2章:幕間2「死霊使い」
――夜も更け、波さえも静まり返る頃。
暗闇の中で、暖色の灯りがぽつぽつと浮かんでいる。
吊るされた古いランタンからは、魚脂を煮詰めたような生臭い煙が上がっていた。
濡れた岩肌からは、雨上がりの墓石のような冷たい匂いが立ち上り、潮溜まりからは逃げ遅れた蟹や貝の乾いた殻の腐臭が漂っている。
そんな場所で、三人。岩壁の向こうで優しく打ち付ける波の音の隙間で、それにすら掻き消されるほど小さく話し合っていた。
「――朝にはここを目指すみたいだ。予定より早かったね」
男の声が響く。その声に、黒いローブで身を包んだ小柄な男が返す。
「――あれだけ強ければ、“使える“かもしれん。ここへ来るなら、あの中でも腕の立つ奴が来るのだろう? まさか全員で来るとは言うまいな」
「ご名答。その通りだよ。騎士学校の重装兵団に、フィデリアきっての傭兵。――それに、魔剣を使う騎士だね」
「⋯⋯よし、よし。使えそうだ。入り口近くは、あの賊たちで固めよ。――あの人質たちを何人か持たせてな」
「人質を!? どうして!?」
「⋯⋯用心だ。何があるかわからん洞窟を進むのに、救出した人間と共には進めんだろう。恐らく、人質を連れて何人かは外へ向かうはずだ。残るのは腕の立つ人間。まあ、程のいい“間引き“だな」
「⋯⋯折角、増やした“供物“とやらなのに、随分と羽振りがいいんだね」
「問題ない。減れば、増やせば良いだけの事。現に、向こうから"もっと良い"のが来てくれるではないか」
焦る男の問いを、悠然と返す黒衣の男。
彼は、その傍らにいたもう一人の黒いフードの人間――黒と銀を半分に分けたような、特徴的な髪色の少女へと告げる。
「まだ、“残って“いるのだろう? 入り口と、三つの“砦“に向かわせられる程の魂が」
「――うん、そうだね。大分減ってきたけど、それでも十分な人数はいるよ。⋯⋯それに、“切り札“もあるし」
「よし。では準備を始めよ。⋯⋯“転送“は、奴らが飛び込んできた後でよい」
「はい、“我が主人“」
少女はそう答えると、手にした杖を岩肌の地面へと突き刺し、魔力を込めていく。
――同時に、地面に顕現する巨大な魔法陣。そこから浮き上がるかのように、何人もの倒れた男たちが出現した。
だが、その男たちは微動だにしない。倒れたままの彼らは、頭が無かったり、手足を潰されていたり、槍や剣が突き刺さったままだった。
それは賊の死体であった。少女は男たちの亡骸を召喚すると、さらに別の魔法陣を男たちへと与えていく。
――“黒い“膨大な魔力がその洞窟を埋め尽くし、それは男たちの亡骸へと入っていく。
潰された手足はブチブチ、という湿った音を立てながら元の形へと戻っていき、吹き飛ばされた頭蓋は内側から膨らむように再生され、突き刺さっていた武器は肉が押し退けたように抜けていった。
カラン、カラン、と、岩肌に金属音が響き渡る。それと同時に、男たちは掠れた呻き声を漏らしながら立ち上がったのだ。
「――おかえり。⋯⋯じゃあ、また働いてね?」
可愛らしく、小首を傾げながら告げる少女。
――その瞳は、髪色と同じ昏い闇の黒と凍てつくような銀の“双色瞳“、
フードを上げた少女の頭には、“二本の角“が側頭部から生えていた。
「――もうこりごりだ! やめてくれ! “もう“死にたくない!!」
「――いっそ、殺してくれ!! 今だって腕も頭もいたい、痛いんだ!!」
「――あはは⋯⋯。おれの、あし⋯⋯。つぶれ、ちゃった⋯⋯。あはは⋯⋯」
立ち上がった男たちは、皆苦悶の表情を浮かべている。
泣き叫ぶ者、痛みにうずくまる者。狂ったように笑い続ける者もいた。
――そんな男たちに、少女は告げる。
「――整列、休め」
少女が“命令“を放った瞬間。男たちは即座に整列し、直立不動で立っている。
――その表情は、変わらぬまま。
「⋯⋯君は、まだいけそうだね。君は⋯⋯。これで“最後“かな?」
少女は整列した男たちの様子を、まるで品定めをするように歩きながら確認していく。
「⋯⋯魂が、負荷に耐えきれないか?」
「うん。生きていれば、肉体と魂のダメージは別々。だけど、これは魂を大きくして無理矢理体を動かしているだけだからね」
黒衣の男の質問に、少女は無表情で続けていく。
「――魂を攻撃されているのと同じ。体を手にしたって、手足を潰された痛み、頭を潰された感覚。――死の痛みは、"魂"に残ったままだから」
少女は、静かに告げる。
男たちの顔は、皆一様に歪んでいる。体は異常一つ見当たらない。――肌の色が、薄くなっている以外は。
にも関わらず、失った手足の痛みや死の恐怖を、いまだに感じているような様子であった。
だが、少女の“命令“のおかげで、男たちの口は真一文字に固く結ばれ、言葉を発することは出来なくなっていた。
「――死霊術師。⋯⋯いつ見ても、慣れないね」
軽薄そうな男は、少女に向けて呟く。
その声が聞こえていたのか、少女は男に返した。
「万能じゃないけどね。死んですぐ、“魂の形“が残っている状態じゃないと、使えないから」
「⋯⋯残酷な、魔法だ」
「そう? みんな死にたくはないでしょう? 生き続けられるんだから、むしろ感謝して欲しいくらいなんだけど」
男の言葉に、拗ねるように口を尖らせる少女。
そんな二人に、黒衣の男が声をかける。
「――能書きはいい。貴様のその“力“と、儂が与えてやった“転移の魔法“。これがあれば、この世界を取ることも容易い。手始めに、この“自由貿易都市“とやらを落として見せよう!」
「⋯⋯それは、ご自由に。俺には関係ないからね。それより――」
大仰な手振りで語る黒衣の男へ、さも興味なさそうに返す軽薄な男。
彼は、さらに続けた。
「――人質。本当にまだ、全員無事なんだろうね?」
「⋯⋯心配いらん。すでに二回ほど“ブリガンティア“へと送った。⋯⋯なに、あれは我らが“主“へと捧げる大事な供物。大切に扱うに決まっておる」
「それなら、いいけどね⋯⋯。それじゃ、俺はそろそろ戻るよ。疑われてもつまらないからね」
「⋯⋯ああ。気をつけろよ。混戦になれば、貴様がいても容赦はせん」
「はいはい⋯⋯、肝に銘じておくよ」
「――ばいばい、“カニス“」
そう言って、洞窟の闇へと消えていく男。
その背中に向かって、少女が手を振りながら見送っていた。
「⋯⋯明日は貴様にも働いてもらう。⋯⋯“契約“を、忘れるなよ?」
「わかってるよ。しつこいな」
そう言って、少女は自分の左手の甲に刻まれた、“魔法の刻印“を黒衣の男へと向けた。
「⋯⋯よろしい。では、儂もこれで失礼する。明日の“準備“があるのでな」
「はーい」
黒衣の男は、呟くように話すと、カニスと同じように闇へと消えていく。
少女は、岩に座ると、頬杖をついてため息を吐きながら、零すように呟いた。
「――ここにいる筈、って聞いたんだけど。⋯⋯早く、“逢いたい“な」
+
(――急がないと⋯⋯!!)
カニスは、洞窟の中を走っていた。
岩壁に、彼の駆ける音が反響していく。
(とにかく、ここにいる人質は何とかしないと⋯⋯!)
(――“フィデリア“の仲間たちは、必ず守らないといけないんだ!!)
(――ドンとの約束を。そして、“フィデリア“を守る為にも⋯⋯!!)
「――何を、犠牲にしてでも⋯⋯!!」
カニスは、風のような速さで走る中、誰にも聞こえないように溢すのであった。




