第96話 機能美の白銀か、情熱の深紅か。完成した三機の翼と、バルバラ基地のカラーリング大論争
【視点:ミュー】
ナビィ5の華奢で、でもお姉ちゃんみたいに安心する温かい肩に支えられながら、私が足を踏み入れたのは、バルバラ基地の心臓部だった。
「……うわぁ……」
思わず、感嘆の吐息が漏れる。
まるで古代の神殿か、星を創るための巨大な工房を思わせるような、とてつもなく広大なスペースロボット製造ドック。
見上げるほど高い天井からは無数の巨大な作業用アームがクモの巣のように吊り下がり、床には見たこともない最新鋭の製造設備や、山のような資材が幾何学的な美しさで整然と並べられている。
空気中には、ツンとする鉄とオイルの匂いに混じって、新しい機械だけが放つ、胸がワクワクするような微かなオゾンの香りが漂っていた。
そして。
そのドックの中央、柔らかなスポットライトの照明を浴びて、三つの巨大な影が、圧倒的な存在感を放って鎮座していた。
「ナビィ……あれは……?」
私が目を瞬かせていると、隣で私を支えてくれていたナビィ5が、静かに、そしてどこか誇らしげな声で説明を始めてくれた。
「ミューさん。あちらをご覧ください。マスターを救出するために、ユウキさんが不眠不休で設計し、このバルバラ基地の全力を挙げて建造した……三つの新たな翼です」
ナビィは、まず一番手前にある、神々しいまでの白銀の機体を指差した。
「一つ目は、マスターの魂を受け継ぐ機体、『スターゲイザー改』です。オリジナルの古代フレームの面影を残しつつも、ユウキさんの設計によりフォルムはより洗練され、内部のジェネレーター出力は比較にならないほど力強さを増しています」
……スターゲイザー改。
これに、ベレットが乗るんだ。
ううん、私がこれを彼のもとへ届けて、あの背中に乗せてもらうの!
胸の奥が、期待と恋心でキュッと熱く締め付けられる。
「二つ目は、あちらの流麗な機体。ローズマリーさんの新たな分身たるべき『クリムゾン・ローゼス改』です。ベース機の曲線美はそのままに、より鋭角的で攻撃的なフォルムへと進化を遂げました。推力と機動性は、理論上スターゲイザー改の7倍以上を誇ります」
ナビィの説明通り、その機体はただ立っているだけでも、妖艶で危険な香りを放っていた。
白銀の装甲が、磨き上げられた鏡面のように周囲の光をキラキラと反射している。
「そして、最後の機体。ユウキさんの情熱と、亡きお父様であるリック・ニシボリ博士の遺志が結晶した『ヴァルキリー・ストライカー改』です。スターゲイザーの格闘性能と、クリムゾン・ローゼスの神速の機動性を取り込み、さらにユウキさん独自の革新的技術が注ぎ込まれた……まさに次世代を担う翼です」
すごい……。
ユウキ、徹夜でこんな凄いものを三機も……。
みんなの想いが形になった、希望の象徴。
……なんだけど。
その美しくて感動的な機体を前にして、二人の女性が激しい火花をバチバチと散らしていた。
「ですから! 何度申し上げたらお分かりになりますの!?」
開発者であるユウキと、このドックの主であるローズマリーが、額を突き合わせて本気の喧嘩をしている真っ最中だったのだ。
「わたくしの専用機、クリムゾン・ローゼスは、血のように燃える『情熱の赤』でなければなりませんの! この味気ない白銀のままでは、わたくしの魂が戦場で燃え上がらないのですわ!」
ローズマリーが腰に手を当て、仮面の下から鋭い視線をユウキに向けている。
「だーかーら! 性能は全く変わらないって、さっきから何度も言ってるでしょ!」
ユウキも、一歩も引かずに反論する。
白衣をバサッと翻し、眼鏡の奥の翠緑色の瞳が、技術者の意地でメラメラと燃えていた。
「赤だろうが白だろうが、戦闘力に影響はないの! 見てみなさいよ、この完璧なまでの白銀の装甲の機能美を! 無駄な装飾を排した、これこそが技術者としてのあたしの答え! シンプル・イズ・ベストなのよ!」
「それは、技術者の独りよがりな傲慢というものですわ!」
ローズマリーは、嘲るようにフンと鼻を鳴らした。
「機体を真に輝かせるのは、パイロット自身の魂の燃焼! そのモチベーションを高める深紅のカラーリングこそが、機体の性能を理論値以上に引き出すのです! ユーザーの乙女心を無視するなんて、ナンセンス極まりないですわ!」
「ちゃんと、その無茶苦茶な要望には応えてるじゃない!」
ユウキは、髪を振り乱して悔しそうに叫んだ。
「クリムゾン・ローゼス改の方が、スターゲイザー改よりも、スピードは、理論上7倍。いえ、それ以上出るように、設計し直したわ!それなのに、なんでそんなに赤にこだわるの! その特殊な塗料と再塗装にかかるコストと時間! それがあれば、予備のパーツがいくらでも作れる無駄なんだから!」
「あら、塗料のことでしたらご心配なくってよ?」
ローズマリーは余裕綽々の笑みを浮かべ、パチン、と優雅に指を鳴らした。
すると、どこからともなく屈強な作業員たちが現れ、巨大な『深紅の特殊塗料』が入ったタンクをゴロゴロと複数運び込んできたのだ。
「わたくしの『コレクション』の中から、この子のために最高級の赤を既に取り寄せておきましたわ。さあ、遠慮なさらずにお使いになって?」
用意周到という言葉では生ぬるい。
完全に確信犯だ。
「な、な、なんですってー!? いつの間に、そんな勝手なことをーっ!」
ユウキが頭を抱えて絶叫する。
「さあ、職人の方々。わたくしのこの美しい翼を、情熱の赤に染め上げてくださいまし」
「嫌よ! 絶対に嫌! あたしの血と汗と涙の結晶であるこの最高傑作を、そんなケバケバしくて悪趣味な色に塗り替えるなんて! 断固として認めないんだから!」
ユウキはもはや半泣き状態で、巨大なクリムゾン・ローゼス改の前に両手を広げて立ちはだかった。
二人のそれぞれの譲れない美学と、乙女の意地が激しくぶつかり合う。
周囲の熟練の整備士たちも、「また始まったよ」とやれやれ肩をすくめ、すっかり呆れ顔で見守っていた。
「……ちょっと、一体、何の騒ぎなの?」
私は、ナビィの肩からそっと離れ、二人に声をかけた。
ドックの喧騒が、ピタリと止まる。
「「ミュー!?」」
ユウキとローズマリーは、同時にハッと我に返り、目を丸くして私へと振り返った。
「ミュー!? 大丈夫なの!? もう身体はいいの?」
ユウキが先ほどの怒りもどこへやら、油まみれの手のまま私へと駆け寄ってくる。
「ええ、もう大丈夫よ!」
私はまだ少し足元がふらついたけれど、ぐっと踏みとどまって力強く頷き、満面の笑顔で宣言した。
「それより、聞いて、二人とも! ベレットは、生きているわ! コンドルの監獄に囚われているけれど、まだ確かに生きているの!」
「……! やはり監獄に!? それは、確かですの!?」
ローズマリーが、ドレスの裾を揺らして足早に近づいてくる。
「ええ! 私のフォワードで……ベレットとの絆、このブレスレットを通して、居場所をはっきりと見つけたの!」
私は、左手首の『星屑のブレスレット』を高く掲げて見せた。
もう迷いはない。
「……! よ、良かった……!」
ユウキは、ポロポロと安堵の涙を零し、眼鏡の奥の瞳を潤ませた。
「やっぱり、あのしぶといモルモットは、そう簡単には死なないと思ってたのよ……!」
「ええ、本当に。急ピッチで準備をしておいて良かったですわ」
ローズマリーもまた、仮面の下で深く、心からの安堵のため息をついた。
「じゃあ、決まりね!」
私は、大切な仲間たちに向かって力強く呼びかけた。
「さっそく、この新しい翼で、ベレットを助けに行きましょう!」
「ええ!」
ユウキが、涙を拭って力強く頷く。
「でも、その前に!」
ローズマリーが、ビシッときっぱりと言い放った。
「このクリムゾン・ローゼス改を、わたくしの魂の色! 情熱の赤に塗り替えてからですわ!」
「まーーーーだ、言うかーーーっ!!」
ユウキの魂からの絶叫が、再び広大なドックに響き渡った。
「もういいでしょ! 色なんてどうだって! それよりもモルモットを助けに行くのが最優先でしょ!?」
「いいえ!」
ローズマリーは、一歩も引かない。
「最高の状態でベレット様をお迎えするのです! この深紅こそが、わたくしの覚悟と、あの方への愛の最高の証なのですから!」
……愛の、証。
その言葉に、私の胸の奥がチクリと痛んだ。
ローズマリーは、あんなに堂々と、自分の気持ちを『色』にして形にしようとしている。
大人の女性の、強くて美しい愛情表現。
それに比べて、私はまだ、彼に「好き」って言葉すらちゃんと伝えられていない。
……負けてられない。
私だって、ベレットを想う気持ちなら、絶対に誰にも負けないんだから!
結局、その後もローズマリーはありとあらゆる理屈と大人の語彙力を駆使して、散々ごね続けた。
徹夜明けのユウキはついに根負けし、「……好きにすれば」と白旗を揚げた。
整備士たちは半ば呆れながらも、どこか楽しそうに、クリムゾン・ローゼス改を彼女の望み通り、妖艶な深紅へと塗り替える作業に取り掛かることになったのだった。
白銀の流星を受け継ぐ翼『スターゲイザー改』。
紅蓮の薔薇の如き翼『クリムゾン・ローゼス改』。
そして、白銀と紅蓮の魂から生まれ、未来を切り開く翼『ヴァルキリー・ストライカー改』。
三つの新たな鋼鉄の翼は、覚醒した巫女の祈りと、天才技術者の情熱、そして、かけがえのない仲間たちの熱く切ない想いを乗せて。
今、囚われのキャプテンを救い出すために、ジャンクヤードという混沌の海から、希望の宇宙へと力強く飛び立とうとしていた。
目指すは、絶望の監獄コロニー。
待っててね、ベレット。
私たちの、愛と絆を懸けた本当の戦いが、今、始まろうとしていた。




