2章:16-3話「敗残兵の末路」
「――作戦はこう。僕の蒼穹の盾、アラン君。そして、カニスさんとシンさんたちの傭兵団で洞窟に突入する」
シャルは地図を指差しながら、全員に向かって説明をしていく。
――その彼女の説明に、赤浪団の傭兵が喰ってかかった。
「おいおい! 余所者の指示に従えってか? 冗談じゃねえ。俺たちが突入する。お前らは引っ込んでな!」
「待て待て、そっちの方が冗談だろ。俺はお前らと中に入って、生き残れる気がしねぇぞ?」
「何だと、シン! 日和ってんじゃねえよ!! 怯えてんのか!?」
「邪魔だ、って言ったんだ。人質に加えて、お前らのお守りなんてしてらんねぇよ」
「ふざけんじゃねえ! じゃあ俺たちだけで十分だ! お前ら全員引っ込んでろ!!」
「勇ましいのは否定しねぇが、そういうセリフは俺たちに一回でも勝ってから言えよな」
声を荒げる傭兵に、呆れたようにシンは返していく。
赤浪団の他の団員が男を宥めると、同じくシャルが呆れたように続けた。
「――続けるね? 僕たちが突入して、徐々に制圧していく。その場所に、赤浪団の方々に待機していて欲しいんだ」
「なるほど〜! もし途中で人質を救出したら、彼らに渡して外に出してもらうって事だね!」
「そういう事です、カニスさん。それで、天秤商会の方々と、カル君とレオン君の小騎士団には、僕たちが制圧した“砦“に向かってほしいんだ」
「⋯⋯はあ!? どういう事だ? あそこはもう制圧したんだから、用は無いはずだろ!?」
シャルの提案に、今度は天秤商会の傭兵が声を荒げた。
――そんな荒くれの様子を歯牙にもかけずに、シャルは続ける。
「――シンさんが言っていた。“落とした砦が、いつの間にか取り返されてた“って話。どうにも気になるんだ」
「そうだな。あれは気味がわりぃよ。突然、何事も無かったように占領されてたんだからな」
「⋯⋯そうかなぁ〜? 気にしすぎなんじゃない? だって、シンたちとシャル団長がすでに殲滅してるんだから」
「カニスさんの言う通り、僕の気にしすぎかもしれない。だけど⋯⋯」
カニスの言葉に、指を顎に当てながら悩むシャル。
そんな彼女の考えを察したのか、レオンは小さく口を開いた。
「⋯⋯もし、本当に占領し返されたなら。僕たちは挟み撃ちされる、という事ですね」
「レオン君、その通りだよ。逃げ場がなくなるのが、相手ではなく僕たちになってしまうからね」
「天秤商会はまだいいとして。“落ちこぼれ“に背中を守られたんじゃ、気が気じゃないね」と、アラン。
「⋯⋯安心して。君もちゃんと“守る“よ」
「何だとっ!?」
「⋯⋯もう、この子たちは⋯⋯」
アランとレオンのやり取りを見て、シャルは額に手を当てながら、うんざりした様子で呟いた。
「――とにかく。天秤商会の皆さんとレオン君たちには、僕たちの背中を守ってもらう。赤浪団の皆さんは洞窟入り口と制圧箇所の保持。僕たちは洞窟内の制圧と人質の救出」
「異論があるなら、対案を出して。よりスムーズに、確実に人質全員を無事に救出できる案をね?」
シャルは、全員の目を見ながら告げた。
――その彼女の気迫は先ほどまでは口々に文句を言っていた傭兵たちは、その全員が口を噤んでしまったのだった。
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「――さて、話し合いも終わったし。明日の朝まで寝るか」
「あ、あの――」
作戦会議が終わる。欠伸をしながら歩くシンに、レオンが近付いていた――はずだったのだが。
「――レ〜オンっ! やっと終わったの〜?」
「ひゃっ!」
その声と共に、レオンは“巨大な白い翼“に囚われてしまったのだった。
「り、リリィ、さん⋯⋯!」
「もう! リリィでいいって言ったでしょ〜?」
「お疲れ様です、レオンさん。有意義な時間でしたか?」
翼に捕まったレオンに、翼人の少女たちは声をかけていく。
「あ、あの! ごめんなさい! 僕、シンさんにお話があって⋯⋯!」
「え〜? 私たちの方が先に待ってたのに〜?」
「シンに、どんな用件だったのですか?」
「⋯⋯う、そ、その⋯⋯」
「事と次第によっちゃあ、離してあげない事も無いよ〜?」
そう言って、悪戯っぽく笑うリリィとライサ。二人の眼差しに折れた少年は、おずおずと喋り出す。
「――ど、どうしたら、シンさんみたいに、強くなれるのかなって⋯⋯。聞こうと、思ったんです⋯⋯」
少し恥ずかしそうに目を伏せながら、レオンはシンへの憧れを口にした。
――騎士学校にも、強い男は多い。だが、“落ちこぼれ“であった少年は、そんな者たちとの接点はまるで無かった。
そんな中で、その強さを最も間近で見た、常に余裕溢れるシンの事をレオンは尊敬の眼差しで見ていたのだ。
――そんな少年の純粋無垢な思いを汲んだのか、笑みを浮かべながらライサが話す。
「⋯⋯なるほど。シン率いる、私たちの強さの秘訣ですね?」
「あ、はい。そういう、事になります⋯⋯」
「――じゃ〜あ! 私たちが教えてあげるよ!」
レオンに向けて、リリィが天使のように純粋な笑顔で告げた。
「ほ、本当ですか!?」
「うんうん! ほんとだよ〜? いっぱい、色々教えてあげるよ〜!」
「そうですね。ここではなんですし、少し場所を変えましょうか」
「よ、よろしくお願いします!」
「さ、早く早く〜! それ、レッツゴ〜!」
そう話しながら、二人の翼人はレオンを連れて行った。
――華奢なレオンの体を触る手は、どこにも逃さないように力を込めているように見える。
無垢な笑みを浮かべる少年は、両隣にいる翼人の少女たちの悪魔のような笑顔に、全く気がついていないのであった。
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――作戦会議が終わり、レオンが二人の少女に連れ去られた後の事。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
少年の小騎士団の空気は、暗く沈んでいた。
その場所にいた五人の少女たちは、皆一様に俯いて一言も口を開かなかったのだ。
――惨敗。傭兵団になす術無くやられ、武装解除までされた先の戦い。
そして、戦いが終わった後。蒼穹の盾の団長に叱責されていたレオンだったが、彼女の言葉はレオンの団員たちにも刺さっていた。
そんな中で、いつも気怠そうなヒルダは、明らかに苛立ちを込めた声音で告げる。
「――レオンの制止を無視して飛び出さなければ、こんな惨めな思いはしなくて済んだのではないかしら」
ヒルダの言葉に、ルナとノエルは体を大きく揺らす。
ノエルは、いつも明るい彼女にしては珍しく、その貌を悔しそうに歪めている。――が、声は出さない。
口を開いたのは、同じように目を吊り上げていたルナの方であった。
「⋯⋯レオンの、一番側にいて。⋯⋯守れなかった癖に」
「⋯⋯なんですって?」
ルナの言葉に、ヒルダはさらにその目を鋭くする。
その射抜くような視線を受けたルナも、同様に鋭い視線をヒルダに送っていた。
「――やめろ! 二人とも。何事もなかったんだ。それでいいだろう」
二人を止めるように声を上げるエリザ。
――だが、彼女の声音にも苛立ちが込められていた。レオンに置いていかれたのが、よっぽど堪えているように。
そんな彼女の心を、さらに抉るようにヒルダが続ける。
「⋯⋯戦力外が、何を偉そうに」
「⋯⋯何だと⋯⋯?」
今度はヒルダとエリザが睨み合う。
彼女たちの強さを知る――そして、普段の仲の良さをよく知っているミーナは、いがみ合う少女を止める事すら出来ずに、ただ涙を流すしかなかった。
「――やめなよ。みっともない」
爆発寸前。そんな空気の中。
クロラが、怒りを込めた声音で告げた。
――その怒りは、自分へと向いているようでもあった。自身の力不足、技量不足。自身への怒りを込めたまま、彼女は続ける。
「それが今やる事? 違うでしょ? 大事なのは責任のなすり付け合いじゃなくて、どうしたら負けなかったか、でしょ?」
ルナ、ヒルダ、エリザ。その三人の少女は、殺気さえ含まれているような視線をクロラへと送る。
だが、そんな様子を意にも返さないように彼女はなおも続けた。
「負けは負け。私たちは今日、惨敗した。⋯⋯でも、私たちは無傷。レオンさま含めてね。こんなにいい機会はないよ。負けたのに、全員“無事“なんだから」
「――だから、考えよう。みんなで、一緒に。どうしたら、負けなかったか。どうしたら、もうこんなに惨めな思いをしなくて済むか」
「私は、レオンさまを失いたくない。絶対に。⋯⋯それは、みんなも同じでしょ? だから、一緒に考えようよ!!」
「――そう、ですね。そうしましょう。私も慢心していました。私も、もっと力を付けなければ!」
クロラの言葉に、最初に反応したのはシルフだった。
彼女も落ち込んだ様子だったが、その小さな拳を握り締め、明るく言い放ったのだ。
「⋯⋯私も、もっと強くなる! どんな奴が来たって、もう負けないんだから!!」
そして、俯いていたノエルも言い放った。
――立ち上がり、両手を固く握り締めて。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
――だが、ルナとヒルダはいまだに納得していない様子。
そんな二人は、僅かに揺れた天幕から人影が入るのを見た。
「「レオン――」」
――そして、ルナとヒルダは言葉を失った。
「⋯⋯やあ、みんな。⋯⋯もど、ったよ⋯⋯」
二人だけではない。そこにいた少女たちは全員絶句していた。
天幕に入る人影は、少女たちが待ち焦がれていた少年――レオンであった。
だが、彼の様子は尋常ではない。三つ編みは解け、ボサボサになっている。
はだけて、所々千切れた衣服。力無く虚ろな目をした、白と黒の“羽根まみれ“になった団長の姿だったのだ。
――その白磁の肌には、首筋から鎖骨にかけて、大量の赤い斑点が刻まれていた。
「⋯⋯!? レオン様!? 一体、どうなされたのですか!!」
「⋯⋯大丈夫。⋯⋯大丈夫、だから⋯⋯。⋯⋯心配、しないで⋯⋯」
シルフの言葉に、力無く呟くレオンは天幕の奥へと消えていく。
あまりの様子に、彼の団員たちは皆凍りついたかのように動くことは出来なかったのだ。
その静寂を破るように、ヒルダが震えた声を出す。
「ルナ⋯⋯」
「⋯⋯なんでしょう、ヒルダ」
ようやく言葉を取り戻したヒルダは、ルナに向かって続けた。
「⋯⋯もう、絶対に負けないわよ」
「⋯⋯ルナも、そのつもりです」
二人は、“敗残兵“の運命を目の当たりにして、強く決意するのであった。
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「――なあ、前から疑問なんだが」
「⋯⋯ど、どうしました? エリザ先輩」
五人の少女たちがレオンの元へと向かう途中。淀んだ空気が明るくなったからか、いくらか立ち直ったミーナがエリザへ返す。
エリザは腕を組んで、何かを真剣に悩んでいた。だが、答えは見つからなかったようで、その答えをミーナへと求めたのだ。
「――あの赤い腫れは、一体何なんだ?」
「⋯⋯!!」
あくまで真剣に悩むエリザ。その“正体“を知っているミーナは、目を激しく泳がせながら、彼女へと答えた。
「⋯⋯わ、わか、りま、せん、ね〜⋯⋯」
「⋯⋯おい、ミーナ。⋯⋯お前たちも! 何か知っているのだろう!?」
「さ、さあ、クロラさん! どうしたら負けないか、考えないとですよね!?」
「そうだねぇ〜、シルフ! 一緒に、考えよっか〜」
シルフに、クロラ。二人だけでなく、少女たち全員は各々エリザから離れていく。
「おい! シルフ! クロラ! それにお前たち! あれは一体何なんだ! いい加減教えてくれ〜!!」
暗い夜の設営地に、エリザの叫びは吸い込まれていくのであった。




