2章:19-2話「拠点防衛戦Ⅱ【断頭台と慈悲と代償】」
草原を疾る二人の少女。ルナとノエルの背後に迫るのは、百はゆうに超えるであろう男たちの姿であった。
二人の少女を追う男たちの集団は、上空から見れば鏃のような隊列となって、少女たちを囲むように徐々に左右へと広がっていく。
――その横へ広がる男たちに訪れたのは、鉄と空気の“矢“。
「――!!」
“矢“を受けた男たちは、その足を止め、倒れ、またある者は四肢や頭を吹き飛ばされた。
「にゃはは! そっちじゃないよぉ〜?」
「精霊さん! 構え! 放てぇ!!」
クロラは、滑車と歯車が組み込まれた異様な形状の弓を引き絞り、次々と矢を放っていく。
――引き絞る度に唸るようにギギギ、と異様な音を鳴らすその弓から放たれる矢は、男たちの四肢を吹き飛ばす程の威力を伴って彼らへと死を送り届ける。
シルフの周りを囲むように現れた十人の“精霊“。弓を持った彼らはシルフの号令と共に弓を引き絞り、放っている。
――空へ放たれた十本の矢は空中で炸裂し、倍以上の本数となって男たちへと降り注いでいた。
結果として、その集団は横に広がることが出来ずに、上空から見ればほぼ一直線のような隊列となって、なおもルナとノエルを追いかけていた。
二人の少女は、男たちがそのような隊列で追っているのを確認しながら、エリザとカルの元へとなおも突き進む。
斧槍を構える少女――エリザに向けて、大剣を担いだ少年――カルが揶揄うように口を開いた。
「――そろそろだぜ? エリザさんよ。⋯⋯本当にやれんのか?」
「無論、問題はないさ。私もそろそろ、いい所を見せないとだものな」
エリザはそう言って、控え目な胸を張る。大地から直線が走るように姿勢良く堂々とした少女に向かって、カルは続ける。
「⋯⋯しっかし、あんたらの“団長“も中々エグい事を考えるよな。女みたいな顔なのに、考える事は悪魔みたいにおっかねえ」
「そうだな。ミーナの時も、⋯⋯私の時も。普段は気弱なのに、こういう時にはやけに頼りになる」
――そういう所がいいのだがな、という零すような微かな呟きは、カルの耳にまでは届く事はなかった。
若干頬を染めていたエリザの視界には、徐々に近付き、大きくなる二つの影――ルナとノエルを捉えていた。
その背後にある、巨大な“男“の集団も。
――斧槍を握る手が、僅かに震える。“男“の群れが迫る恐怖。だが、それだけでは無かった。“彼“の完璧な策に応え、少しでもいい所を見せたいという昂ぶりが、少女の身体を震わせていたのだ。
エリザは、震える手に再度力を込めて、その身の丈を越すほどの斧槍を上段――天高くへと掲げ上げる。
カルも同じく、大剣を地面に叩きつける為、上段へと構えた。
なおも近付く、ルナとノエル。そして、男たちの集団。
二人の少女がエリザとカルの目前へと迫った時、突如二人の影が消えた。
――上空へと、飛び上がったのだ。
「――今だ!! 二人とも!!」
「「――応!!」」
レオンの号令と共に、二人はそれぞれの武器を地面へと叩きつけた。
轟音と共に大地が激しく揺れ、その亀裂は男たちの隊列まで届く。
大地に刻まれるその衝撃は、やがてガラスが砕けるように一直線に裂けたのだ。
「「「――うおぉおお!?」」」
エリザとカルによって作り出され、突如として現れた即席の“落とし穴“。足場を崩された男たちはその殆どが、腰から下を埋めるように落ちてしまった。
――上半身だけが地上から生えたように見える大穴からは、悲鳴、叫び、怒号が放たれる。それらは、地面を裂いたことによって開かれた地獄からの怨嗟にも思えた。
しかし、男たちも馬鹿ではない。落ちた男たちをさらに足場にして地上へと戻ろうと踠く男たち。
地獄から這い上がろうとする彼らに訪れたのは、空を駆ける白と黒の影――そして、“紅い糸“であった。
「――いくよ! ライサ!!」
「――お任せください、リリィ」
二人の天馬騎士は、天馬の蹄が地面に擦れるかと思える程に低い位置を駆ける。
リリィとライサが手に持つ槍の先端には、ヒルダの脈動する“紅い糸“が結ばれ、ピン、と張るように互いを繋いでいた。
少女たちはその槍を地面が擦れるほど低く構え、男たちの蠢く穴へと並走していく。
――ルナとノエルによって導かれた男たちは、
シルフとクロラの誘導に従い、
エリザとカルによって作り出された“断頭台“に送られ、
ヒルダによって創られた“紅い刃“を、リリィとライサが届けていく。
“設計者“の指示によって生み出された即席の断頭台は、彼の意図した通り最大の効率で男たちの首を跳ねていった。
断末魔を上げることすら許されなかった集団は、その殆どが上半身――主に首を失い、力なく斃れていく。
大穴は死体から溢れた血で真っ赤に染まる――
「ひゃあ〜! レオン、えっぐい事思いつくね〜⋯⋯!」
「――待ってください! リリィ、彼らの様子が⋯⋯!!」
――はずであった。
感嘆の声をあげたリリィは、ライサの尋常でない様子に、改めて“処刑台“を覗き、そしてその大きな目をさらに見開いた。
「――!!」
彼らに訪れたはずの“絶対の死“。それに伴う筈の鮮血が、微かにしか流れていない。
通常であれば目を背けたくなるほどの“赫い景色“が、処刑台には流れていなかったのだ。
――それどころか、二つに別れた筈の体たちは、互いを探すように未だ蠢いている。
「⋯⋯なに、あれ⋯⋯」
「⋯⋯こんな、ことが⋯⋯!!」
空に舞う二人の翼人は、その地獄のような光景を天馬の上から呆然と見つめるしかなかったのだ。
+
「⋯⋯レオン、団長⋯⋯! あれは⋯⋯?」
「⋯⋯落ち着いて、ミーナ。何か見える?」
地上にいるミーナとレオンも、その異様な光景を目の当たりにしていた。
上半身は下半身を、下半身は上半身を探すように蠢いている。千切れた腕は指で這うように進み、切断された首は虚空に向けて呟いている。
彼らは蜥蜴の尾のようにうねうねとのたうち回っている。違うのは、それぞれに意思があるように見えることだけだ。
その光景を見て、肩を恐怖に竦ませ、縋るように小さな手でレオンの服を摘むミーナ。
少女は怯えたまま、レオンに向けて震えた声をぽつぽつと溢していく。
「⋯⋯泥のような、黒い魔力⋯⋯! あの人たちを覆う、底知れない悪意⋯⋯」
「そう、だよね。僕にも、見える」
「⋯⋯あれは、一体なんなんですか!?」
レオンは、思い返していた。
――先の戦い。レオンが敗北する前に蒼穹の盾が戦っていた時の事。
シャルに頭を潰される前に、ある男が発していた言葉を。
『――お⋯⋯お願いします⋯⋯! “もう“死にたくない!』
(⋯⋯あの男、“もう“死にたくない、って言ってた。⋯⋯まるで、“一度死んだことがある“ような口ぶりだった。)
――出来れば、当たって欲しくは無かった。そんな嫌な予感が現実に起こっている事実に唇を噛み締めながら、レオンは未だ側で震える少女へ向けて告げる。
「⋯⋯あれは、多分“魔術“だ。理に逆らい、己の“欲望“を糧として行使する、禁術⋯⋯!」
「⋯⋯そんな!! でも、それは大陸中で禁止されている筈では⋯⋯!?」
「そうだよ。禁じられているはずだ。⋯⋯でも、どんな事だって、決められた事を破る人はいる。現に、僕たちはもうこの目で見てしまった」
――“いたい“、“苦しい“、“助けて“。“俺の、からだ、どこ?“、“あはは⋯⋯“。
穴から聞こえる、無数の声。それは先ほどまでの怒号ではなく、救いを求める嘆願の声に聞こえる。
その声は、レオンに間違いなく届いていた。
――隣でレオンにしがみ付く、ミーナにも。
「――酷すぎます⋯⋯!」
「⋯⋯ミーナ?」
レオンの裾を、震えた手で掴む少女。同じように震えた声で、絞り出すように言葉を紡いだ少女は、さらに続けた。
「⋯⋯あんまりです⋯⋯! いくら、彼らが非道な行いをしていようと。そんな命を弄ぶような事は、悲しすぎます!!」
ミーナの体が、白く輝き始める。レオンは、その“両眼“でその輝きをはっきりと見ていた。
――柔らかく、暖かな光。強い意思を宿した、ミーナの青い瞳。彼女の胸元で揺れる飾緒――“エレオスの背毛“が、呼応するように輝きを強めていく。
「死者を冒涜し、その魂を弄ぶなんて、こんな事は絶対に許せません!!」
「エレオス様の祝福を受けてアエテルナに生まれ落ちた私たちの魂は、またエレオス様の御身の元へと還って行く⋯⋯!」
「命は平等。どれほど幸せであろうと、どれほど罪を犯そうと。誰であろうとその終わりは平等に一つの死そのもの。それを何度も味合わせるなんて、こんな酷いこと、絶対に許すわけには行きません!!」
ミーナは、縋るように掴んでいたレオンの裾から指を離す。
その両手は胸の前で固く結ばれ、少女は祈るように目を閉じた。
「⋯⋯待っていてください。私が、皆さんを⋯⋯、縛られた魂を、“解放“してみせます!」
そして少女は、唄う様に、男たちを憐れむように。普段の少女の様子からは信じられない程、淀みなく“詩“を紡いでいく。
「――“暁は、現の穢れ、濯ぎゆく。迷う御魂の、道標にて――“」
――眩いほどの白く暖かな光が彼女を包み込む。
そして、ミーナはゆっくりとその瞳を開いた。
少女の目の前にある凄惨な光景。それでも彼女は未だもがき続ける“彼ら“を真っ直ぐに見据え、一切の淀みなく微笑みを向ける。
――慈しむように伏せられた睫毛の奥に、確かに存在する夜を溶かす“暁“。その貌は底知れぬ慈愛に満ちた、穢れなき聖母の微笑みを湛えていた。
「――さあ、もう痛くありませんよ。おやすみなさい。――『慈悲と安寧の詩』!!」
少女の華奢な体を覆っていた白い光。
それは光に込められた祈りを送り届けるように空へと向かい、
少女の無垢な想いに応えるように、今度は空から光の柱が男たちのいる“穴“へと降り注ぐ。
未だバラバラになった体躯でもがき苦しんでいた男たちは、その先端を徐々に光へと変えていく。
輝く粒子となり、消えゆく男たちのその表情は――
『――あり、がとう――』
――皆一様に、穏やかであった。
+
「――っ!!」
「っ! ヒルダ!!」
――ミーナが、彼らを“救った“直後。
力が抜けたようにヒルダはレオンへともたれかかる。
レオンは、自分より大きなその少女を、必死に支えようと体を抱きかかえていた。
彼女を心配するように眉を寄せるレオンに、ヒルダは言葉を紡ぐ。
「⋯⋯ごめんなさい、レオン。もう大丈夫よ。心配しないで頂戴」
「そんな⋯⋯、そんな訳ないよ! 待ってて、今横にするから⋯⋯!」
普段から気丈で優雅で妖艶なはずの少女が、少年には想像もつかない程に弱っているように見えていた。
レオンは、自分の“両眼“に力を込めて、痛みを堪えながら少女を見る。
「――!!」
レオンのモノクロの視界。魔力を捉え、はっきりと視覚するはずのその両眼に捉えたのは、弱り切った“赤い光“であった。
ヒルダの荒れ狂う暴風のような、暴力的なまでに迸っていた筈の赤い魔力が、今の彼女には見る影もない程微かなものとなっている。
「――!! ヒルダ、魔力が⋯⋯!!」
――その瞬間、レオンは思い至ってしまった。
いつも気怠げな彼女が、気怠さとは違う、どこか疲れた様子を見せて眠っていた事。
触れるものを全て切り裂く筈の“紅い糸“。それが、トールの体を傷つける事なく巻きついていた事。
一月前の激しい戦い。たった七人で、一千人を相手にして打ち倒した戦い。
――そして、レオンの魔力欠乏を補うため、少年に“あの手この手“で、魔力を与え続けていた事を。
(⋯⋯僕の⋯⋯、せいで⋯⋯?)
少年の立てた作戦は、完璧に成功した。
怪我人はおらず、力も温存することに成功した、完全なる勝利。
それに喜ぶ団員たちがレオンの元へと向かう中。
――ヒルダを抱く少年の両腕は、酷く震えていたのであった。




