2章:15-1話「"名無しの傭兵団"」
「――で、俺に何の用なんだ?」
黒翼に囚われたままの少年に向かって、東洋風の男は自分で自分の肩を叩きながら口を開いた。
「⋯⋯くっ、うう⋯⋯!」
「無駄です。私からは、逃げられませんよ?」
翼の中でもがいていたレオンだったが、その翼の主――ライサからの声で、諦めたように動きを止める。
男は肩を叩いていた手を一旦止め、溜息を一つ。そして、気怠そうに少年へと言葉を続けた。
「はあ。⋯⋯なあ、俺も暇じゃねーんだ。早く答えてくれると助かるんだが」
「――なっ、なんで、女性や子供たちを攫ったんですか!!」
「⋯⋯は?」
翼の中から叫ぶ少年の言葉を全く予想していなかったのか、男は間抜けな声を出して目を丸くしていた。
そんな男の様子に気付かないまま、レオンはなおも続ける。
「とぼけたってダメです! 悲しんでいる人が沢山いるんだ!!」
「――あっはっはっは!! そうか! そういう事か!!」
顎を撫でながら、その少年の放った言葉を理解した男は腹を抱えて笑い始める。
そんな男の様子に困惑していたレオンだったが、彼は一頻り笑い終えた後、少年へと言葉を返した。
「――はっはっは。⋯⋯なるほど、そういう事か。それで――」
男の声は、段々と冷えていく。
「――その状態でどうすんだ? 俺達を“慰めて“くれんのか?」
「――!!」
――有無を言わさぬ、薄茶色の鋭い瞳。
その言葉を聞いた瞬間、レオンの心臓が重く響く。
冷酷にして、残酷。射殺すようなその眼差しに、少年の指先が震えていた。
「お前らの“負け“。敗者に権利はない。死人に口無し。お前らは一生、俺達の“奴隷“だ」
「っ!!」
東洋風の男は、皮肉げに口を歪めて少年へと吐き捨てた。
敗者――その言葉を聞いたレオンは、全身から力が抜けてしまった。そして、起こった事を一つ一つ思い返し、涙が一つ落ちる。
――少女たちを危険な目に合わせた自身の慢心、未熟さ、後悔。そして、これから自分たちの身に訪れる恐怖と絶望。悔しさが少年の体から力を奪い、涙でしか己の感情を表現することができなかったのだ。
「――おいおい、泣くこたぁねえだろ」
絶望し、涙を流すレオンを見て、東洋風の男は毒気を抜かれたように頭を掻く。
「ったく、捕まって泣く騎士なんて初めてだぜ。⋯⋯嘘だよ、嘘。まあ、それが分かったらさっさと家に帰れ。“騎士の任務“なら、余所でやりな」
男はそう言い放つと、気まずそうに目を逸らした。だが、“奴隷“という言葉を聞いていた白翼の少女は、顔を綻ばせて男に告げる。
「ねえねえ、“団長“! じゃあ、この子は私のにしていーい!?」
「⋯⋯ああ? 何言ってんだ? 連れてってどーすんだよ?」
「いいじゃん! 前に話したでしょ? この子、連れてきてもいいか? って!!」
「ああ⋯⋯、その子がリリィが言ってた"女の子みたいな男の子"か。⋯⋯確かに良いとは言ったが、“騎士“だなんて聞いてねーぞ?」
「⋯⋯アレ? そうだっけ?」
「⋯⋯リリィ、それにライサ。お前ら相手がこの子達だって、分かってて言わなかったな?」
「ふふ。どうでしょうか」
「勘弁してくれよ。こっちはギリギリだったんだ。⋯⋯下手すりゃ、やられてたのはこっちの方だったんだぞ?」
男がうんざりとため息を吐きながら二人の翼人に詰め寄る中、森から甲高い声が響いた。
「――おい! 大丈夫か!? どこだ、レオン!!」
声が響くと同時に、再び瞳を鋭くする男たち。
その声の主――カルの声と共に数多くの足音。軽いものから、重厚な金属が擦れ合う音が、彼らの元へと近付いて来る。
「おい、レオン!! ⋯⋯あれ?」
大剣を構えながら一目散に森から飛び出してきたドワーフの少年は、間抜けな声を上げたのだ。
黒翼に囚われたレオン。そんな少年に気怠そうに、もしくは説教しているように話しかけている男。そんな状況の中、カルは男を確認すると彼に声をかけた。
「あれ? “シン“じゃねえか。こんな所で何やってんだ?」
「カルか。見てわかんだろ? ウチは子供に大人気なんだよ」
東洋風の男――シンと呼ばれた男が殺気を緩めながらカルに返すと、次は森から現れたカニスが声をかける。
「やあ、シン! 元気そうだね!」
「カニスか。元気そうじゃねぇよ。お前の情報、悉く間違ってんじゃねぇか」
「えっ!? そ、そうだったかな〜?」
「八件、タダ働きだぜ? 後でしばくからな」
「か、勘弁してよ〜!」
「――れ、レオン君!?」
最後に現れた蒼い鎧の少女――シャルが、囚われていたレオンを確認すると、悲鳴に近い声を上げた。
目を見開き、呆然とした表情。だが、目は徐々に吊り上がり、視線をシンへと移して睨みつけ、鬼神と見紛う表情で彼女は叫ぶ。
「――レオン君を、離せえぇええ!!」
凄まじい形相で大槌を構え、シンとライサへ突撃していくシャル。――次の瞬間、轟音と共に舞い上がる土煙。そんな中で、シンは叫んだ。
「おわあっ!? おいおい! バケモンが残ってんじゃねえか!!」
「――レオン君を! はなせぇええ!!!!」
「待て待て! こっちは味方じゃねーのかよ!!」
寸前の所でシンはシャルの攻撃をかわしていた。ライサは既にレオンを連れたまま空へと逃げている。
シャルは一瞬、レオンを捕らえているライサを見る。しかし届かないと悟るとすぐに目を外し、親玉を見極めたようにシンを見据えた。
「私のレオンを! 返せえぇええ!!」
「おい! なんで俺なんだよ! マジで洒落になんねえじゃねえか! ライサ!! 早くその子を離してやれ!!」
シャルの猛攻をかわし続けるシン。大槌を叩きつける音と土煙が舞う中、シンはライサへと懇願するように指示を出す。
だが、ライサから返ってきた言葉はシンの望むものではなかった。
「え? イヤ、ですけど⋯⋯」
「はあ!? イヤ、じゃねーよ!! 見てみろ!! 話が拗れてんだろうが!!」
空中で優雅に“猛獣“に追われ続けるシンを眺めながら、ライサは淑やかに溢す。
それに続いて、今度はリリィがシンに向けて、揶揄うように叫んだ。
「いくら団長でも、私たちの“戦利品“は渡さないよー!?」
「いらねーよ! 早く離せって! それに今戦利品って言ったよな? そんなんだから“賊“と間違われるんだろうが!」
「はあ!? 賊じゃないし! こんなに可愛い賊がいるかっ!」
「“印象“ってのは“行動“で決まんだよ! いくら可愛いナリしてたって、お前がやってんのは“盗賊“と変わらねぇだろ! ――おわぁ!!」
「私の! レオンを! 返せぇえ!!」
“蒼い鬼“と化したシャルの猛攻をかわし、逃げながら説教を続けていくシン。そんな彼の言葉にリリィは歯軋りをしながら頭をぐしゃぐしゃと掻き回すと、観念したようにライサに向けて言葉を続けた。
「レオンを! よくも私のレオンを!!」
「おい! マジで死んじまう! 早く離せってば!!」
「〜〜!! わかったよ! ライサ! 離してあげて!!」
「え? イヤ、ですよ?」
そんなリリィの懇願も、ライサは微笑みながら拒絶する。――未だ翼にある少年の頬を撫でながら。
「〜〜!! もう! 後でいっぱい“貸して“あげるから!!」
「ふふ。リリィ。その言葉、忘れませんからね?」
「いいから! 早く離せ!!」
「レオンを!! 返せえぇええ!!!!」
「おい! シャル団長! シン!! やめろって!! ライサ! 早くレオンを離せ〜!!」
緑に囲まれていた風景が土煙による土色と轟音で蹂躙されていく。鬼の形相で大槌を振り回すシャルに、追いかけ回されるシン。そんな中で、地上へと舞い降りる翼人の天馬騎士二人。
カルの言葉と、黒翼の抱擁から逃れたレオンが地上に解放されたのを確認したシャルは、ようやく"狂戦士"から"騎士"へと戻っていく。
ライサの翼によって柔らかく地上に下されたレオンは、身体中を羽根まみれにしたまま、困惑しながらもシンへと向けて質問した。
「⋯⋯え、えっと、あなた達は⋯⋯?」
「はあ、はあ。⋯⋯ああ。ええと、紹介が遅れたな」
シンは、肩で息をしながら刀を鞘に納め、顎で自らの団員を指し示した。
その先にいるのは、狼の貌を持つ“純徴種“の青年に、金色の鱗と尻尾を持つ“有鱗種の青年。“有翼種“の天馬騎士二人に、一際巨大な“大男“。
人数は少ないものの、一人一人が歴戦の気迫を持つその集団の印象は、恐怖よりもむしろ壮観でさえある。
そんな彼らの前に立ち、シンはレオンへと告げた。
「――俺たちは傭兵団みたいなもんだ。⋯⋯名前は無いけどな。そんで、俺はこの“動物園“の園長を務める“シン・ジャーカイ“。よろしくな? 旦那」




