第102話 戦場を支配する巫女の未来観測と完璧なる鮮血の円舞曲
【視点:ミュー】
コンドル王立監獄コロニーのメインゲート宙域。 スターゲイザー改のメインモニター越しに見るその姿は、星々の瞬きさえも吸い込んでしまうような、巨大で漆黒の鉄の棺だった。
コロニーを覆う重厚な装甲と、びっしりと並んだ無数の砲台。
まるで巨大な鋼鉄のハリネズミが宇宙に浮かんでいるみたいで、見ているだけで息が詰まりそうになる。
胸のペンダントを、祈るように両手でギュッと握りしめる。
早く行かなきゃ。
早く助け出さなきゃ。
あんなに大きくて温かい背中が、孤独に凍えてしまう前に。
その鉄壁の防衛網へ真っ先に飛び込んでいったのは、紅蓮の燃え盛る炎を纏う機体――ローズマリーの『クリムゾン・ローゼス改』だった。
ユウキの設計した新型スラスターの力で、その流麗な曲線美を持つ機体は、限界を超えた性能を叩き出している。
ローズマリーは、敵のレーザーとミサイルの土砂降りの中を、まるで危険なんて存在しないかのように、優雅に舞い踊っていた。
その動きは超高速なのに、軌跡は計算され尽くした円舞曲みたいに滑らかで美しい。
敵のセンサーは完全に撹乱されて、赤い残像だけを虚しく追っている。
『あらあら、随分と激しい歓迎ですこと』
通信越しに聞こえるローズマリーの声は、こんな絶体絶命の状況なのに、どこか恍惚としていて、圧倒的な大人の色気に満ちていた。
敵の砲火を潜り抜ける紅蓮の機体を見つめながら、私は自分の胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
目指すは、監獄への唯一の侵入口である巨大なメインゲート。
その周辺に配置された対空防御システムが一斉に火を噴いた。
ダダダダダダダダ!
宇宙空間を埋め尽くすような厚い弾幕。
でも、クリムゾン・ローゼス改はそれを涼しい顔で掻き潜り、二丁のビームピストルを構えた。
紅蓮の閃光がピンポイントで敵のタレットやセンサーを正確に撃ち抜いていく。
さらに、手にした高出力レーザーサーベルが光の軌跡を描き、メインゲートを護るエネルギーバリアを切り裂いた。
激しいプラズマのスパークが散り、強烈な熱波が宇宙空間に広がる。
ただ破壊するだけじゃない。その圧倒的な強さと美しさが、敵の精神まで蝕んでいくような、真紅の悪魔の舞い。
――だけど、敵だって黙ってはいない。
コロニー外部のハッチが開き、コンドル軍のスペースロボット『ブラックナイト』の部隊が、凄まじい轟音と共に一斉に飛び出してきた。
その数、およそ二十機以上! さらにその後方からは、多数のミサイル艇と戦闘機隊が分厚い弾幕を展開し始めた。
コロニーの全防衛戦力が、私たちを潰しにかかってきたんだ。
『ふふふ、ここからが本番ですわ!』
ローズマリーは全く怯むことなく、自ら敵の包囲網の中へと飛び込んでいく。
レーザーサーベルとピストルが閃くたびに、ブラックナイトが次々と光の破片になって爆発していく。
その背後では、白銀に青いラインの入った『ヴァルキリー・ストライカー改』に乗るユウキが、冷静沈着な支援を展開していた。
『ナビィさん! 敵の防御システムへのハッキング! Dブロックを集中的にお願い! ローズマリーさんの機体にこれ以上負荷をかけないように、防御タレットを沈黙させるわ!』
『了解いたしました、ユウキさん。Dブロックの防御陣地にハッキングを開始します』
ナビィの高度な演算能力が、目に見えない電子の海で、敵のファイアウォールを次々と突破していく。
彼女がいなければ私たちは一歩も前に進めない。
彼女は私たちの、見えない絶対の盾だ。
『よし! 沈黙を確認! ローズマリーさん、今よ! 突っ切って!』
ユウキはそう叫びながら、巨大なレーザーライフルを構える。
『目標捕捉! 敵戦闘機隊、八機! ロックオン! ……当たれえええ!』
キィィィン!!
青い雷鳴のようなエネルギーの奔流が、密集した敵編隊を正確無比に貫き、一瞬で蒸発させた。
紅蓮の薔薇の奔放な突撃を、白銀の雷鳴が後方から盤石に支えている。
二人の連携は完璧だった。
みんな、すごい……!
ナビィも、ユウキも、ローズマリーも! それぞれのやり方で、ベレットのために全力で戦ってる!
だけど。
そんな激しい戦いの渦中で、私はスターゲイザー改のコクピットの中で、ただ震える手を握りしめることしかできなかった。
メインゲートは、湧き出てくる敵の増援と激しい弾幕の雨に阻まれ、あと一歩のところで突破できないでいる。
『ユウキさん。エネルギー残量は大丈夫かしら? レーザーライフルを使い過ぎでしてよ』
『大丈夫じゃないかも! エネルギー残量、50%を切ったわ!』
二人の切羽詰まった声が聞こえる。
いくら機体が凄くても、この絶大な物量には限界がある。
私……! 私、何をすればいいの!?
ベレットを助けに行きたいのに!
なんで私だけ、足手まといなの!?
私のフォワードの力は、以前よりも遥かに強く、緻密に覚醒しているはずだ。
それなのに、未来のビジョンや敵の動きが、激しい戦闘のノイズと私の焦りで複雑に絡み合い、ノイズだらけの砂嵐みたいに頭の中をぐちゃぐちゃにしていく。
が暴走しそうで、怖い。
お願い……!
もう一度、会いたい!
教えて……どうすれば、この力を使いこなせるの!? どうすれば、ベレットを助けられるの!?
私は心の奥底で、精神の深淵で出会った『鏡像の姉』のような存在に、泣きすがるように必死に懇願した。
――その瞬間。
私の意識は、激しい戦場から切り離され、光と粒子が舞う柔らかな光の海へと、深く沈んでいった。
魂のサンクチュアリ。
そこには、私よりも少しだけ大人びていて、深い慈愛と達観した微笑みを浮かべた『銀髪の少女』が静かに立っていた。
「あらあら、意外と早い再会だったわね」
少女は、鈴の音が揺れるような優しい声で私に語りかけた。
「慌てすぎよ。あなたの身体が、せっかくその強大な力に慣れようとしているのに。そんなに焦っちゃ、全てが台無しになっちゃうじゃない」
「だって! ベレットが! みんなが危ないのよ!」
私はたまらず、彼女の胸に飛び込んで涙をポロポロこぼした。
「私はまだ全然、巫女の力を使いこなせていない! この力をどう使えばいいのか分からないの! 私には、ローズマリーみたいな強さも、ユウキみたいな才能もない! このままじゃ、みんな……!」
「ええ、分かっているわ」
少女は静かに頷き、そっと私の頬に触れた。
指先から、じんわりと温かくて、ひどく懐かしいフォワードの光が流れ込んでくる。
「今のあなたには、戦闘という極限状況で力を制御する『経験』と『技術』が圧倒的に足りていないだけ。……大丈夫。落ち着きなさい、ミュー。あなたはもう、一人じゃないでしょう?」
鏡像の巫女は、私を優しく、お姉ちゃんみたいに抱きしめた。
「あの時、あなたに託したものは力だけじゃないわ。運命を読み解き、最善の一手を導き出す『未来観測』……すなわち『星詠の羅針盤』よ。戦闘において、未来のすべてを見る必要はないわ。敵のたった一つの『弱点』、次の『動き』、そして我々が取るべき『勝利の軌道』。それだけを観測すればいいの」
「それだけって言われても……そんなの、今すぐには……!」
「分かってるわ。本来なら一生を懸けて身に着ける技術だもの。だから、今回は特別サービスよ♪」
少女は、イタズラっぽく悠然と微笑んだ。
「だから、あなたの唇をもらうわ」
「……!? え! え!? 急になんで!?」
私は顔をリンゴみたいに真っ赤にして、パニックになって後ずさった。
く、唇!? 相手は私自身みたいなものだけど、でも、そんなのベレットのためにずっと大切に取ってあるのに!
「ふふ、高度な技術を渡すためには、深く繋がって力の制御権を譲り渡す『契約の儀式』が必要なの。今こそ、その契約を行使する時よ」
「え、ちょっと待って! 恥ずかしいから、他の方法で――んっ!?」
少女は、問答無用で私の唇に、自身の柔らかな唇をそっと優しく重ねた。
――その瞬間。 静かな光と、脳がとろけそうなほど甘美な熱が、私の全身を駆け巡った。 膨大な星図データと、気の遠くなるような戦術の演算式、そして宇宙の理が、私の魂に直接インストールされていく。
「……うっ……! ああっ……!」
甘い呻き声が漏れる。 知識がパズルのピースのように、私のフォワードの回路へ、寸分の狂いもなく正確に組み込まれていくのが分かった。
「これで大丈夫。あとはあなたが観測して、仲間たちに情報を伝えるだけ」
少女は唇を離すと、少しだけ頬を染めた私を、真っ直ぐに見つめた。
「さあ、早く行って。あなたには愛する人を救う、大切な使命がある。あなたの『羅針盤』に従って、勝利へとみんなを導きなさい!」
激しい光の渦と共に、私は現実世界へと引き戻された。
スターゲイザー改のコクピット。
私はカッと、ラピスラズリの瞳を見開いた。
息は荒く、額には汗が滲んでいる。
唇には、まだほんのりと熱が残っていた。
……でも、もう不思議なくらい、心の底にこびりついていた焦りや恐怖は消え去っていた。
頭の中が、信じられないくらいクリアだ。
世界が、スローモーションみたいにハッキリと視える。
敵の弱点も、コンマ一秒先の未来の軌道も、まるで夜空の星座を指差すように簡単に分かる。
機体の装甲を、眩い黄金色のオーラが包み始めた。
「みんな! 聞いて!」
『ミュー!?』
『どうかしたのかしら!』
「ローズマリー! 敵のブラックナイト部隊、隊長機! そいつの右肩にある増設予備バッテリーを狙って! あと10秒で、そいつの防御フィールドがシステム過負荷で『1秒』だけ切れる! その隙を突くのよ!」
『ふふっ。面白いですわね!』
ローズマリーは即座に反応した。
『1秒ですって? お安い御用ですわ! やってご覧に入れましょう! このクリムゾン・ローゼスの真の速度と、わたくしの情熱で!』
限界を超えるオーバーブースト。
紅蓮の流星が隊長機へ突進する。
5、4、3、2、1――今! 私が観測した通りのタイミング、防御が途切れたジャスト1秒の隙に、ビームピストルが予備バッテリーを正確に撃ち抜いた!
ドォォォン!!!
隊長機が内部から誘爆し、それを機に敵部隊の連携が一気に崩れ始める。
「ユウキ! 次はメインゲートの砲台! 手前の右から三番目、照準は砲身の付け根! あと2秒で、ナビィのハッキングが最後の壁を破って、メインコアが一瞬剥き出しになる! そこよ!」
『な、なんですって!? そんな荒唐無稽な……でも! 分かったわ! ミューを信じる!』
ユウキは一切の迷いを捨て、レーザーライフルの銃口を向けた。
ドゴォォォン!!
青い雷鳴が轟き、砲台がシステム中枢から連鎖破壊を起こして沈黙する。
メインゲートの防御システム全体に、致命的なエラーが走ったのがハッキリと視えた。
「ナビィ! 今よ! この混乱の隙に乗じて、コロニーの通信系統に最大限のノイズを流し込んで! レーダーを麻痺させる! 時間は、2.5秒!」
『了解いたしました! ミューさんのデータに基づき、電子戦支援を開始します!』
コロニーのレーダーが真っ白なノイズに包まれ、敵の艦隊がパニックで一斉に動きを止める。
完璧だ。
今の私たちなら、なんだってできる!
「今よ! ローズマリー! メインゲートへ全速力で突っ込んで!」
『ふふふっ。流石ですわ、ミュー!』
ローズマリーの機体が、敵の防衛網の隙間を紅蓮の流星となって一気に駆け抜ける。
ユウキのヴァルキリー改も、私のスターゲイザー改と並行して、その背中を追う。
『ミュー! 本当にすごいわね! 一体どうやったのよ!』
「今は説明してる暇はないわ! ゲートへ突入する!」
ナビィの静かなハッキング、ローズマリーの圧倒的な突破力、ユウキの天才的な精密射撃、そして私の星詠の力。
私たち四人の乙女の力が完璧に重なり合って、侵入者を拒絶していたメインゲートの分厚い装甲が、重々しい音を立てて開き始めた。
待ってて、ベレット!
今、行くから!
私たちは、死へと続く「狭き門」へと、一切の迷いなく飛び込んでいった。




