第99話 仮面の淑女と聖騎士が織りなす、危険すぎるご挨拶
【視点:ローズマリー】
深紅の新しい翼『クリムゾン・ローゼス改』のコクピット。
ユウキさんが、文字通り寝る間も惜しみ、血を吐くような努力で組み上げてくれたこの機体は、私の手足のように、いえ、私の魂の形そのもののように、思い通りに、滑らかに、そして情熱的に宇宙を駆けてくれる。
この肌に吸い付くような一体感。
そして、スロットルを僅かに押し込んだだけで、星々の彼方へ突き抜けてしまいそうな圧倒的な加速。
これなら、きっと……。
あの暗く冷たい鉄格子の向こうから、必ず連れ戻すことができますわね。
仮面の下で満足げに微笑んだ、まさにその瞬間だった。
完全に覚醒したミューの進化したフォワードが、前方からの闖入者を捉えた。
『……! ローズマリー! 見つけたわ! 前方からのあの機体、間違いない! アンドロメダ正教会の、シスター・ミンクスよ!』
あらあら。ずいぶんとタイミングの良いお客様ですこと。
アンドロメダ正教会の使者、シスター・ミンクス。
おそらく、我々の動向を探りに来たのでしょう。
ちょうどいいですわ。
この生まれ変わった翼の、神速の性能を試すための、絶好の『実験台』。
それに……先の研究所での依頼に対する、ささやかな意趣返しもしておきませんとね。
ふふふ……。
わたくしは、スロットルを限界のさらに奥まで踏み込む。
クリムゾン・ローゼス改は、一瞬にして紅蓮の光線と化し、ミンクスの純白の機体『エンジェル・オブ・アンドロメダ』へと、一切の減速なしで猛然と迫った。
『……! こちらに敵意はありません! 直ちに停止なさい!』
ミンクスがオープンチャンネルで叫びますが、わたくしは速度を緩めるどころか、機体の限界を試すようにさらに加速した。
そして、彼女の純白の機体のすぐ鼻先を、装甲が擦れ合うほどの紙一重の距離で、挑発するように高速で駆け抜けてみせた。
相手の機体が、わたくしの機体を避け、無様に体勢を崩すのが見えた。
「ふふふっ、ごきげんよう、シスター」
『……! これ以上、ふざけた真似を続けるというのなら、こちらも相応の対応を取らせていただきます!』
ミンクスの声には、冷静な聖職者を装いながらも、明確な怒りの色が滲んでいた。
彼女は瞬時に、エンジェル・オブ・アンドロメダを完全な応戦態勢へと移行させた。
純白の機体の背部から、宇宙戦艦の主砲にも匹敵する、規格外の超大型実弾砲『デュナミス・ハンマー』が、重々しい駆動音と共に展開されていく。
「まあ、相変わらずシスターらしからぬ、物騒で無骨な『得物』をお持ちですこと」
わたくしは、くすくすと笑いながら通信回線越しに挑発する。
「そんな巨大な鉄塊で、一体何を貫くおつもりなのかしら? まさか、わたくしのこのか弱い乙女の心、だったりするのかしら?」
『警告は、しました』
ミンクスは、もはや迷いを捨てた。
その声に、異端を討つ聖騎士としての冷徹な意志が宿ったのが分かった。
「フォワードの御力において、撃ち落とします!」
彼女は迷いなく、引き金を引いた。
ドゴォォォォォン!!!
放たれたのは、もはや「弾丸」というよりも「鉄塊」そのもの。
超質量の弾丸が、推進剤の炎を曳きながら、迫る。
完璧な計算と、強固な信仰心に基づく、恐るべき一撃必殺の神罰。
――ですが。
「甘いですわよ、シスター」
わたくしは、その軌道を読み、ひらり、と宇宙空間でワルツを踊るように優雅に回避してみせた。
機体とパイロットが完全にシンクロした回避機動。
ユウキさんの設計は、本当に素晴らしいですわね。
『……! 避けられた……!?』
ミンクスの驚愕と戦慄の波動が、フォワードを通じてビリビリと伝わってくる。
外れた弾丸は近くに漂っていた小惑星へと直撃し、凄まじい轟音と共にその岩塊を粉々に砕け散らせた。
「さあ、次は何を見せてくださるのかしら? わたくしを、もっと楽しませてくださいな、シスター?」
わたくしは、クリムゾン・ローゼス改を優雅に宙返りさせながら、さらに通信越しに挑発を続ける。
まるで獲物を嬲る、美しくも残酷な深紅の悪魔のように。
もっと、あなたのその完璧な仮面を剥がしてさしあげますわ。
『……ッ!』
ミンクスは混乱しながらも、再び『デュナミス・ハンマー』の引き金に指をかけようとした。
その瞬間。
≪―――二人とも、もうやめて! 無駄な争いはしないで!―――≫
ミューの声が、有無を言わせぬ強いフォワードの波動となって、わたくしたち二人の意識に直接響き渡った。
そのあまりにも澄み切った、絶対的な力を持つ波動に、わたくしも思わず息を呑む。
「……!? ミューさん……!?」
ミンクスも、その予期せぬ介入に驚愕しているようだった。
以前の、あの心許ない少女の波動とはまるで違う。
これこそが、本物の『星詠の巫女』の波動。
『……分かりました。こちらも、これ以上の戦闘は望んではいません。ですが、あの野蛮な赤い機体をどうにかしてください!』
『ローズマリーも! いい加減にしなさい! じゃれあうの禁止!』
ミューは、まるで言うことを聞かない子供を諭すような響きで、わたくしを窘めた。
あらあら。
いつの間にか、立派なレディになられましたのね、チビ助さん。
「やれやれ、仕方ありませんわねぇ。これ以上のダンスは、お預けのようですわ」
わたくしは大きなため息をつくと、映像通信の回線を開いた。
『お久しぶりですわね、ミンクスさん。ほんの少し「歓迎」のご挨拶をと思いまして。あなたほどの高名な聖騎士様をお出迎えするには、これくらいおもてなしする必要があると思いましたの。ふふふっ』
「ええ、実に大層な『お出迎え』、痛み入りますわ」
ミンクスは、いつもの胡散臭い聖職者の笑顔を顔に貼り付けて返答してきた。
「ですが、てっきり言葉も通じぬ、どこぞの野蛮な蛮族が襲い掛かってきたのかと思いましたわ。危うく、フォワードの御名において、聖なる鉄槌を下してしまうところでした」
『あらあら、それは失礼いたしましたわ』
わたくしも、くすくすと鈴を転がすような、致死量の毒を含んだ笑い声を立てて応酬する。
『もしかして、わたくしにその恐ろしげな「神罰」とやらを与えようとしていらっしゃったのかしら? わたくしにはてっきり、どこかの不心得者が宇宙に、粗大ゴミかデブリか何かを違法に投棄されているのかと』
通信モニター越しに、わたくしと彼女の間に見えない激しい火花が散った。
ふふふ。
やはりこのシスターとは、永遠に分かり合えそうにありませんわね。
お互いに、腹に一物も二物も抱えた者同士。
結局、ミューの強い仲裁により、この紅蓮と純白の危険な円舞曲は一時休戦となった。
一行はミンクスを伴い、再びスターダスト・レクイエム号へと帰艦することに。
……さあ、役者は揃いましたわね。




