第11話 地獄への片道切符、いざジャンクヤードへ
宇宙は、深淵の静寂に満ちていた。
無限の闇。
時間の感覚さえも希薄になる冷たい空間。
星々の光さえ届かぬ、放棄された資源小惑星の巨大な影。
その裏側で、傷ついた鳥のように、スターダスト・レクイエム号は息を潜めていた。
船体のあちこちから火花が散り、金属の軋む音が苦痛の呻きのように響く。
先刻の死闘の代償は、あまりにも大きかった。
装甲は抉られ、内部が剥き出しになっている。
薄暗い非常灯が点滅するブリッジ。
俺はキャプテンシートに深く身を沈め、荒い息を繰り返していた。
クラウスとの死闘、予期せぬコスモノイド船団。
悪運強く生き延びたが、肉体も魂も、限界まで削り取られた。
気分はクソッたれだ。
俺は、ただ虚ろにモニターを見ることしかできない。
隣のシートでは、ミューが小さな身体をさらに縮こませ、不安げに俺の横顔を見つめていた。
ラピスラズリの瞳は潤み、指先は白くなるほど強く握りしめられている。
「あれから、ガルム爺さんからの連絡はなしか……」
俺は掠れた声で呟いた。
状況が不明な以上、コンドルには戻れない。
かといって、当初の依頼通り、企業連合へ向かうことも自殺行為だ。
俺は、ミューの雪のように白い肌に視線を落とす。
胸が、ズクリと痛んだ。
「マスター。ガルム司令官へのコンタクトは応答なしです。コンドル軍内部は混乱状態にあると推測されます」
ナビィの報告は冷静だったが、電子の響きに微かな揺らぎを感じた。
「そうかよ。まあ、いい。どうせあの爺のことだ、俺たちがしくじろうが生き残ろうが、どうでもいいんだろうさ。契約はこれで終わりだ。何かあったら逃げ出すとは、伝えてあるからな」
「ですが、マスター。契約不履行となれば追跡はより厳しくなります。マスターの生命の保証は……」
「知るか、そんなもん!」
俺は苛立ち紛れに叫んだ。
言葉にできない怒りが爆発する。
「面倒事に巻き込んだのはガルムの方だ! こっちが賠償金を請求してやりてえくらいだぜ!」
「ベレット」
ミューがか細い声で呟いた。
「これからどうするの……?」
大粒の涙が、ぽろぽろと零れ落ちる。
その熱い雫が、彼女の白い手の甲に落ちて染みを作る。
泣くんじゃねえよ……。
俺は大きく息を吐き出し、努めてぶっきらぼうに、しかし声を殺して言った。
「まずは、このガタピシの船と、スクラップ同然のスターゲイザーをなんとか修理する。話はそれからだ」
俺はミューの銀色の髪に手を伸ばしかけ、寸前で止めた。
汚れた俺の手で触れていいものじゃない。
「それから……金に余裕ができたらだが、お前の『星詠の指輪』、探してやるよ。それが、お前の望みなんだろ?」
「ベレット!」
ミューはぱあっと顔を上げた。
涙で濡れた瞳が、驚きと淡い期待に輝く。
その純粋すぎる輝きが、俺には眩しすぎた。
「勘違いするなよ! もちろん、タダ働きはしねえぞ!」
俺は慌てて付け加えた。
あくまで、ビジネスだ。
「指輪を見つけたら、報酬はきっちり、たんまりといただくからな! 覚悟しとけよ!」
だが、その強がりも虚しく、現実は非情だ。
「マスター。船とスターゲイザーの損傷レベルはクリティカルです。現時点での概算見積もりでも、最低1億クレジットは必要かと」
ナビィが残酷な事実を告げる。
「クソッ! いちおくぅ!?」
俺は頭を抱え、天を仰いだ。
負債総額5億クレジットに、さらに上乗せかよ。
「また金欠かよ! どうなってやがるんだ、このクソッたれな宇宙は!」
金、金、金!
いくら追い求めても、蜃気楼のように指の間からすり抜けていく。
「ベレット! 私に、何かできることは!? あなたの役に、少しでも……!」
ミューが必死の形相で言いかける。
ペンダントが微かに光った気がした。
「いや、今はいい。これは、俺の問題だ」
俺はミューの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「金のことは、この俺様に任せとけ。宇宙海賊ベレット・クレイの名にかけて、必ずなんとかする」
俺はナビィに向き直った。
「ナビィ、この近くで、手っ取り早くデカい金が稼げるような、いい仕事はねえか?」
ナビィは数秒間沈黙し、一つの禁断の選択肢を提示した。
「マスター。この宙域の近距離に、無法者の巣窟と呼ばれるコスモコロニーが存在します。通称『ジャンクヤード』」
ホログラムに映し出された、歪な形状の巨大コロニー。
銀河の掃き溜め。
混沌と暴力が支配する、完全なるアナーキー・ゾーン。
「コンドル王国の法も、企業連合の監視も及びません。故に、高額な賞金首や、非合法な破格の報酬を伴う依頼が多数存在しています。ただし……」
ナビィの声が震える。
「リスクは計り知れません。死亡確率は、極めて高いと判断されます」
「ジャンクヤードか」
俺の唇に、乾いた笑みが浮かんだ。
「へっ、面白そうじゃねえか。そういう場所の方が、今の俺にはしっくりくるぜ」
迷いはない。
金のためなら、地獄の底だって潜ってやる。
「よし、決めた! ナビィ、進路変更! 俺たちはジャンクヤードへ行くぞ! 修理費も活動資金も、全部まとめてそこで稼ぎ出す!」
俺は航路を「ジャンクヤード」へ設定させた。
「行ってやるぜ、地獄への片道切符だ!」




