第12話 3億の賞金首、ブラッディ・ローズ
傷ついた翼を引きずるように、スターダスト・レクイエム号は、亜空間の歪みから現実宇宙へと吐き出された。
船体には無数の被弾痕。
シールドは崩壊寸前。
エンジンから漏れる鈍い輝きは、まるで死にゆく星のようだ。
艦内には絶えず警報が鳴り響いている。
眼前に広がるのは、星々の墓場。
そして、巨大な癌腫のようなコスモコロニー群。
無法地帯「ジャンクヤード」。
銀河中から吹き寄せられた鉄屑と欲望の掃き溜め。
違法取引、闇カジノ、海賊行為。
あらゆる種族のアウトローが集い、力と狡猾さだけが正義とされる場所だ。
ゴウン……という重い着床音と共に、スターダスト・レクイエム号はドッキングベイへ身を横たえた。
周囲には、傷を舐め合うようにひしめく怪しげな船たち。
焼け付いたオイルの匂い、錆びた金属の鉄臭さ、そして欲望の熱気が渦巻いている。
「へっ、ほんと、すげえ場所だな」
俺はブリッジのモニターから、その異様な光景を見渡した。
「まさに、宇宙の掃き溜め、ゴミ捨て場だ。だが、不思議とこういう場所の方が、俺は落ち着くんだよな」
口元に、自嘲とも懐かしさともつかない笑みが浮かぶ。
故郷の土よりも、この匂いの方が馴染み深いなんてな。
「ベレット。本当に、ここは大丈夫なの……?」
ミューが不安げに俺の横から顔を覗かせた。
ラピスラズリの瞳が怯えている。
「なんだか、すごく嫌な感じがする。人の心の黒くてドロドロしたものが渦巻いているみたいで、気持ち悪い」
彼女の敏感すぎるフォワードが、この場所の瘴気を感じ取っているらしい。
「大丈夫だって、ミュー」
俺はミューの銀色の髪を、大きな手でくしゃりと撫でた。
「俺は、銀河最強の宇宙海賊だぜ? こんな場所、俺にとっちゃ裏庭みてえなもんだ。お前は船の中で、ナビィと大人しく待ってろ。すぐに、でっかい金になる仕事を見つけてきてやるからよ」
「でも……」
ミューは不安そうに、俺の革ジャンの袖を掴む。
「大丈夫だって、言ってるだろ」
俺はその小さな手を、優しく振りほどいた。
「ナビィ、ミューのこと、頼んだぞ。何かあったらすぐに連絡しろ」
「了解いたしました。ミューさんの安全確保を最優先事項とします」
「それより、ナビィ」
俺はナビィに向き直った。
「何か、手っ取り早く大金が稼げるような、デカいヤマはねえか? とびきりヤバくて、とびきり儲かるやつだ!」
俺の声は、獲物を狙う狩人のそれだった。
「ジャンクヤードの非公式データベースへアクセス……賞金首リスト、及び高額非合法依頼リストを入手しました」
ナビィが淡々と情報を掬い上げる。
ホログラムに、凶悪な顔つきの賞金首や危険な依頼が滝のように流れ始めた。
「どれどれ」
俺は値踏みするように眺める。
「どれどれ……ふん、コイツはたったの1万クレジットか。ゴミだな。コイツは20万。悪くねえが、端金だ。ちえっ、しょぼい小魚ばっかりじゃねえか!」
6億クレジットという数字を見てしまった後では、数十万など、はした金にしか感じられない。
俺の金銭感覚は完全に麻痺している。
「もっとこう、ガツンと一発で借金をチャラにできるような、デカいクジラはいねえのかよ!?」
その時だった。
ある一点の情報に釘付けになった。
「な、なにい!? コ、コイツ、懸賞金、3億クレジットだと!? ゼロが二つ、いや三つは違うんじゃねえのか!? マジかよ!!」
思わず驚愕の声が漏れる。
ディスプレイに映し出されたのは、深紅の薔薇を思わせる妖艶な女性のホログラフ。
目元は仮面で隠されているが、その美貌と豊満な肢体のシルエットは、見る者の心を否応なく掻き立てる。
「ブラッディ・ローズ」 本名、ローズマリー。
悪名高き美貌の女海賊。 その手口は残忍かつ狡猾。被害総額は天文学的数字。
「ハッ、ハハハハハ! 面白えじゃねえか!」
俺は乾いた喉で笑い声を上げた。
「ブラッディ・ローズ。血塗られた薔薇、ねえ! いい名前だ! 女だてらに大したもんじゃねえか! だがな、その上品な首は、この銀河最強の海賊、ベレット様が直々にいただいてやる! 3億クレジット! いただきだあ!!」
全身の血が沸騰する。
金への渇望と、強い獲物への闘争本能が、俺の魂を危険な熱狂へと駆り立てる。
ロックオンだ。
「マスター! お待ちください! 危険すぎます!」
ナビィが警告を発した。焦りの色が混じっている。
「対象は単なる海賊ではありません! 背後には巨大な組織の影が噂されています! 搭乗機『クリムゾン・ローゼス』は通常の7倍以上の機動性を持つ悪魔のような機体です! 現在の戦力での成功確率は、限りなくゼロに近い! 撤退を強く推奨します!」
だが、今の俺の耳には届かない。
頭の中は3億クレジットという黄金の輝きで満たされている。
「うるせえ! うるせえ! うるせえ!」
俺はナビィの言葉を遮るように叫んだ。
「俺はな、金のためなら悪魔にだって魂を売る男だ! それに、この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかねえだろうが! リスクがデカけりや、リターンもデカい! それが、宇宙海賊ってもんだろ!」
俺は不敵な笑みを浮かべた。
「まずは、スターゲイザーを最低限動けるように直す! 話はそれからだ! ナビィ、必要なパーツの手配と、ブラッディ・ローズの情報を最優先で集めろ!」
「ベレット! お願いだから、行かないで!」
ミューが涙ながらに訴えかけた。
「なんだか、すごく嫌な予感がするの! お願いだから……!」
「心配すんな。ミュー」
俺は努めて明るい声で強がってみせた。
「俺は銀河最強の宇宙海賊だ。伊達じゃねえ。必ずあの紅い薔薇を手折って、大金と一緒にここへ帰ってきてやる。そしたら、このボロ船もピカピカにして、美味いもん腹いっぱい食わせてやるからよ!」
俺はそう言うと、ミューの返事を待たずに踵を返し、ジャンクヤードの闇市へと向かった。
金という名の、抗いがたい引力に引かれて。
あるいは、破滅という名の甘美な誘惑に導かれるように。




