2章:22話「拠点防衛戦Ⅳ【少女たちの決断】」
「「「――レオン!!」」」
少女たちが一様に叫ぶ。
愛する少年が、神話の中でしか存在し得ない“化け物“と共に、大穴に落ちてしまったからだ。
「レオン様!! 聞こえますか!? 返事をしてください! レオン様!!」
シルフは桃色の髪の中に隠していた――雪の様に白く小さい精霊へと必死に話しかけている。
――ある程度遠くにいても、精霊を通じて会話が出来るシルフの精霊。先の戦いで顕現させていた精霊を、シルフはレオンを含む団員全員に潜ませていたのだ。
だが、彼からの返答は無い。精霊の声が届いていない筈はない。それでも声が帰って来ないという事は、気絶をしてしまったのか、あるいは――
「――!!」
シルフは、自らの唇を噛み締める。血が滲むほどに真一文字に結ばれた口元であったが、その嫌な“予感“を振り払うように首を振ると、彼女は再度愛する者の名を叫び続けた。
「――くそっ!! 風が強くて、下に降りれないじゃん!!」
そして、リリィもまたシルフと同様に、苛立ちを吐き出すように叫び続けていた。
彼女は跨る天馬と共に大穴へと飛び込もうとしていたが、穴から吹き上げる風に阻まれて降りる事が出来ない。
崩落した大穴は“ねずみ返し洞窟“へと繋がっているのか、強力な風を舞い上がらせ続けている。
「――っ!!」
「レオン!!」
「待って! 二人とも!!」
大穴に飛び込もうとするルナとノエルを、クロラが引き止めた。
「止めないでください! クロラ!!」
「ダメだ、ルナちゃん! 敵が来てる!!」
「!!」
引き止めたクロラに向けて、ルナは眉を吊り上げてクロラに叫ぶ。だが、クロラはその瞳に殺意を漲らせながら砦の方角――先ほど敵を殲滅した“断頭台“のさらに奥を見ていたのだ。
そこから風に乗って届く激しい足音と怒声。土煙を伴って近付いてくるそれは、明らかな“敵意“の塊であった。
歯車と滑車が組み込まれた異様な弓を引き絞りながら、クロラは残された少女たちに叫び続ける。
「みんな! 落ち着いて! 一旦、あいつらをやるよ!!」
「でも! レオンが!!」と、ノエル。
「ノエルちゃん! 奴らに囲まれたら、レオンさまを助けるどころじゃ無くなる!」
「構いません! 穴に降りて、そこで迎え撃ちましょう!」と、ルナ。
「ルナちゃんも! 穴に降りて、私たちが無事でいる保証が無い! だけど見たでしょう!? あいつら、首が落ちても動いてたんだよ!?」
必死に叫びながら、矢を放ち続けるクロラ。彼女の言葉にノエルとルナは押し黙り、未だ弓を引き続ける少女の言葉を反芻していた。
――首を切られようが、胴を離されようが。手足だけとなっても、蠢き続けたあの悍ましい彼らの姿を。
「私たちが穴に入って、怪我して動けなくなっても。あいつらはお構い無しに向かってくる! それにあんな人数が落ちてきたら、それこそ生き埋めになっちゃうよ!!」
クロラは言葉を選んで叫んでいた。実際に少女たちが穴に降りて、それを追って彼らも落ちてきたら。
――普段から立ち、座り、歩き、走る。自由に動く体があれば忘れがちだが、人の体は基本的に重く、そして骨は硬い。
恐らくは同じ重さの“岩“を投げ込まれているのとそれほど変わりないであろう。生き埋めなど生ぬるい。落下する一人に当たるだけでも頭蓋は砕け、肉は飛び散る。
その数が数百を超える。しかも、相手は致命傷を受けても動き続ける可能性が高い。そもそも降りた少女たちが無事であったとしても、下にいる“レオン“がそれに巻き込まれない保証がない。
その事を鮮明に想像できたクロラは、他の少女たちにも伝わりやすいように叫び続けた。
「大体! あんな汚らしい奴らに覆われて死ぬなんて、私は嫌だよ!! 私はレオンさまの匂いは大好きだけど、あいつらの臭いは死んでも嗅ぎたくない!!」
「――同感だ。あんな野蛮な奴らに被さられて死ぬなんて、死んでも死に切れないな」
クロラの叫びに、斧槍を構えたエリザが返す。彼女の翡翠色の瞳は怯えと怒り。――そして、少年の心配を含めた、複雑な色をしていた。
「ルナ! ノエル! 私たちが前にでる! 奴らをさっさと片付けて、すぐにレオンの元へと向かおう!」
「⋯⋯承知!」
「〜〜もう!! さっさと片付けるよ!!」
「――お、俺も前に出るぞ!!」
エリザの言葉を受けて、その瞳に尋常では無い怒りを込めたルナとノエルが敵の集団へと飛んでいく。
それに続こうとしていたエリザの横に、カルが立ったのだ。横に立つ彼に向けて、エリザは口を開いた。
「戦えるのか?」
「ばっ、馬鹿にするなよ! 俺だって戦える!!」
静かに告げるエリザに揶揄われていると感じたのか、カルは叫ぶように言葉を返す。
だが――
「――人を、斬れるのかと聞いた」
エリザのその言葉に、カルは目を見開いて驚愕した。
少年が握る“大剣“。その切っ先が微かに震えているのを、エリザは見逃さなかったのだ。
――カルは、今回の賊討伐で、一度も戦っていない。
彼は、並の魔獣であれば一人で切り抜けられる程には腕が立つ。
剣の鍛錬を欠かすことはなかった上、カニスやシンに対しても何度も手合わせを挑み、時に教えを乞うていた。
いずれはフィデリアを出て、冒険者として世界を旅し、見て回る。世界中で使われる剣を調べ上げ、自らが選び抜いた鉱石を用いて、世界最高の一振りを打つ。それがドワーフの少年――カルッパの夢であった。
その為に努力を続け、自己研鑽を怠らなかった少年に無かったのは――覚悟であった。
見た目で言えばレオンとそれほど変わりない姿だが、人間として換算してみればカルッパの年齢は十八才程度。旅をするには早いかもしれないが、遅い年齢でも無い。
彼には、未知へと飛び出し、全てを自らの責任とする覚悟――有り体にいえば、“勇気“が無かったのだ。
自由には責任が伴う。その身一つで、自らを守り抜く。それがたとえ“魔獣“によるものであろうと、“人“によるものであろうと。
――彼には、あらゆるものと戦う“覚悟“が、まだ出来ていなかったのだ。
エリザの質問に言葉を失うカル。未だ表情を強張らせる彼に対して、エリザは少し微笑みながら続ける。
「――無理するな。それが普通だ。人を斬らずに無力化する術なんていくらでもある。カルは、そういったものを学んできたんだろう?」
「⋯⋯⋯⋯」
「今回の事は、カルの進みたい道からは大きく逸れている筈だ。だから、下がっていろ」
「⋯⋯あっ、あんたは、大丈夫なのかよ⋯⋯!?」
「大丈夫、私は“騎士“だ。私自身が選び、進むと決めた道だ。民を守り、国を守る。⋯⋯そう、自分で決めた道」
エリザは力強くカルに告げた。続けて、彼女の口元が微かに動く。
「⋯⋯『エレオス様の御名において、来たる“仇“を討ち払わん』⋯⋯」
吐息のように小さな言葉はカルに届く事はなかったが、彼はエリザの真っ直ぐな翡翠色の瞳だけは見ていた。
――彼女がそう零した瞬間。眩いほどに輝くその瞳が、何かに切り替えられたかのように虚無に染まっていくのも。
「――だから、大丈夫。⋯⋯“敵は、必ず殺す“」
感情の込もらない平坦な声で。常に勝気な表情を浮かべる少女は、その貌を人形のような無表情に変えながら、そう溢した。
「⋯⋯? おい⋯⋯」
そんなエリザの姿に違和感を覚え、声をかけるカルであったが、
――彼の言葉が届く前に、彼女は走り出していた。




