2章:14-2話「レオンの敗北」
「――"大男"が、いない⋯⋯!?」
レオンは後方から戦場を見渡していた。
すでに戦いは始まり、甲高い金属音――剣を打ち合う音が森へ響き渡っている。
そんな中で視線を巡らす少年。彼がここを目指した原因の“大男“の姿がどこにも見当たらなかったのだ。
「一体、どこへ――」
「――レオン様! 危ない!!」
シルフは、そう言いながら戦場をきょろきょろと見ていたレオンを押し倒す。
同時に、何かが彼らの上を掠めたのだ。
高速で飛び回る、白と黒の影。
空中を目指すかの如く直線的な軌道を描いたと思えば、それは直角に方向を変え、自由自在に空を駆け回る。
その影は時に離れ、時に交わるかのように空に幾何学模様のような軌跡を描き、不自然な跡を空に刻んでいた。
――“白“と“黒“の羽根を振り撒きながら。
「――くっ! “天馬騎士“か⋯⋯!?」
クロラも空を舞う影に向かって矢を放つ。だが、一直線に影の行く先を目掛けて疾る矢は、なおも速度を上げた影の軌跡へとすり抜けたのだ。
(疾い!!)
クロラは、自分の弓の腕には絶対の自信を持っていた。天馬騎士程度の速さであれば、彼女は目を瞑っていても当てる自信がある。
――だが、自身の目の前にいるものは、未だ“影“としか認識出来ないほどに疾い。
それだけではない。その影は彼女が見たこともないような軌跡を空に描きながら、あり得ない方向転換を軽々と行い、空を蹂躙するように縦横無尽に駆けていたのだ。
(まさか、昨日の“翼人“か⋯⋯? でも、あんなに疾く動くなんて⋯⋯!!)
彼女は吐き捨てるように呟く。だが、時間を掛けるわけにはいかない。
――もし、この“影“が昨日の翼人であれば。狙われているのは団長であるレオンのはずであったのだ。
(くそっ!!)
クロラは自分の未熟さに歯軋りしながらも、尚も影の“いた“場所へ向けて矢を放ち続けるのだった。
「――おらおらぁ!! こっちを忘れてんじゃねーぞぉ!!」
「!! レオン様、下がって!」
体勢を立て直したレオンとシルフは、太く巨大な尾を振り回しながら彼らへと駆けていく有鱗種の青年を見据えている。
シルフは、その青年の両手に片手斧をそれぞれ握っているのを見ると、彼に手を伸ばしながら静かに口を開く。
「――精霊さん、このシルフィードの名の下に⋯⋯。彼の者を、“切り刻め“!!」
シルフが叫ぶと、金色の有鱗種を中心に、小さな“竜巻“が起こり始めた。その竜巻に舞う小さな魔力の“刃“。それは剃刀のように青年の肌を切り刻んでいく。
――はずだった。
「んんーー!! “筋肉“!!!!」
有鱗種の青年の口が裂けるように大きく開くと、そこから放たれた爆発するような“叫び声“――。
同時に彼を取り囲んでいた剃刀の舞う竜巻を、そのまま消し飛ばす。
それどころか、大地さえ震わせて森の木々にいた鳥たちは一斉に飛び立った。
衝撃を伴った轟音はシルフたちにも牙をむき、少女たちを吹き飛ばしたのだ。
地面に転がった二人は、あまりの爆音に耳を抑える。一瞬、世界の音が消えた後、訪れた甲高い耳鳴り。それが収まらないままの二人は、青年の笑い声を微かに聞いた。
「なっはっは!! 俺の“筋肉“は、全てを解決する!!」
「――!! そんな!!」
シルフは口元を手で覆い隠したまま言葉を失っていた。自分の放った“精霊魔法“が効かないどころか、叫び一つで吹き飛ばしたこの青年に。
固まってしまったままの彼女を、今度はレオンが叫びながら突き飛ばす。
「シルフ! 危ない!!」
「!! きゃあ!!」
「――むん!!!!」
巨大な影――レオンの二倍以上はあると思われるその大男は、その巨躯と同じ程巨大な“大斧“を彼らへ向けて振り下ろす。
地面に届いた瞬間に訪れる、地を揺らす轟音と土煙。その一振りは、大地を軽々と両断したのだ。
+
「――レオン!!」
「おっと、余所見してる場合かよ?」
「くっ!!」
ルナは、東洋風の男と打ち合いながらレオンたちの様子を見た。
だが、それを見逃す程、この男は甘くない。
彼女の喉元を狙う、神速の突き。――それをすんでの所でかわしたルナは、東洋風の男と距離を取った。
「邪魔、です⋯⋯! さっさと、決着をつけましょう」
「へえ? いいね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうか」
ルナは、眉間に力を込めながら大太刀の切先を男へと向ける。
――霞の構え。
それを見た男は地面を蹴り、ルナへと駆け出していった。
「――『秘剣・風花』!!」
彼女が大太刀を振るった瞬間、空に舞う風花のような“斬撃“。
それはルナを中心とした円形状に広がり、その内側を容赦なく切り刻む。
「――おっと!」
だが、男はその“円“に入る前、ギリギリ外側で踏みとどまった。
彼の目の前に飛んできた葉が細かく刻まれる。
「妙な剣を使うな⋯⋯!」
そう溢しながらも、彼は手に持った刀を地面に突き刺し、土を掴むように彼女目掛けて投げつけた。
――目潰し。彼女の美しい貌を砂が覆う。思わず目を瞑ってしまったルナに、男の声が届く。
「その長い獲物じゃ、近くは振りづれーだろ?」
「!!」
男は、ルナの一瞬の隙を見逃さず、彼女の超至近距離まで飛び込んでいたのだ。
彼女は大太刀を振り下ろす。――が、男はルナの腕を下から押さえつけ、動きを止めた。男は空いた左手で腰からもう一本、脇差を抜き、その切先を喉元へと突き立てる。
ルナは両手を封じられたまま、突きを繰り出す男を蹴り飛ばす。その衝撃で宙を舞うその男は空中で身を翻し、意にも返さない様子で地面へと着地する。
「へえ、やるんで」
「⋯⋯くそ」
男は感心したように刀を肩に担ぐ。ルナは唇を噛みながら苛立ちを吐き捨てた。
再度、大太刀を握り締める。
男は彼女の様子に少し口角を上げると、再び懐へと飛び込んでいった――。
「――ルナ!?」
ノエルは、狼男と剣を打ち合っている。彼はその鼻先が地面に擦れるのではないか、という程低い体勢でノエルに斬撃を繰り出し続けていた。
まるで地面を滑るように高速で動くその影は、両手にナイフを構え、正確にノエルの死角へと潜り込み、急所をあえて外した一撃を打ち込んでいる。
彼女もその攻撃のあまりの低さに、自らの光剣を受ける事にしか使えず、攻撃も出来ない状況に困惑していた。
「低いよっ! もうっ!!」
「集中が、欠けているな。⋯⋯今際の際だぞ?」
「――っ!!」
狼男は、そのあまりの速さで四方から同時に攻撃するように、ノエルへと牙を剥いていたのだ。
+
――土煙が晴れて、姿を現す巨人。
褐色の全身。瞳孔の見当たらない白い目。褪せた白髪を逆立たせた、“鬼“のような大男。
その男は、レオンの身体よりも太い腕に握られた大斧を、再度彼らに向けて放つ。
「――っ!!」
再び響わたる轟音と土煙。だが、レオンとシルフはいつの間にか移動していたのだ。
――“赤い糸“によって。
「ヒルダ!?」
「下がってなさい⋯⋯!」
ヒルダはレオンに言い放ち、大男と向き合う。
「おらあぁあああ!!」
「っ!! レオン様! 下がって!!」
彼らの元へ駆けてきた金色の青年は、両手の斧を打ち込む。
シルフはそれを防ぐように空気の壁――精霊による“風の盾“を発生させていた。
だが、有鱗種の青年がその盾に向かって二本の斧を叩きつけると、風の盾はガラスが割れるような音を立てて、その圧倒的な膂力に屈服するようにひび割れ、霧散した。
「きゃあ!!」
「シルフ!!」
青年の一撃に、レオンの足元まで吹き飛んだシルフ。彼女はぐったりとしており、全く動かない。
レオンの心臓は早鐘を鳴らしていた。
完全な劣勢。
陣形など意味もなく、全ての対応が後手に回る。
指揮など意味をなさない、完璧な壊滅状態。
「――ぐっ!!」
「ひ、ヒルダ!!」
「⋯⋯問題、ないわ。任せなさい⋯⋯!!」
そして、ヒルダもまたレオンの所まで後退する。
――大男の体には、何本もの千切れた"紅い糸"が風に揺られていた。
(まずい! まずい、まずい、まずい!!)
少年の目には涙が浮かんでいた。圧倒的な危機に。少女たちを失う恐怖に。
少年は、慢心していたのだ。“彼女たちとなら、何とかなる“、と。
「く、くっそぉ!!」
レオンは指先に魔力を込める。魔法陣を描き、少女たちを助けるために。
「――ぐあぁああ!!」
だが、全身を走る激痛が、少年の抵抗を許さない。
地面に膝を突くレオン。少年は、大男と金色の青年に向き合うヒルダの背中を見ることしか出来なかった。
「っ!!」
身体と視界を塞ぐ、柔らかな"羽毛"の感触。
それと同時に、少年の視界は暗闇に包まれてしまったのだった。
+
「――そこまでです」
戦場に響き渡る、淑やかな美声。
未だ戦い続けていた者たちは、その全員が声の主へと視線を上げた。
「「「――!!」」」
彼らの視界に入ったのは、黒い“天馬“に跨る、同じく“巨大な黒い翼“を持つ少女。そして、
その翼に囚われた、レオンの姿であった。
「全員、武器を置きなさい。⋯⋯私も、この少年に傷を付けたくはないので」
そう言い放った黒翼の少女は、手に持った槍先をレオンの喉元へと突き立てている。
「あっ、ライサ! ずるーい!!」
「リリィ。⋯⋯ふふ。役得ですね」
そして、同じように白い“天馬“に跨る、白い翼を持つ少女が黒翼の少女へ声をかけた。
満足そうなライサはその視線をリリィから地上へ移し、激しい形相でこちらを睨む赤髪の少女――ヒルダを見ながら、静かに告げた。
「ご自身の実力を発揮するのに、夢中になりすぎです。戦いの中で、自分の指揮官に目を向けないとは⋯⋯。“慢心“、していますよ?」
「――!!」
ヒルダは、その美しい唇から血を流していた。
自ら、噛み切っていたのだ。
――からん、からん、と。
戦場に響き渡る、甲高い金属音。
少女たちは、皆一斉に武器を捨てていく。
「おい、フォルク。しっかり見張っとけよ?」
「⋯⋯わかった」
「さてと――」
東洋風の男は刀を肩に担いだまま、レオンを捉えたライサの元へと歩いていった。
欠伸をしながらですら、全く隙のない足取りで。
「――騎士サマに命を狙われるような事はしてねーはずなんだが⋯⋯。俺に何の用だ?」
その男は、静かに告げるのであった。




