2章:19−1話「拠点防衛戦Ⅰ【指揮官の目覚め】」
「――れ、レオン⋯⋯!?」
シンたちが人質を盾にした賊を殲滅し、赤狼団の面々が解放した人質を地上まで送り届けている頃。
虚無を含み、その目を鋭く細めたレオンに向けて、少年の団員たちはその様子に慄いたように声をかけていく。
「レオンさま、顔がとってもこわいですぅ〜!」
「⋯⋯レオン様、怒って、いるのですか⋯⋯?」
少年の顔を、クロラとシルフが心配そうに覗き込む。
そこでようやく自分の団員たちが動揺している事に気が付いたのか、レオンはあわあわと手を振りながら言葉を返した。
「――あっ、いや! その、“敵の気持ち“になってだよ!? どうしたら、奴らは勝とうとするだろうって考えてただけなんだ!」
「よ、よかったです⋯⋯! レオン団長、とっても怖い顔をしてたので⋯⋯」
「あ、ああ! そうならそうと言えよな!? 本当にやるつもりなのかと思ったぜ⋯⋯!」
レオンの言葉に、ミーナとカルが返していく。未だ動揺しているこの二人をよそに、ライサはレオンに尋ねた。
「――それで、レオンさんはどうやって彼らを“殺そう“と考えたのですか?」
「あ、うん。その話だよね。ええと⋯⋯」
「――レオン。砦の方角から気配が。⋯⋯こっちへ向かってきています」
ライサに答えるレオンを遮るように、目を鋭く細めたルナが静かに告げる。
「――来たみたいだね。予定よりもずっと早い」
ルナの言葉に、レオンは表情を少し強張らせて答える。
――少年は微かに、しかし確かに感じていた。
瞳を紫色に怪しく輝かせ、モノクロの視界に捉えた“黒い光の群れ“。
シャルたち蒼穹の盾が戦っていた最中に、僅かに感じていた違和感。
――“人の形をしているが、もっと悍ましいような何か“。
砦の方角から、大量の地鳴らしが波の音を掻き分けるようにして少年たちの元へと届く。
それは徐々に大きくなり――拠点、ひいては洞窟に向かって、真っ直ぐに向かっているようであった。
「ヒルダ。⋯⋯ヒルダ、起きて」
「⋯⋯ん」
レオンを抱きしめたまま眠っていたヒルダは、少年の声にゆっくりと顔を上げる。
――目の下に、若干の隈が見える。少し血色が悪いように感じる少女に向けて、レオンは声をかけた。
「⋯⋯ヒルダ、具合が悪いの? 顔色が良くないよ?」
「⋯⋯問題、ないわ。心配しないで頂戴。戦えるわ」
そう言いながら、ヒルダはゆっくりと立ち上がる。
彼女にはいつもの気怠い様子は無く、明らかに無理をしているように僅かにふらふらとしている。
その様子に気付いていたレオンは、ヒルダの腰に手を回し、支えるようにして並んだ。
――側から見れば、怯えた少年が大きな少女に抱きついているように見えるが。
(ヒルダの具合が悪そう。このまま戦わせる訳にはいかない⋯⋯!)
(⋯⋯それでなくとも、この戦い、どれ程長くなるかわからないのだから⋯⋯!)
心の中で考えを纏めたレオンは、戦闘準備を始める団員や傭兵たちに声をかけた。
「――みんな、作戦を伝える。⋯⋯絶対に生き残るよ」
「「「――はい!!」」」
――団長の言葉に、全員が答えるのであった。
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朝の澄んだ空気、透明に見える青い空に波が岩肌に打ち付ける音が響く。草原を揺らす潮風、それに呼応する木々の騒めきと小鳥の囀り。
雄大な空の青と、底の深さを感じさせる深い蒼の海。草原や森の緑と、その隙間から覗かせる灰色の岩肌が豊かな美しい景色の中で。
――暴力的な足音が草花を蹂躙し、土砂のような音を立てながらその“軍団“は森を駆けていた。
「「「――おぉおおおお!!」」」
獣のような咆哮を上げながら、森を疾走する男たち。
――それは痛みと絶望が入り混じった悲鳴にも聞こえる。
森を疾走する男たちの表情は皆不自然だ。ある者は鬼のような形相を浮かべ、ある者は虚無に向かって呟き続け、またある者は虚ろな笑みを浮かべていた。
にもかかわらず、彼らに共通していたのはその男らしい肉体からは想像も付かないほど青白い肌と、見開かれた充血した目。人の形をしているのが“不自然“に思える程、その姿は皆異様である。
ボロ布に身を包み、心ばかりの帷子を激しく揺らし、その手に手入れを全く行っていないような錆びた斧や刃こぼれした剣を持って、狂ったように叫びながら速度を上げる男たち。
彼らが森を抜けた先で最初に見たのは――草原の中に立つ、二人の女剣士であった。
「――!! 殺せえぇええ!!」
その少女たちを視界に入れた男たちは、その目をさらに血走らせて、唾を吐き散らして叫びながらさらに速度を上げる。
「――来ましたね。ノエル、準備はよろしいですか?」
「もっちろん! ルナ、レオンの元まで競争だね!!」
「負けるつもりは、ありませんが。⋯⋯ノエル。“作戦“を、お忘れなきよう」
「! そうだった⋯⋯! じゃあ、行こっか!!」
ルナの言葉に、目を大きく見開いて答えるノエル。
――本当に作戦を忘れていたようなノエルは、ルナの言葉にハッとした後、笑顔で男たちから逃げるように駆け出す。
それに続くように、同じく逃げるように駆け出すルナは、ため息を吐きながらレオンの“作戦“を思い返していた。
『――二人は、こっちに向かってくる敵を僕たちの元へ誘導して』
少年は、自分より背が高く、大きな少女たちを見上げながら口を開いた。
『!! わかった! あの戦いの時にやった“釣りナントカ“ってやつだね!!』
『⋯⋯ちょっと違う。今度は敵を一箇所に集めて、一網打尽にしたいんだ』
元気よく答えるノエルに、間違いを指摘するのを気まずそうにレオンは言葉を返す。
そんな少年に、今度は気怠そうにヒルダが声を上げた。
『⋯⋯そんなまどろっこしい事をしなくても、私の“糸“で全員殲滅してあげるわ』
『だめ。ヒルダも、ちゃんと僕の言う事を聞いて』
まさか自分の提案を拒否されるとは思っていなかったヒルダは、レオンの眼差しと共に放たれた言葉に驚き、目を見開く。
少年はその瞳をヒルダから他の少女たちに移しながら、言葉を続ける。
『⋯⋯今度の戦いは、どれだけ敵が出てくるか、どれだけ長く続くかわからないんだ。できればあまり消耗したくない』
『賛成です。敵の数がわからない以上、むやみに消耗するのは避けたいですね』
『温存する、って事だねぇ〜? クロラも、賛成〜!』
レオンの言葉に、微笑みながら返すシルフとクロラ。
そんな二人をよそに、ノエル、ルナ、ヒルダは反対の声を上げる。
『ええー!? さっさとやっつけちゃおうよ!!』
『同感です。無駄に時間をかける事はありません』
『⋯⋯そうね、心外だわ。このヒルダの事が、信じられないというの?』
眉を吊り上げるノエル。唇を尖らせるルナ。不愉快そうに眉を顰めるヒルダ。
そんな三人に向けて、レオンは目を背けず真っ直ぐに向き合いながら、諭すように言葉を続ける。
『⋯⋯ノエル。先の戦いでは戦い終わった後、すぐに寝ちゃったね? 剣を振るっていたルナも』
『⋯⋯! そ、そうだけど⋯⋯!』
『あれは夜更かししたからです。眠かっただけです』
レオンの言葉に、図星を突かれたようなノエルとルナは、言い訳をするように答える。
そんな少女たちの様子を見ながらも、レオンはさらに続けた。
『⋯⋯ノエルの“光る剣“。あれだけのものを沢山創り出したら、魔力の消耗は凄まじいはず。ルナの剣だって、そもそもの運動量が激しいでしょ?』
『大丈夫だよ! 私、元気いっぱいだもん!!』
『ルナだって、大丈夫です。剣を振ったくらいで、疲れたりしません』
『だめ。僕はみんなが大切なんだ。無理させたくない。⋯⋯それに、ヒルダだって――』
『――!!』
レオンは、言葉を続けながらヒルダを見た。赤髪の少女は、少年の見透かすような視線を受けると気まずそうに瞳を伏せる。
『――とにかく、僕はみんなと無事に、生きて戻りたい。誰一人欠ける事も許さない。僕はみんなが大事なんだ。だから、今は言う事を聞いて』
『『⋯⋯!』』
少年らしからぬ力強い言葉。それを聞いて、とうとうルナとノエルも黙ってしまった。
――“大切“、“大事“。そんな言葉を聞いて、どこか嬉しそうな様子で。
その言葉を聞いて、どこか浮ついた様子になったエリザが、今度はレオンに向けて声をかけた。
『――だが、どうするつもりだ? この見渡す限りの草原、遮蔽物もほとんどないこの場所で、どうやって戦うつもりだ?』
『それについては安心して。僕たちには、蒼穹の盾の“元“副団長様や、神聖魔法の使い手であるミーナ、それに力強いドワーフの剣士のカルがいる』
少し揶揄うような雰囲気でエリザに語るレオン。名前を出されたミーナとカルは嬉しそうに顔を綻ばせた。
怪訝な様子のエリザをよそに、今度はリリィとライサに視線を移してレオンは続ける。
『⋯⋯天馬騎士である、リリィとライサもいる。大丈夫。僕たちなら、きっと“無傷“で勝てるよ』
『へえ〜? 楽しみだね〜!』
『ふふ、大きく出ましたね。どのような作戦か、お聞きしましょうか』
『つまらなかったら、また“オシオキ“しちゃうからね〜!?』
『⋯⋯大丈夫。退屈はさせませんよ』
揶揄うように小悪魔のような笑顔を浮かべるリリィと、妖艶に微笑むライサ。そんな二人の言葉に、されど少年は少年らしからぬ“魔性“を含んだ微笑みを返しながら続ける。
『――きっと、ご満足頂けると思います⋯⋯!』
不敵に微笑むレオン。そんな少年の雰囲気に、そこにいた“異性“の少女たちは全員心臓を跳ねさせたのであった。
(――レオン、可愛かったですね。⋯⋯ああ、早く抱きしめて、めちゃめちゃにしたい⋯⋯!!)
眉一つ動かす事なく、不埒な妄想を脳裏に走らせるルナ。彼女は隣を走るノエルと共に、ハルバードを構えるエリザと大剣を担ぐカルを視界に入れた。
「――始めますよ、ノエル」
「おっけー! ルナ!!」
二人の少女は、背後に迫り来る男たちを視界の端に捉えながら、さらに速度を上げたのであった。




