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第103話 迷いなきラピスラズリの瞳。彼の背中を追う、覚醒の狙撃

【視点:ミュー】

監獄コロニーの巨大なメインゲート。


何百年も開けられたことがないような、重苦しく軋む金属音を響かせ、私たちを拒絶していた巨大な扉がゆっくりと開いた。


その先には、星の光すらもすべてを飲み込むような、漆黒のエアロックが待ち構えていた。


エアロックを通過すると、冷たくて、古い油と埃の匂いが混じった湿った空気が、三機の機体を重く包み込む。


「……っ」


思わず、息を呑んでしまった。


そこは、広大な囚人の収容エリアだった。


光も届かぬ、深海の底のような絶望の色をした空間。


どこまでも続く無機質な灰色のコンクリートの壁と、まるで巨大な墓石のように規則的に配置された構造物は、人間的な温かみを一切感じさせない。


薄暗闇の中、わずかに漏れる非常用の人工的な赤い光が、見る者の不安を煽る不気味な影を落としている。


時折、遠くから聞こえるパイプの中を流れる冷媒の駆動音や、一定のリズムの電子音だけが響き、ここに囚われている人たちの孤独と閉塞感を痛いほどに伝えてきた。


……ベレットは、こんな冷たくて恐ろしい場所で……。


胸の奥が、ギリギリと締め付けられる。


私はコクピットの中で、彼との絆の証であるブレスレットと、胸のペンダントを祈るように両手でギュッと握りしめた。


怖い。


足がすくみそうになる。


でも、それ以上に……早く彼に会いたい。


あんなに大きくて温かい背中が、孤独に凍えてしまう前に。


そんな暗闇の中にあって、私たちの三機のスペースロボットは、異質に、そしてこの上なく美しく輝いていた。


おそらく、この銀河最強の鉄壁の要塞に、外部からこうして無傷で侵入できた者は、銀河の長い歴史の中でも私たちが初めてかもしれない。


『ふふ、わたくしたちは、歴史に名を刻む大罪人になってしまいましたわね』


先頭を進むクリムゾン・ローゼス改から、ローズマリーの声が聞こえた。


仮面の下で、この異常なスリルを心底楽しむかのような、妖しい大人の笑みを浮かべているのが分かる。


『これでまた、賞金首としてのわたくしの「価値」が跳ね上がってしまいましたわ。まあ、それも、我らがキャプテン……ベレット様の海賊団の忠実なる下僕としては、むしろ相応しいのかもしれませんけれど』


ローズマリーは、本当にすごいな……。


私は、紅蓮の機体の背中を見つめながら、小さくため息をついた。


こんな絶望的な状況でも、決して余裕を崩さない。


強くて、美しくて、大人の色気に満ち溢れている。


「……負けないもん。ベレットの隣に立って、彼を支えるのは、この私なんだから!」


私は、湧き上がる乙女のジェラシーを気合いに変えて、自分に言い聞かせるように力強く宣言した。


『……ひょっとして』


隣でそのやり取りを聞いていたユウキが、ふと、小さな声で呟いた。


『あたしも、これで凶悪な賞金首デビュー? ……ええと、それって、今後のあたしの輝かしい研究活動に、支障が出たりしないかな? 』


『あらあら、ユウキさん。何を今更、おっしゃいますの』


ローズマリーは、そんなユウキを温かいお姉さんのような眼差しで見つめて、くすくすと笑った。


『ご安心なさいな。あなたはもう、星屑の船に乗ったあの瞬間から、我々「ベレット海賊団」の、立派な一員なのですから!』


『ええと、そ、それは、その……』


ユウキは戸惑いながらも、どこか複雑な、しかし嬉しそうな……彼に認められたいという純粋な表情を浮かべた。


『あ、ありがとう……? たぶん……?』


ふふっ。ユウキも、素直じゃないんだから。


文句を言いながらも、彼のために徹夜でこんな凄い機体を組み上げてくれた。


そして、今もこうして一番危険な場所に一緒に来てくれている。


その後、三機のスペースロボットは、巨大な鉄の迷宮の中を、機体の発する音を最小限に抑えて慎重に進んでいった。


クリムゾン・ローゼス改が最新鋭のステルス・フィールドを活用し、紅蓮の機体を通路の暗がりに完全に溶け込ませて先陣を切る。


『各通路の交差点には、高感度センサーと監視カメラが巧妙に隠蔽されています。一歩でも踏み間違えれば、全区画に警報が鳴り響くでしょう』


ナビィの緊張を孕んだ分析が、コックピットに届く。


『警告! 前方、隔壁がルートを遮断しています。物理的な排除が必要です』


『わたくしが道を切り開きますわ!』


ローズマリーがレーザーサーベルで分厚い隔壁を最小限の音と熱で溶断し、ユウキがプラズマ・カッターで絡み合った残骸を繊細な手付きで切断して道を作る。


二人の完璧なコンビネーションに、私はただただ見惚れてしまった。


すごい……。


でも、私だって、ただ守られてるだけじゃない!


私はスターゲイザー改を二機の後方に留め、もう一人の自分から受け継いだ『星詠の羅針盤』の力を、極限まで繊細に解放させた。


ラピスラズリの瞳を閉じ、意識を未来と空間へ広げる。


「ナビィ! あの曲がり角の先、20メートル。右側の壁に、新型の監視カメラとモーションセンサーがあるわ。あの位置じゃ、いくらローズマリーの機体でも気づかれずに回避するのは不可能よ!」


『了解いたしました、ミューさん。直ちにシステムへのハッキングを開始します。ですが、この高セキュリティ環境下では、無効化に数分を要します』


「その時間はないわ! ……私が、直接無効化する!」


私はスターゲイザー改を、通路の隅の最も深い影へと滑り込ませた。


レーザーライフルを構え、監視カメラのわずかなレンズの光に向けて照準を合わせる。


『なっ!? ミュー、何する気なの! 』


ユウキの緊迫した声が聞こえる。


でも、不思議と怖くなかった。


ベレット……力を貸して。


私は目を閉じ、脳裏に焼き付いている『ベレットの姿』を思い描いた。


彼が銃を構える時の、あの無駄のない美しい姿勢。


呼吸のタイミング。


引き金を引く瞬間の、あの剃刀のような鋭い瞳。


大好きで、ずっと見つめてきたから、全部完璧に覚えている。


私は、彼の魂と自分の魂を重ね合わせるように、深く息を吐き――引き金を引いた。


ピシュン!


極小出力に絞られたビームが放たれた一瞬の後。


通路全体を支配していた冷たい監視の眼が火花を散らし、完全に機能を停止した。


『カメラ及びセンサーシステム、機能の完全停止を確認!』


「ふう……。ベレットの早撃ちには、遠く及ばないけどね」


私は額にうっすらと汗を滲ませながらも、少しだけ誇らしい気持ちで胸を張った。


『やるわね、ミュー!』


『ふふ、流石はわたくしたちの巫女ですわ。さあ、後もう少しですわよ!』


ユウキとローズマリーの称賛の声に、私は嬉しくて頬が熱くなるのを感じた。


今度は、私のスターゲイザー改が先陣を切る。


私はふと意識を、この迷宮のさらに奥へと向けた。


胸元のペンダントが、心臓の鼓動に呼応するように、トクトクと確かな温もりを放っている。


私の『星詠の羅針盤』が、愛しい人の居場所を、一直線に、ハッキリと指し示していた。


「ベレットを感じる! この通路のさらに奥! 南西方向へ100メートル! 行き止まりの壁の、そのまた奥! ……そこが、ベレットのいる場所!」


もはや一片の迷いもなかった。


私の黄金のフォワードの光が、三つの翼の行く手を強く、明るく照らし出す。


「ベレット! 今、行くから! 必ず助けるからね!」


恋する乙女の、世界で一番強くて純粋な祈り。


その祈りを胸に、三つの翼は絶望の迷宮のさらに奥深く、囚われのキャプテンが待つ場所へと全速力で突入していった。


大好きな彼との再会の時は、もう、すぐそこまで迫っていた。

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