2章:24-1話「拠点防衛戦Ⅴ【レオンのいない戦場】」
――事態は、混迷を極めていた。
突如訪れた“オーク“の襲撃、それに巻き込まれ、大穴へと落ちていったレオン。
残された少女たちに襲い来るのは、手足を捥がれ、致命傷を負ってもなお動き続ける大量の“死霊兵“。
レオンを失った十人の戦士たちは懸命に戦い続けていたが――
――襲い来る死霊兵の軍団に、徐々に包囲されつつあった。
「――おりゃあぁああ!!」
カルは、自慢の大剣を地面に叩きつけ、大地を崩していく。
その度に死霊兵の軍勢たちは崩された地面に足を取られ、その隙にリリィとライサが上空から殲滅していた。
「――秘剣『花摘』!!」
「――『魔法剣・二重奏』!!」
ルナが大太刀を振るえば、その長大な刀身以上の広い範囲が両断されていく。
ノエルはといえば、その両手に二本の光剣を顕現させ、踊るように死霊兵を切り刻んでいった。
まさに一騎当千というべき二人の鬼神であるが、彼女たちに両断され切り刻まれた死霊兵たちはたとえ腕だけになっても、少女たちの元へと進むのを止めない。
「〜〜もう! 気持ち悪い!!」
「不快です!」
ノエルとルナはそれぞれ不快感を声に出し、またはその美しい貌を歪めながらも戦い続ける。
そんな二人の少女たちに、エリザは斧槍を振るいながらよく通る声を放った。
「――気を抜くな! 二人とも!! ここを押し切られたら終わりだぞ!!」
「わかって、います!!」
「もう! さっさと動かなくなってよ!!」
エリザが斧槍を振るう度に、多くの死霊兵たちが吹き飛ばされ、あるいは切断されていく。
彼女の長く伸びた足は、その印象からは想像もつかないほど大地に根ざすように揺るがず、死霊兵たちの斧や剣での攻撃を受けても微動だにしなかった。
熱の込もった声とは反対に、エリザの瞳は暗く冷たい。その無機質な貌から繰り出される一撃一撃に敵に対する容赦は無く、彼女に触れようとする者たち全てが斧槍の餌食となり、肉塊となっていく。
「――男も、賊も⋯⋯! 全て死ね!!」
斧槍を振るい続けるエリザは、その奥底に眠る男性への強烈な嫌悪と憎悪が溢れ、感情を凍りつかせたように見えた。
近付く男たちの僅かな返り血を浴びても、彼女の表情が動くことはなかった。
――そして、レオンが恐れていた混沌となってしまった戦場に、何本もの“紅い糸“が走る。
それらは死霊兵たちに巻き付き、切り刻む――と思いきや、彼らをその場所に縛り付ける程度の力しかなかった。
「――くっ!!」
「ヒルダさん! 無理しないでください!!」
顔を歪めるヒルダに、隣にいたシルフが声をかける。彼女の周りには十人ほどの精霊が顕現しており、彼らはその手に持った弓で矢を放ち続けていた。
「“射手の精霊“さんたち! 構え! 放てぇっ!!」
シルフの号令に従い、空に向けて矢を放ち続ける精霊たち。天翔けるその矢は上空で炸裂し、何十本の光の矢となって地上に降り注いだ。
その一筋一筋が全て必殺の威力の込められた強力なものであったが、それを受けて八つ裂きにされても、死霊兵はなおも止まることはない。
「――『暴風の矢』!!」
クロラが詠唱をしながら弓から放たれた、魔法を帯びた矢。それは矢を中心に巨大な暴風――竜巻を起こしながら直進し、敵の元へと襲いかかる。
その暴風は大地ごと死霊兵を抉り取り、直撃した男たちの姿は見るに耐えないほどにバラバラにされていく。
地面に落ちていく男たちの破片。その一つ――目玉が地面に転がる。それでさえ少女たちのいる方向へと瞳孔を向けた。
――その視線の先。遠く離れた場所にあったその瞳と目が合ってしまったミーナは、祈る為に結ばれたその両手を大きく震わせてしまう。
「――ひっ!!」
「――ミーナちゃん! あとどれくらいで“使える“!?」
「あっ、ああっ! ご、ごめ⋯⋯、ごめんなさい!!」
クロラはミーナに向けて声を荒げた。クロラは、この“聖女“に賭けていたのだ。
先ほど、死霊兵たちを“浄化“したその魔法。エレオスの力が込められた、神聖な光。
だが、ミーナは何度も試していた。単純な魔力だけでは使うことが出来ない、神聖なる力の行使を。
そして、何度やっても上手くいかない。先ほど自らの口から出てきた“詩“は、ミーナが考えることなく自然と口に出てしまったものであったのだ。
心からの祈り。心からの慈悲。心をそれで満たさなければ、行使する権利すら持たない。とでもいうように、聖女の祈りは虚無へと消えていく。
――無理もない。目の前で繰り広げられる凄惨な惨状。ミーナが失敗すれば、ここにいる全員が死んでしまう重圧。彼女の精神的な支柱――団長レオンの安否がわからない事も、彼女の精神に追い打ちをかけていた。
「――いや! 離して!!」
戦場に、ノエルの叫びが響き渡る。
――ノエルの健康的な足が、何本もの“腕“だけとなった死霊兵に掴まれたのだ。
「――!! ノエル!!」
体勢を崩し、動けなくなるノエル。
そんな彼女を助けようと、ルナが駆けつけようと地を蹴る――
「――!! 汚い手で、触るな!!」
――が、そんなルナの足も、何本も蠢く腕だけとなった男たちに掴まれていたのだ。
そして、エリザも――
「――やめろ! 離せ! 離して!!」
エリザはすでに地面に倒れていた。それに群がる、死霊兵の破片――“腕“。
積み上がる“腕“に捕らわれたエリザは気丈にも抵抗していたが、それは易々と打ち砕かれた。
――“記憶“を思い出させるように、一本の腕が彼女の鎧の隙間から服を掴み、乱暴に引き裂く。
びり、と。服の破ける音が響いた。たったそれだけ。だが、それはエリザの記憶を呼び覚ますには十分であった。凍てついた彼女の瞳に“恐怖“と“熱“が戻る。
瞬間、彼女の脳裏に流れた記憶――賊に捕らわれ、服を破られ、貞操の危機にあったあの日。覆い被られ、自身の鼻先にまで迫る汚い男の顔を。
「――いやあぁああああ!! 離してえぇええええ!!!!」
パニックに陥ったエリザの叫びが、戦場に木霊する。
――その声は、ミーナの元にまで届いてしまった。
「エリザ先輩っ!!」
ミーナは、その震えた両手を固く結ぶ。そして、心の中で懇願するように何度も祈った。
(エレオス様! エレオス様!! お願いです! もう一度、力を! 力をお貸しください!!)
(じゃないと、みんなが! みんなが、死んじゃう! 死んでしまう!!)
(お願いお願いお願い!! お願いします! エレオス様! エレオスさま!!)
「エレオスさま!! おたすけください!! エレオスさまあぁああ!!」
――ミーナも、パニックに陥っていた。
彼女の想いは、祈りとは到底かけ離れた懇願であった。
身の丈に合わない願いをするなと。そう言葉を返されたかのように。
――その祈りは、虚空へと消えて行くのであった。




