第94話 ユウキの常識が砕け散る!ジャンクヤードに浮かぶ淑女の嗜み
【視点:ユウキ・ニシボリ】
星屑の墓場、混沌の海『ジャンクヤード』。
廃棄された宇宙船の残骸や、どこの星のものとも知れない巨大な瓦礫がデブリとなって漂う、スクラップと欲望が渦巻く汚濁の宙域。
スターダスト・レクイエム号は、その危険な暗礁地帯を、まるで目に見えない運命の糸に導かれるかのように、静かに、そして確実に航行していた。
ナビィさんが、ローズマリーさんから受け取った暗号化座標データに基づき、無駄の一切ない正確な操舵で船を操っている。
ブリッジの空気は、あの男……ベレットを置いてきてしまったという重い喪失感で、依然として息が詰まるほど重苦しかった。でも、その奥底では、新型機開発という微かな、だけど絶対に消してはならない『希望の熱』が、あたしの胸の中でドクンドクンと力強く脈打ち始めていた。
……泣いてる暇なんて、一秒だってない。
あたしが立ち止まったら、あのバカを助けに行く手段が本当になくなっちゃうんだから。
やがて、あたしたちが辿り着いたのは、ジャンクヤードの吹き溜まりみたいなメインコロニー群から、さらに外縁へと僅かに離れた宙域だった。
デブリの濃度が異常に高く、通常のレーダーでは完全な死角になるような場所。
……え?
メインモニター越しに、そこに広がっていた光景を見た瞬間。
あたしの天才技術者としての常識という名の薄っぺらい硝子は、容赦ない超巨大なハンマーで木端微塵に打ち砕かれた。
「ねぇ……ねぇ、ちょっと、ローズマリーさん」
あたしは、ずり落ちそうになった眼鏡の位置を神経質そうに何度も直しながら、目の前の信じられない光景を震える指でビシッと指差した。
声が、自分でも情けないくらいに上ずって、裏返っている。
「あ、あれ……一体何かしら……? な、なんか、ものすごぉぉぉく、でっかいコスモコロニーが浮かんでるんですけど? それに、あの周りにいっぱい浮かんでる、キラキラした鏡みたいなの。あれは、一体何!?」
あたしの翠緑色の瞳が、限界まで見開かれて釘付けになっている先。
そこには、ジャンクヤードの寄せ集めで作られた継ぎ接ぎだらけのスクラップコロニー群とは、比較することすらおこがましい、圧倒的な光景が広がっていた。
最新鋭の設備を備え、無駄を一切削ぎ落とした完璧な機能美に満ちた巨大なコスモコロニーが、まるでこの暗黒の宇宙に君臨する鋼鉄の城のように、デデンと鎮座していたのだ。
その外壁は、宇宙空間のデブリ干渉すら計算し尽くされたような滑らかで強靭な曲線を描き、所々から、莫大なエネルギーの供給を示す青白い光が、まるで生き物の脈動のように漏れている。
さらに、その周囲には、鏡面のようにチリ一つなく磨き上げられた超巨大なソーラーパネル群が、幾何学的な美しさで整然と並び、近くの恒星からの光を貪欲に吸収して、コロニー本体へと天文学的なエネルギーを供給していた。
ちょっと待って……あのパネルの展開方式、惑星企業連合の汎用型より世代が二つは先じゃない!?
外壁のコーティングも、軍事用のステルスと耐熱を兼ねたレアメタル……っ!
どう計算したって、国家予算レベルの建造物なんですけど!?
それは、無法地帯ジャンクヤードの荒んだ景色にはあまりにも不釣り合いな、洗練された圧倒的な文明と狂気的な財力の結晶体だった。
「ああ、あれですわ」
ローズマリーさんは、その常軌を逸した光景を、まるで自宅の小さな箱庭でも眺めるかのように、こともなげに答えた。
「あれが、わたくしの秘密のドック、『バルバラ基地』ですわ」
「……はい?」
「スペースロボットの製造を、数ラインで同時並行生産可能なギガファクトリーの設備を完備しておりますのよ。……まあ、見ての通り、今は少しエネルギー不足気味でして。最新型のソーラーパネルシステムへの換装と増設工事を、急ピッチで行っている最中ですの。少々、見苦しいかもしれませんけれど」
「いやいやいやいや!!!」
思わず肺の中の空気を全部使い切る勢いで、大声で叫んでいた。
「『秘密』ってレベルじゃないでしょ、これ!? どう見ても、惑星企業連合が所有してるクラスの巨大工業コロニーじゃない! ジャンクヤードの景観、これ一つで丸ごと変わっちゃってるし! 一体全体、どこがどう『秘密』なのよ!?」
あたしの技術者としての真っ当な常識が、目の前の超絶リッチな現実によって音を立てて崩壊し、宇宙の彼方へチリとなって飛んでいくのが分かった。
「あら、そうかしら?」
ローズマリーさんは、肩をすくめ、顔の半分を覆う仮面の下で嫣然と微笑んだ。
「これでも、惑星企業連合の標準的な工業コロニーからすれば、比較的小さな規模のものですけれど?」
「だーかーらー!」
もはや呆れ果てて言葉を失いかけていた。
この人は、金銭感覚と規模の基準が根本的にバグっている。
巷を騒がせる宇宙海賊の賞金首だっていうのは知ってたけど、まさかここまで規格外だなんて。
「普通の人間はね! 個人でコスモコロニーなんて、所有したりしないの! 買い物のついでにコロニー建てちゃいました、みたいなノリで言わないでよ! あんたの『普通』は、普通じゃないのよ! 分かってる!?」
「ふふふっ」
ローズマリーさんは、あたしの全力のツッコミを心底楽しむように、仮面の下でくすくすと、絹を震わせるような蠱惑的な笑い声を立てた。
「これも、淑女としての、ほんのささやかな嗜みというものですわ」
「だから、どんな淑女よっ!! 怖いわ!!」
ああもう、この人と話してるとペース乱されっぱなし!
……でも。
張り詰めていた心が、少しだけ軽くなった気がした。
このとんでもないスケールの『秘密基地』を見たら、どんな不可能だって可能にできるような気がしてきたからだ。
頭を抱えてしゃがみ込んでいると、ローズマリーさんは優雅に腕を組んだ。
「では、ナビィさん。進路をバルバラ基地へ。第1ドックへと、入港許可を申請してくださいまし」
「了解いたしました、ローズマリーさん」
その時、スターダスト・レクイエム号のメインコンソールに、バルバラ基地の管制室から通信が入った。
『―――ボス!! こちら、バルバラ基地管制室! お待ちしておりました! 第1ドック、クリア! いつでもご入港いただけます!』
通信の主は、荒々しいけれど、軍隊以上に統制の取れた男の声だった。
きっと、ブラッディ・ローズに絶対的な忠誠を誓った、歴戦の猛者たちなんだろう。
その声には、女帝の無事の帰還を心から祝う、熱い喜びと敬意が満ちていた。
「ええ、ただいま戻りましたわ」
ローズマリーさんは、その声に応え、いつもの上品で少しからかうようなお姉さんから一転、威厳に満ちた『女帝』としての、冷徹で力強い声で応答した。
「それで? 新型機の準備状況は、どうなっているかしら?」
『はっ! 万事、抜かりなく! ユウキ・ニシボリ殿より事前に共有していただいた設計データに基づき、基地内の全製造ラインをフル稼働! 各セクションにて並行して、主要コンポーネントのプロトタイプ製造に着手しております! いつでも、最終組み立て及び調整フェーズへと移行可能です!』
「……えっ?」
自分の耳を疑った。
航行中に、死に物狂いで徹夜して送ったあの複雑怪奇な設計データ。
それを、この短時間で解析して、もう製造ラインに乗せてるっていうの!?
どんだけ優秀なスタッフと、どんだけチート級の設備が揃ってるのよ……!
すごい……!
ここなら、あたしの頭の中にある『最強の設計図』を、一切の妥協なしで100%現実の形にできる……!
技術者としての血が、ブワッと沸騰するのを感じた。
あたしのラボじゃ絶対に不可能だったことが、この巨大な鋼鉄の城ならできる。
父さんの遺したあの革命的な理論を、完璧に組み上げることができるんだ!
「よろしい。わたくしたちが到着次第、直ちに最終組み立てを開始なさい。時間は、ありませんわよ」
『了解いたしました! バルバラ基地全クルー、総力を挙げてお待ちしております! ボス!!』
力強い返答と共に、通信がプツリと途切れた。
あたしは、そのあまりにもスムーズで、完璧なまでの手際の良さと圧倒的な工業力に呆気に取られ、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
悲しみに暮れている暇なんて、本当に与えてくれない。
「さあさあ、感心している暇はありませんわよ、ユウキさん」
ローズマリーさんは、そんなあたしの様子を満足げに見つめながら、力強く呼びかけた。
「ドックに乗り込む準備を。ここからが、わたくしたちの本当の戦いの始まりなのですから。あなたの天才的な頭脳と、わたくしのこの『ささやかな』設備。これで、必ず彼を迎えに行きますわよ」
その声には、絶対的な自信と、あの男への隠しきれない強い想いが込められていた。
……なんだ。
ローズマリーさんだって、あいつがいなくなって、本当はあたしと同じくらい焦ってて、必死なんじゃない。
「……ええ! もちろんよ!」
あたしは、目元に浮かびそうになった涙をグッと堪え、眼鏡をクイッと押し上げて、不敵にニヤリと笑い返した。
「このとんでもないオモチャ箱が全部使えるなら、なんだって作ってやれるわ! 見てなさい、あの狂った王子も、黄金の機体なんとかも、まとめてスクラップにしてやるくらいのとびっきりの機体を組み上げてみせるんだから!」
スターダスト・レクイエム号は、ゆっくりと、確かな希望と反撃の狼煙を乗せて、巨大な鋼鉄の城「バルバラ基地」の開かれたドックへと滑り込んでいった。
待ってなさいよ、お兄ちゃん。
あんたの乱暴な操縦でも絶対に壊れない、この宇宙で一番カッコいい『最高で最強の翼』を作ってあげるから。
だから……絶対に生きてて!
あたしの胸の奥で、もう喪失感は消えていた。
あるのは、燃え盛るような技術者の意地と、大好きな人を取り戻すための、鋼鉄のような覚悟だけだった。




