった。
右方の瓦礫の影から、まさにランチャーを構えた男たちが飛び出してくる!
「……! サンキュー、ミュー! 借り、一つだぜ!」
俺はコンマ数秒早く反応し、機体をスライドさせて直撃を回避。
反撃の掃射で男たちを吹き飛ばす。
≪ベレット……! 上よ……! 天井裏……! 小型ドローンがたくさん……!≫
再び、悲鳴に近い警告。
見上げると、崩れかけた天井から無数の小型戦闘ドローンが降下してくる。
「チッ、鬱陶しい虫けらが!」
レーザーライフルを連射。蒼い閃光が次々とドローンを撃ち落とす。
≪……! ベレット……! 後ろ……! ……何か……すごく大きなエネルギー反応が……近づいてくる……! 気をつけて……! ……うっ……!≫
警告は止まらないが、その声は苦痛に満ちていた。
フォワードの酷使が彼女の精神を蝕んでいる。
「ミュー! もういい! 無理するな! リンクを切れ!」
俺は叫んだ。
胸が締め付けられる。
≪だ、大丈夫……! まだ……やれるわ……! ベレットを守るためなら……! それに……あの、仮面の女なんかに……負けたくない……!≫
ミューの言葉に、俺は息を呑んだ。
彼女の純粋で、少し歪んだ献身。
それは俺の心を温めると同時に、鋭い痛みをもたらした。
「……! しょうがねえなあ! なら、最後まで付き合ってもらうぜ! 行くぞ、ミュー! ナビィ、ミューのバイタルを監視しろ! 限界を超えそうになったら強制的に切れ!」
『了解いたしました、マスター! フォワード・リンクの最適化、及び戦闘状況分析、継続します!』
ナビィの冷静な声が、二人の戦士を繋ぐ。
三つの魂が、今、一つになった。
未来を垣間見る予知。
全てを見通す分析。
俺の縦技術。
それらが共鳴を生み出し、スターゲイザーを白銀の戦神へと昇華させる。
「な、何なんだこいつは!? 動きが全く読めねぇぞ!?」
「ひぃっ! 化け物だ! 悪魔の使いか!?」
恐怖に駆られるならず者たち。
「よし! これで雑魚は粗方片付いたか……!」
俺は荒い息をつきながら呟いた。
「このまま一気に本丸。あの紅蓮の薔薇の寝首を掻きに行くぞ!」
スラスターを吹かそうとした、その瞬間。
――ゾクリ。
廃墟の深部。
闇の奥底から、禍々しい気配が漂ってきた。
死の匂いであり、同時に抗いがたいほど甘美な誘惑の香り。
ゆっくりと、巨大な影が姿を現す。
深紅の、血と炎で染め上げられたかのような凶悪なフォルムを持つスペースロボット。
磨き上げられた装甲は妖しく輝き、両手には巨大なビームピストルが握られている。
そして、そのコクピットから、艶やかで氷のように冷たい女の声が響き渡った。
『フフフッ、ようやくここまでおいでになられましたの? 可愛い、可愛い、賞金稼ぎ様』
その声は熟れた果実のように甘く、聞く者の背筋を甘美な戦慄で震わせた。
『少しは、わたくしを楽しませてくださるかしら? ねえ?』
「……! ブラッディ・ローズ!!」
俺は息を呑んだ。
目の前に現れたのは、間違いなく3億クレジットの女海賊。
しかし、その声は。
あのジャンクヤードのバーで出会った、謎めいた美女「ローズ」の声と、あまりにも酷似していた。
まさか……!?
混乱と興奮、そして言いようのない予感が俺の心を激しく揺さぶった。
紅蓮の薔薇が、今、その美しい死の棘を俺に向けようとしていた。




