2章:14-1話「恐竜と純徴種」
「――ここもいねーじゃねえか! どうなってんだ! クソッタレ!」
屋敷の中で、椅子や机に当たり散らしながら大暴れする金髪赤目の青年。
彼が腕を振るう度に、辺りのものは容易く粉々になっていく。
筋骨隆々。並外れて大きいわけではないが、引き絞られたその体躯は動くたびにミシッ、と音がする程の圧倒的な質量の筋肉がぎっしりと詰まっている。
――だが、その青年の特徴はそれだけではない。
肩や腕を覆う、髪と同じ金の鱗。口元から頬に掛けて走る傷跡。そして、彼の臀部から伸びる、大きく太い尻尾に、"縦"に伸びた凶悪な瞳孔。
――“獣人・有鱗種“。
“恐竜“の特徴を持つ青年は、その腕や尾を振り回して、文字通り恐竜のように屋敷の中で暴れ狂っていた。
「⋯⋯物に当たるな、“ベケット“。時間の無駄だ」
“ベケット“と呼ばれた有鱗種の青年を、"狼の貌"を持つ青年は短く諌めた。
――狼男の“純徴種“。
狼そのものの顔と尾、それに近い手足を持つその種は、有徴種と比べ物にならない程の動物の"徴"を持っており、身体能力もその姿に違わず高い。
獣の"徴"そのものを持つ純徴種の彼は、様々な人種がいるアエテルナ大陸でも、かなり珍しい人種であった。
「でもよぉ。これで何件目だ!? えーっと⋯⋯。やべえ、指が足んねぇ」
「――馬鹿言うな、ベケット。お前の指は何本なんだよ。これで“八件目“だ。二本余るだろ?」
「!! ほんとだ! すげぇ! さすがは“団長“だぜ、“シン“!!」
「へえへえ、どうも。⋯⋯なあ、"フォルク"。そろそろ数え方をあいつに知ってもらいてぇんだが、いい方法はあるか?」
「⋯⋯諦めろ、シン。俺が何年、ベケットに教えたと思ってるんだ」
「じゃあ賊の指でもくっつけて、本数を増やしてもらうか。その方が話が早そうだ」
「⋯⋯シン。ベケットに足りないのは、指では無く頭だ」
"フォルク"と呼ばれた狼男の青年と、軽口を叩き合う“シン“と呼ばれた黒髪の青年。
彼は話しながらも屋敷の扉を開けた。――瞬間、潮風を受けてバサバサと音を立てる、彼の異国風の装束。
――布を直線的に縫い合わせただけの、簡素な東洋の衣服。この国では見慣れない、前を紐だけで合わせた、着流しのような独特な衣服。
筒のように広い袖が風をはらみ鳥の翼のようにはためくその装束は、東の国では“ジンベエ“と呼ばれている。
東洋風の男は退屈そうに欠伸をしながら、腰に差した“刀“の柄をカチリと鳴らして狼の貌の青年――"フォルク"に向かって続けた。
「――だがまあ、いい加減飽きてきたぜ。情報も間違ってるし、そろそろ“アイツ“には反省してもらわねぇとかな?」
「⋯⋯他の者たちも、相変わらずだそうだ。やはり、本隊は本土側ではなく、あの“半島“にいるのではないか?」
「つったってなぁ。こっちをほっぽって半島に攻め込んだって、砦の戦力が残ってりゃ背中から挟み撃ちだ。汚ねえサンドの出来上がり、ってな」
「やはり、今出来るのは、対処療法のみ、か」
「しんどいねぇ、先に進まねえってのは。⋯⋯まあ、退屈してるよか、いいか」
シンとフォルクが話しながら屋敷の外に出る。――そして、シンが森の方角を見て、小さく呟いた。
「――お客さんが、来たみてぇだしな」
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「――強そうだ」
レオンたちはシャルたちから離れ、彼らの小騎士団のみで行動していた。
――エリザとミーナを残し、レオンと五人の少女のみで、隠れて抜け出したのだ。
そんな彼らは屋敷近くの森。青臭いその木々に身を隠しながら、屋敷から出てきた者たちの様子を伺っている。
「レオン! すごい! よく見つけたね!」
「の、ノエル、しっ! ⋯⋯バレちゃうよ」
「っ!!」
レオンに諌められ、ハッとして自分の口を自分の手で塞ぐノエル。
「中々の手だれですね。隙が全くありません」
「そうだね、シルフ。みんなも、油断しないで」
少年の言葉に、五人の団員たちは皆一様に神経を尖らせていた。
(――大丈夫。きっと。魔法が使えなくたって、頭と口は動くんだ。みんなを正しく指揮して、必ず一緒に帰るんだ⋯⋯!)
レオンは一人策を巡らせていた。黒髪の青年と、狼男のやり取りを盗み見ながら。
――彼らは、なんと言うか、気軽なやり取りをしていそうであった。軽口を叩き合っているような、どこか気の抜けたような雰囲気で。
しかし、そんな緩さの中でも攻め込む隙は見当たらない。
下手に飛び込めば、こちらがやられる。飛び道具でさえ、彼らにはきっと当たらない。そんな予感が、レオンの背筋を伝う。
――経験値が違う。
そんな事を思わされるような歴戦の傭兵の雰囲気が、彼らにはあったのだ。
少年は、この緊張に冷や汗を一つ流した。
永遠にも思える緊張。彼らの、もしくはこちらの一挙手一投足で全てが一瞬にして決着する。
潮風が葉を揺らす音すら消え去る。そんな、張り詰めた空気。
レオンの頬を流れていた一筋の汗は顎まで届き、やがて自重に耐えきれなくなったように顎からポトリ、と水滴が落ちる。
――ぽた、と。それが地面に弾けた瞬間。
こちらに気付いたように黒髪の青年はレオンを見たのだ。
「――!!」
レオンが反応し、指示を出す――前に、ルナとノエルが彼らに向かって駆け出す。
「――! 二人とも! 待って――」
レオンの叫びが追い付かない程の速度で、二人は彼らへ向かって突っ込んでいき――ガキン、という金属音が森に響き渡った。
「――へえ、えらい別嬪さんが来たもんだな」
「――!!」
黒髪の青年はルナの斬撃を刀で受け止めていた。
それどころか、軽口を叩く余裕さえあったのだ。
そして、ノエルも狼男――フォルクへと光剣を打ち込むが、彼はそれを二本の短刀で受け止めていた。
「――! そんな!」
「大振りすぎる。甘いな」
狼男はそう溢すとノエルの光剣を受け流し、バランスを崩させる。
そのままよろけるノエルを見下すように睨み付けながら距離を取った。――戦い慣れた、慎重な判断であった。




