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【第1章完結】落ちこぼれ騎士の「花嫁騎士団《ブライド・ナイツ》」  作者: 茶毛
2章

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2章:20-2話「ねずみ返し洞窟の戦いⅢ【天才の脆さ】」


「――シャルさん!! シャルさん!!」



 凶悪な熱気が立ち上る大穴に向かって、アランは叫び続けていた。

 ――洞窟の中に現れた、かつての広場。アランの魔剣によって美しい氷に彩られていたその場所は、今は地獄の蓋が開いたかのように禍々しく空気を歪めている。



「――おい! それ以上行くな! この熱気だぞ!? 火傷しちまう!!」

「うるさい! 離せえっ!! ボクに触るな!!」

「そんな訳にはいくか! 目の前で死なれるこっちの身にもなってみろ!!」

「黙れ! シャルさんは死んでない!! そんな筈、あるもんか!!」

「誰もあの嬢ちゃんたちが死ぬなんて言ってねえよ! 大体、あれだけの“重装“であれば、なんか魔法とかの仕掛けぐらいあんだろ!?」

「――っ! それは⋯⋯!!」



 アランの腰に手を回し、進もうとしていた彼をシンは取り押さえていた。

 最初は言い合っていたアランであったが、シンの言葉に徐々に冷静になってきたのか、落ち着きを取り戻していく。


 ――同時に、アランの両手が震え始める。

 そんな少年の様子をよそに、苛立ちを込めたように頭をガリガリと掻きながら、シンは声を荒げた。



「⋯⋯しくじっちまった。油断したな、ちくしょうめ」


「気付くべきだった。こんな古典的で、しかし鉱山に精通したやり方。言っちゃ悪いが、あいつらにこんな“学“があるとは思わなかったぜ」

「⋯⋯一体、どんな罠、だったんだ⋯⋯?」



 苛立ちを言葉にして吐き続けるシンに向けて、アランは両手を震わせたまま彼に聞く。



「⋯⋯鉱山を切り開くやり方さ。岩ってのは、熱を与えると脆くなる。そんな状態で水をかけりゃ、簡単に割れるんだ」

「水⋯⋯?」

「厳密に言やぁ、熱した後、すぐに冷やすって事だ。炭鉱夫なんて、貴族からは最も遠い職業の一つだもんな。知らないのも無理はねえよ」

「⋯⋯じゃあ、やっぱり、ボクの、せい、なのか⋯⋯?」

「⋯⋯責めるつもりはねえが、冷やしたって一点で言えばその通りだ。⋯⋯そもそも、相手も水をぶちまけた。坊やのせいじゃねえ」



 ――俺も気が付かなかったしな、と、シンは吐き捨てるように続ける。

 そんな彼の不器用な慰めは、アランには届かなかった。

 


 (⋯⋯ボクの、せいで⋯⋯? シャルさんが、落ちた⋯⋯?)


 

 ――アキュラン・“グラシアリス“・ド・エールラー=フォンクは、エリートである。

 “エールラー=フォンク家“という由緒正しい家系に生まれ、剣と学問を正しく納めて来た。

 才能にも恵まれ、騎士学校でも成績は常に上位。

 “天才“と称される彼は、自身の才能に溺れること無く、常に弛まぬ努力をし続けてきた。

 自他ともに厳しく、常に高みを目指し続けるアランは“落ちこぼれ“とは最も遠い存在であり、


 ――そして、大きな“失敗“を経ることなく、今日という日まで突き進んできたのだ。


 そんな少年に訪れた、自身が最も憧れていたの人の喪失。


 そして、その原因が、“自分自身“であるという事。



「――そだ⋯⋯」

「あん? どうした、坊や?」



 アランは、両手で頭を抱えた。

 ――人はどうしようも無く追い詰められた時、自然と頭を抱えてしまうという。



「⋯⋯うそだ。うそだ。うそだ! うそだうそだ嘘だ!!」

「お、おい! 坊や! 落ち着け!!」

「嘘だ! そんなはずが無い! ボクが! ボクのせいで、シャルさんが!!」



 アランは、狂ったようにその額を岩へと打ち付ける。

 ガンガン、と。何度も、何度も。



「おい! やめろ! いてえだろ!? やめろって!!」

「シン! おい、シン!!」

「何だ、フォルク! 次から次へと!」

「――敵さんの、お出ましだ」



 明らかに苛立っているシンへ、フォルクは視線を向けずに声をかけていた。

 ――フォルクは、目が離せなかったのだ。あるいは、目の前にある暗闇。その向こうにある現実が受け入れられなかったのか。


 通路の奥、暗闇の向こう側。そこから響き渡る、夥しい数の足音。



「⋯⋯なんだ、この臭いは⋯⋯?」と、フォルクが零す。


「人、じゃあねえな。なんだ? あいつら」

「かず、おおい。ニゲバ、ない」



 フォルクの呟きに、ベケットとトールが続く。

 フォルクは両手に短剣を構え、ベケットは両手に斧を構える。トールは、その巨躯に合わせた巨大な斧を、両手でがっしりと握っていた。



「ったく、割りに合わねえ仕事だな。次から次へと、今度は何なんだ」



 シンはそう溢しながら、状況を確認していた。


 ――目前には、夥しい数の“何か“。通路は両側に壁があり、彼らの背後には未だ熱気を振り撒く“大穴“。

 退路はなく、前方には敵。どう考えても、絶望的な状況に変わりはない。

 彼は思い返していた。広場から見た風景を。思わず飛び込んだ通路は、一番入りやすそうであった場所と広さ。その左右に、“別の通路“があったかどうかを。


 (⋯⋯あったような、気がするな。右か、左か。はたして、どっちだったか⋯⋯。)


 シンは、ため息を一つ落とすと、ベケットに向けて声を上げた。



「――おい、ベケット!! 右か左、どっちを選ぶ!?」

「あん!? 右か左かだって? どっちがどっちかわからねえよ!!」

「ああもう!! お茶碗を持つ方か、お箸を持つ方かだ!!」

「オチャワ? ハシヲ? シンは時々、わからねえ言葉を使うよな!!」

「このバカチンが!! だったら、フォルクがいる方か、トールがいる方を選べ!!」

「んなもん! 筋肉(マッソォ)がある方に決まってんだろ!!」


「よっしゃ!! おいトール!! 右の壁をぶっ壊せ!!」


「――あい」



 シンの叫びに、トールが短く答える。

 ――そして、その巨大な斧を振りかざすと、右の壁に向かって叩きつけた。


 瞬間、けたたましい音を立てて崩れていく岩壁。――その先には、まだ岩がある。



「よし、トール! そのまま続けろ! 俺たちの命、お前に預けるぜ!!」


「あい」



 トールは、シンの言葉に再度短く答えると、その巨大な斧を何度も何度も打ち付けていく。

 ――一振りする度に、確実に大きく削れていく岩壁。トールは顔色一つ変えずに、瞳孔の見えない瞳を岩壁に見据えたまま、圧倒的な膂力で突き進んでいく。



「――さて、シン。これから、どうするつもりだ?」

「決まってんだろ。向かってくる敵がどんな奴か知らねえが、俺たちが捌き切るのが先か、トールが道を切り開くのが先か。どっちになるか、賭けるとしようじゃねえか」

「お! いいねえ! 賭け!! 今度は何を賭けるんだ!?」

「んなもん、いつも賭けてるもんに決まってんだろ」



 フォルク、ベケット、そしてシン。三人は、相変わらず軽口を叩き合いながら、時折笑顔を見せながら会話を弾ませていた。

 ――この場所にレオンがいれば、さぞ瞳を輝かせて聞いていたに違いない。

 そんな中、シンは今だに頭を打ち付けていたアランの首元に、手刀を一撃加えた。



「――っ!」



 その一撃で気絶し、力なくうなだれるアラン。シンはそのままアランの細い首根っこを掴み、岩削作業に没頭するトールの元へと投げ込んだ。


 同時に、通路の影から現れた、夥しい数の緑色の影。

 それはまるで、“緑色の土石流“のように、彼らの元へと襲いかかる。



「――俺は“命“を賭けて、負けた事はないんだよ!!」



 シンの叫びと同時に、三人はゴブリンの群れへと、突撃して行った。



 +



「――っく、うう⋯⋯!!」

「⋯⋯ぐっ、い、イレーネ⋯⋯! 気を、しっかり持って⋯⋯!」



 シャルたち蒼穹の盾(アズール・シルト)の五人は、突如崩落した洞窟から下層へと落ちてしまっていた。

 少女のうめき声が二つ。シャルと、イレーネの二人は、辛うじて意識を保っている。

 他の三人の影は微動だにしない。恐らく、落下の衝撃で気絶しているだけだ。


 (⋯⋯大、丈夫。きっと、みんな、気絶している、だけ⋯⋯。)


 少なくとも、シャルはそう信じていた。自分の可愛い団員が、こんな事で死ぬはずが無いと。そう信じたかったのだ。


 (⋯⋯凄い、熱気⋯⋯!)


 シャルは倒れたまま、落ちてきた天井を見上げる。崩落したそれの隅には、油が塗りたくられているのか未だに燃え続けている。

 通常であれば、大火傷を負うような熱さであった。しかし、蒼穹の盾(アズール・シルト)の団員が身に付ける鎧は、団長シャルロッテが団員一人一人に合わせて仕立て上げた最高級品である。

 鎧としての性能は勿論、デザイン性。――そして、“魔法や熱、重さ“といった重装兵の天敵とも呼べる弱点を補うために、魔法による仕掛けを幾重にも施してあるのだ。


 結果として、蒼穹の盾(アズール・シルト)の団員たちは、皆火傷など負っていないようにも見える。

 “いざという時に、役立つかもしれない“。そう考えて、採算度外視で自ら仕立て上げた鎧の仕掛けは、彼女の思惑通りに少女たちを守っていた。


 しかし、その中身――着用する人間については、その限りではない。



「――けほっ! けほっ!!」



 シャルの視界が黒く覆われていく。無理もない。未だ天井や崩落した岩は燃え続けている。

 炎は“空気“を喰らい燃え続ける。魔法によって生み出され、魔力を糧として燃える炎と違い、この炎は間違いなく“空気“を糧にして燃え続けていた。


 ――鎧によって外傷は免れても、“空気“を失うことは想定されていない。


 (くる、しい⋯⋯。息が、出来ない⋯⋯。)


 (⋯⋯あつい。汗、びっしょり。⋯⋯レオンくんに、嫌われちゃうかな⋯⋯?)


 シャルは、こんな状況に似つかわしくない事を考え始めていた。

 ――自らを包み込む、この絶望的な状況。その事実から逃げるように、彼女は“金髪の少年“の可愛らしい姿を思い浮かべていた。


 イレーネの声はもう聞こえない。燃え盛る中で、シャル一人だけが微かに意識を留めていた。


 (⋯⋯ああ、レオンくん。可愛い、かわいい、僕の、レオン⋯⋯。)


 (⋯⋯君は、こんな状況でも、たすけて、くれるのかな⋯⋯?)


 (⋯⋯僕は、まだ⋯⋯。君に⋯⋯何も、返して、ないのに⋯⋯。)


 (会いたい。もう一度、逢いたいな。⋯⋯ふふ、僕をこんな気持ちにさせるなんて、本当に罪な子だね⋯⋯。)


 

「⋯⋯れおん、くん⋯⋯」


 

 シャルは、その意識が徐々に無くなっていくのを感じていた。少年の名前を零すのにも気がついていない。甲高い耳鳴りが大きくなり、視界はそのほとんどが黒く染まっている。


 

「――あらら〜、シャル団長。⋯⋯酷い状態だね〜?」


 

 そんな中で、彼女の耳に微かに届いた、岩壁が崩れる音。それと同時に流れ込む、強い潮の香りとベタつく、されどひんやりとした冷風。

 その中に混じる、微かな安物の香草を使用した香水の匂いと、


 

 ――彼女の名前を呼ぶ、男の声。


 

 聞き覚えのある彼女からすれば鬱陶しく感じる、軽薄な男の声であった。



「⋯⋯かにす、さん⋯⋯?」

 

「あはは⭐︎ せいか〜い! こんな所で会うなんて、俺たち、やっぱり運命で結ばれているんだね〜!」



 カニスは、力無く呟く彼女に軽薄な口ぶりで答えながらも、手に持った桶で少女たちに乱雑に水をかけていく。

 水をかけられた瞬間、高温に熱せられていた鎧から激しい水蒸気が立ち昇っていた。



「ひゃあ〜! これでよく無事だね〜? こんな鎧を仕立てるなんて、流石は豪商である“ライチ家“の一人娘ってとこかな?」

「⋯⋯な、なにを⋯⋯!」

「安心してよ。むやみに傷つけたりはしない。団長には〜、ちょっと手伝ってほしい事があってさ?」

「⋯⋯!!」

「お〜い! じゃあみんな、手伝って〜!」



 カニスは相変わらず軽薄なまま声をあげると、“賊の男たち“を呼び寄せて、少女たちを運び始めた。

 次々に蒼穹の盾(アズール・シルト)の団員を運ぶ男たちは、ついにシャルにも手を伸ばしてくる。



「っ! くっ!! さわ、るな⋯⋯!!」

「ほらほら、そんなに無理しないでよ〜? “怪我“、したくないでしょ〜?」



 力無く、男たちの手を振り払うシャル。しかし、彼女を運ぼうとする三人の賊たちの腕は、シャルの脳裏に刻まれた“悪夢“を躊躇なく呼び戻したのだ。


 ――幼い“少女(シャルロッテ)“を抑えつける、三人のならず者たちの姿を。



「⋯⋯ひっ!」

 

「ほらほら、そんなに怯えないの。みんな〜! 傷つけたりなんかしちゃダメだよ〜? 丁重に運んでね〜!」


「⋯⋯い、いや⋯⋯! さわら⋯⋯ないで⋯⋯」



 シャルの視界は、幼い日に突如訪れた“記憶“に覆い尽くされ、


 ――少女の意識は、闇の中へと堕ちてくのであった。


 

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