第92話 太陽を失った星屑の船。徹夜のラボで産声を上げる「最強の翼」の設計図
【視点:ユウキ・ニシボリ】
スターダスト・レクイエム号は、星々の墓標が散らばる暗黒の航路を、無法者の吹き溜まり『ジャンクヤード』へと向けて静かに進んでいた。
船内の空気は、ひどく静かだ。
でも、絶望に沈み込んでいるわけじゃない。
張り詰めた緊張感と、微かに、でも確実に燃え上がり始めた『希望の熱』を帯びている。
あたしに割り当てられた、ブリッジに隣接する私室兼ラボ。
今のあたしは、自分でも引くくらいの鬼気迫る集中力で、新型スペースロボットの設計に没頭していた。
ベレットの反射速度に合わせるなら、このフレーム剛性じゃ一回の戦闘で金属疲労を起こすわ。
回避の時にスラスターを限界まで吹かすから……もっと、関節部のクリアランスに遊びを持たせて、ショックアブソーバーの容量を倍に……!
空になったハイパーエネルギードリンクの缶を端に押しやり、ホログラムディスプレイを睨みつける。
そこには、複雑怪奇で、でもあたしに言わせれば『完璧な機能美』に満ちた設計図と無数の数式が、青白い光を放ちながら目まぐるしく表示されていた。
鏡を見なくてもわかる。
今のあたしの目の下には、ひどいクマが刻まれているはずだ。
シャワーも浴びてないから、いつもはレモネードみたいに爽やかって言われるあたしの匂いも、今は徹夜明け特有の、少し甘くて危険な熱気が混じっている気がする。
でも、眠気なんて微塵もない。
瞳の奥で、技術者としての狂おしいまでの情熱と、絶対にあの男を連れ戻すという執念が、爛々と燃え盛っていたからだ。
「……すごい。本当にすごいよ、父さん」
指先が、コンソールの上を正確無比に舞う。
ローズマリーさんから託された、死んだ父さん――リック・ニシボリの研究データ。
それは、あたしの想像なんか遥かに超えた、革新的で、独創的で、そして、どこまでも人間的な『技術の宝庫』だった。
ただの冷たい数式の羅列じゃない。
読み解いていくうちに、まるでコンソール越しに父さんと会話しているような錯覚に陥るのだ。
ああ、ここのバイパス回路の組み方、いかにも父さんらしい強引さ。
きっとコーヒー片手に、徹夜で頭をかきむしりながらこの式を弾き出したんだわ。
……なんだ、あたしとそっくりじゃない。
ずっと、置いていかれたって恨んでた。
でも、このデータを見れば痛いほどわかる。
父さんは、未来を……残されるあたしを護るために、命を削ってこの理論を完成させていたんだって。
父さんの見果てぬ夢が、娘のあたしへ向けた不器用な愛の魂が、熱く、切なく流れ込んでくる。
「こんなとんでもないものを、一人で遺してくれていたなんて……!」
キーボードを叩く視界が、一瞬だけ滲んだ。
でも、すぐに白衣の袖で乱暴に拭い去る。
泣いている暇なんて、一秒もない。
「この理論なら……! あたしの設計したヴァルキリーは、もっと……もっと速く、もっと強く飛べる! あの馬鹿みたいな黄金の悪魔だって、絶対にぶっ飛ばせるんだから!」
決意を乗せ、あたしはさらにコンソールの奥深くへとダイブしていく。
「ユウキさん。第3ジェネレーターのバイパス回路、シミュレーション結果が出ました。理論値の120%の出力をクリアしています」
真横から、平坦だけどどこか誇らしげな声が聞こえた。
ナビィの子機であるサブボディのアンドロイド、ナビィ5だ。
彼女の眼には、あたしの設計図のホログラムが静かに映り込んでいる。
「さすがナビィさん! そのデータ、すぐにメインフレームの設計に反映させて! あと、ミューのフォワード波長とシンクロさせるための、疑似伝達神経の配線ルートも再計算お願い!」
「了解しました。直ちに統合し、再計算を実行します」
ナビィのメインボディは今、ブリッジで船の運行管理をしているはずだ。
それなのに、並列してサブボディや艦内ロボットを遠隔で操り、新型機開発とベレット救出のためにフル稼働で奔走してくれている。
ブリッジの静寂な中、ナビィの完璧なアンドロイドの肢体を通じて、膨大なデータ処理の熱が、非常に微かな振動として周囲の隔壁に伝わってくるのを感じる。
それはまるで、この船の知性の熱を帯びた、力強い心臓の鼓動みたいだった。
ナビィさんだって、きっとあたしと同じくらい……いや、あたし以上に、彼がいなくなって悲しくて、焦ってるんだ。
スターゲイザーの古代のOSの残滓。
エネルギーコアを極限まで圧縮するフォワード・ドライブの技術。
あの死闘の最中、ベレットとミューが限界を超えてフォワードを共鳴させた際に記録された、膨大な生体エネルギーデータ。
あたしが持ち込んだ、ヴァルキリー・ストライカーの設計データ。
そして、父リック・ニシボリの革命的な理論。
それら全てを、ナビィはどこか創造的な喜びをもって融合させ、解析してくれている。
全く新しい、未知なる可能性を秘めた新型機の魂――制御システムを、今まさにゼロから構築しようとしているのだ。
一方で、キャプテン代行として艦の指揮を執るローズマリーさんは、自室でとんでもないことをやらかしていた。
彼女が持つ裏社会のネットワークと圧倒的な影響力を駆使し、これから向かうジャンクヤードの『秘密ドック』へ、必要な特殊資材や最新鋭の製造設備の搬入を、水面下で迅速に手配している。
少し前に覗き見した彼女の視線の先には、無数の匿名取引と機密保持契約を示すホログラムウィンドウが音もなく展開し、瞬時に内容が精査され、ハンコが押されて閉じていくという、完全にブラックな光景が広がっていた。
ベレット救出。
それは、あたしたちにとって今、最も重要で、絶対に揺るぎない共通の目標だ。
誰もがその一点に向かって自分の役割を完璧に果たし、互いを支え合い、あり得ないスピードで計画を進めている。
……不思議だな。
あの乱暴で口の悪いお兄ちゃんがいなくなっただけで、みんながこんなに一つになってる。
それは、キャプテンというお節介で乱暴な太陽を失った惑星たちが、互いの引力で強く結びつき、自らの意志で新たな軌道を描き始めたかのような、強靭な絆の形だった。
「ユウキさん。少しは休憩なさいませんこと?」
ふいに、ドアが開く音もさせず、ローズマリーさんがラボに現れた。
手には、湯気の立つ温かいコンソメスープの入ったカップ。
彼女から漂う優雅な薔薇の香りが、あたしの極限まで張り詰めた神経を、優しく解きほぐしてくれる。
ローズマリーさんのこの匂い、落ち着くんだよね……って、あたし今絶対すっごい汗臭い! 乙女として終わってる!
「あ、ローズマリーさん。ありがとう」
内心の焦りを隠しつつ、あたしは設計図から目を離さずにカップを受け取った。
スープの温かさが、冷え切った胃の腑にじわっと染み渡る。
「でも、大丈夫よ。もう少しで基本設計が完了するわ。アドレナリンが出ちゃって全然眠くないし! ジャンクヤードのドックに着き次第、すぐにでも製造に取り掛かれるようにしておかないと!」
徹夜続きのせいか、あたしの声は自分でも驚くくらいハイテンションに弾んでいた。
「まあ。それはとても頼もしいですわね」
ローズマリーさんは、仮面の下で優しく、そして底知れない自信に満ちた笑みを浮かべた。
「こちらも、ドックの受け入れ準備は万全ですわ。最新鋭の工作機械に、特注のレアメタル装甲材。最高の環境で、あなたの天才的な才能を存分に発揮していただけるように、全て手配してありますから」
「ふふん、期待していなさい!」
あたしは自慢の薄い胸を張り、少し得意げに言い放った。
「早く父さんとあたしの最高傑作を完成させて、おにぃ……じゃなくて、あの憎たらしいモルモットを、絶対にお迎えに行かないとね! あいつ、今頃一人で泣いてるかもしれないし!」
強がってみせたけど、声の端が少しだけ震えてしまったかもしれない。
「あらあら、頼もしいことですこと」
ローズマリーさんはそれに気づかないフリをして、肩を揺らしてくすくすと笑ってくれた。
「わたくしも、のんびりしてはいられませんわ。彼を迎えに行くためのレッドカーペットは、このわたくしが完璧に敷いておかなければ」
彼女はそう言うと、静かにあたしの部屋を後にした。
その背中には、キャプテン代行としての重責と、一人の大切な人を想う熱い情熱が、重厚なマントのように滲んで見えた。
……大人は、すごいな。
でも、あたしだって負けない。
再生への希望の光。
新たな翼への期待。
そして、絶対に諦めないという泥臭い執念。
それら全てを古びた船体に満載して、スターダスト・レクイエム号は無法と混沌が渦巻く宇宙の坩堝へと、その舵を切った。
ジャンクヤードへの到着は、もう間もなくだ。
待ってなさいよ、ベレット。
あんたの乱暴な操縦でも絶対に壊れない、宇宙で一番カッコいい『最高で最強の翼』を作ってあげる。だから……。
再びコンソールに向かい合い、祈るようにキーを叩いた。
だから……絶対に、生きてて!




