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【第1章完結】落ちこぼれ騎士の「花嫁騎士団《ブライド・ナイツ》」  作者: 茶毛
2章

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2章:13話「焦燥」


 ――レオンの誘拐未遂の翌日。

 

 澄み切った朝の空気を吐き出す、フィデリアの西に広がる深い森。

 

 その静寂を破ったのは、雷鳴の如き轟音と、続いて舞い上がった土煙だった。


 

「――って、敵だ! しゅうげき――!!」



 森に響き渡る、野太い男の声。――だが、その男は言葉を言い切る前に吹き飛ばされる。

 

 ――飛んできた、賊の身体によって。


 彼らは突如として現れた"蒼い鎧の騎士"たちの攻撃を受けていたのだ。


 

 本来であれば視界の悪い森の中での戦闘は、地の利を持つ賊側に分があるはずであった。

 木々の影から奇襲し、罠にかけ、混乱に乗じて狩る。それが彼らの定石のはずであったのだ。

 

 ――だが、その定石は、たった一人の少女の“暴力“によって、根底から覆される。

 


「――さあ、行こうか、みんな。⋯⋯怪我、しないようにね?」

 


 土煙の中から悠々と現れたのは、身の丈ほどもある巨大な大槌をまるで小枝のように軽々と片手で担いだシャルであった。


 

 可憐な少女と、無骨で巨大な鉄塊。そして、彼女の後ろから続々と姿を現す、シャルと同じ大楯や大槌、長槍を手に持った、蒼い鎧に身を包んだ少女たち。

 その不釣り合いな光景に、待ち伏せていた賊達は一瞬呆気に取られる。

 

 ――だが、彼らが次に見たのは、その鉄塊が恐るべき速度で薙ぎ払われる瞬間であった。

 


 ゴォン! と空気が破裂する音と共に、前衛にいた賊の大男たちが、まるで枯葉のように空を舞い、森の奥へと吹き飛ばされていく。

 大木はへし折れ、悲鳴すら上げる暇もなく敵陣が粉砕されていった。


 

「ひ、ひぃぃっ!? な、なんだ、この女!?」

 

「ば、化け物かよ!? 囲め! 数で押し潰せ!!」

 


 恐慌状態に陥った賊達は、半ばヤケクソのように叫びながら、シャル一人を囲むように殺到していく。

 だが、彼らはついに彼女を包囲すること無く、元いた場所に弾き返された。

 あるいは、宙で串刺しとなる。

 

 ――なぜなら、突如、シャルの後ろから巨大な“蒼い壁“が出現したからだ。

 

 その壁――蒼穹の盾(アズール・シルト)の団員たちは、横二列に並んでいた。

 一糸乱れぬ隊列を組みながら、少女たちの上背より遥かに長い槍を正面に構え、動く城壁のように賊を追い立てていく。

 

 ――向かってくるものは長槍の餌食になり、逃げるものは投擲された槍の餌食になる。

 

 賊の放つ矢はその大楯に軽々と防がれ、苦し紛れに投げた斧ですら全く歯が立たずに、無力な金属音を立てて虚しく地に落ちていった。

 


 ――ザッ、ザッ、ザッ、と。まるで一つの生命体のように揺るがない群体の足音は、賊の命の終わりを刻むかのように、確かに彼らの耳まで届いていた。


 

「う、うわあぁぁっ!! た、助けてくれぇ!!」

 

「やめてくれぇっ! い、命だけはぁ!!」

 


 情けない悲鳴、命乞いが戦場に響く。

 賊達は口々に声を上げるが、その言葉ですら弾き返すように蒼い壁は動じない。


 蒼穹の盾(アズール・シルト)の少女たちは、その愛らしい貌を氷のように凍てつかせ、蟻のように無感情で進み続ける。

 ――たとえ、地に横たわる賊の死体があろうと、それすら踏み潰して、進んでいく。

 

 戦場に響く叫び声は一つ、また一つと静かに、しかし確実に消えていった。


 

 やがて、残る一つの声。その声の主は他の男達に比べて、少し豪華な鎧を身に付けている。

 ――この賊のリーダーのような男だった。

 

 腰を抜かし、後退りながらも逃げていたその男。

 とうとう大木にすら阻まれ、自然にすら追い詰められた男に、シャルは冷たく告げた。


 

「さて、質問。⋯⋯他の拠点はどこ?」

 

「たっ、助けてくれ! 命だけは!! お願いします!!」

「僕の言っている事、わからないのかな。⋯⋯人の言葉、話せる?」

 

「お⋯⋯お願いします⋯⋯! もう死にたくない! 命だけは――」


 

 ――ぐしゃ、という生々しい音と共に、撒き散らされる鉄の臭い。

 一瞬男の言葉が途切れる。シャルがその大槌で、男の足を潰したのだ。

 

 その惨状――先程まで足“だった“ものをゆっくりと確認した男は、やがて溢れるように涙を流しながら、大声で喚き叫んだ。

 


「っ!! ああああああああ!!!!!!」

 

「――さて、もう一度聞くね。他の拠点は?」

「ああああ⋯⋯!! し、しら、ない⋯⋯!! 知らないんだ!!」

「足、もう一本、残っているね⋯⋯。いらないのかな?」

 


 シャルは、彼の残った足を指差しながら、その可憐な口から出てきたとは思えない程、淡々とした様子で告げる。

 

 ――逆らったら死ぬ。殺される。彼女の気分次第で、彼の運命は決まる。

 そう感じさせるほどにシャルは、男にとっての絶対的な死そのものと化していた。


 

「本当! 本当なんだ!! お頭の指示で! ここに! いろって!!」

 

「へえ? お頭ね⋯⋯。どんな人?」

「うう⋯⋯!! お、大男⋯⋯。俺たちより、はるかにデカい、鬼のような大男だ!!」

「どこにいるのかな⋯⋯?」

「知らない⋯⋯、知らないんだ! お頭は、いつでも急に現れて、急に消える! まるで“幽霊“みたいに!!」


 

 シャルの表情は全く変わらない。深い水底のように光を失った瞳は、男を“人“として認識していない。

 彼女にとっては、ただの言葉を喋る肉塊。男を見る眼差しは、たったそれだけの認識であった。

 

 男に対して一切の関心を持たずに、彼女は心底呆れた声音でなおも続ける。

 


「その汚い口から、御伽話なんて聞きたくないんだけどな?」

「本当なんだ! 信じてくれ!! 信じてくれよ!!」

「わかったよ。じゃあ、最後の質問をするね⋯⋯?」

「⋯⋯あ、ああ⋯⋯、ああ⋯⋯!!」


 

 彼女は、はあ、とため息を一つ零すと、安堵の表情を浮かべた男に向かって、最期の言葉を告げた。

 


「――攫った女の子たち。⋯⋯“どうだった“?」

 

「⋯⋯⋯⋯え?」

 


 ――瞬間、ずしゃ、という湿った音と暴風の二つと共に、男の首から上が消失し、永遠の沈黙が訪れる。

 

 シャルが、その手に持つ大槌で、男の顔を横薙ぎに叩き潰したのだ。

 まるで熟れた果実が弾けるように、紅い飛沫が森の緑を汚していく。

 ――同時に広がる、先程とは比べ物にならない赫の臭い。

 

 静寂に包まれる朝の森。深緑の香りに僅かに混じる潮の匂い。

 にも関わらず、真紅に染まった大地からは嫌という程、鉄の芳香が充満していた。


 その中で、シャルは一人空を見上げる。


 ――彼女は見逃さなかったのだ。質問を受けた男の、わずかに緩んだ口元。


 かつての被害者を思い出し、一瞬でも嗜虐的な快楽に浸ろうとしたその卑しい笑みを。



 +



「⋯⋯すごい」

 


 レオンは、シャル率いる蒼穹の盾(アズール・シルト)の殲滅力を目の当たりにすると、目を見開いて口が塞がらなくなった。


 ドン・アルクの指示通り西から攻めていた蒼穹の盾(アズール・シルト)とレオンたち。

 最初の拠点を一つ潰し、次の拠点へと向かう道中で起こった遭遇戦。

 ――そのどちらも蒼穹の盾(アズール・シルト)のみで殲滅してしまった。

 

 後方で戦況を見守るしかなかった少年は、その圧倒的な蹂躙劇を前に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかったのだ。

 

 ――洗練された集団戦術。そして、敵を何の感情もなく“処理“する覚悟。

 それが少年にあるかと言われれば、答えるのは難しいだろう。

 


 返り血一つ浴びていないシャルは、懐からハンカチを取り出して大槌を丁寧に拭っていた。

 そんな彼女の元へカルとカニスが近付き、次の拠点の位置を再度確認している。

 

 ――彼らのその背中には、一切の迷いも隙もない。


 

「これが、本物の騎士団と、傭兵の戦い方⋯⋯」


 

 レオンは、溢すように呟くと、シャルの背中を見ながら今朝の事を思い出していた。



 『――許せないね。レオン君を狙うなんて』



 レオンは、先日大浴場で襲われてしまった事をシャルたちに報告した。

 

 それを聞いた彼女は、普段の優しげな様子からは想像もつかないほど目を吊り上げたのだ。

 声音は穏やかなものであったが、わずがに語気が強い。

 


 『――レオン君の団員さんたち。君たちは、決してレオン君から目を離さないで。敵は、僕が討つ』

 

 『任せて!! 私たち、“さいきょー“だから!!』

 

 『ふふ。頼むよ。⋯⋯これ以上、彼に何かあったら、僕は怒りを隠せないからね』

 

 『それは、ルナたちも同じです』

 

 『任せろ! レオンには指一本触れさせねえよ!』

 『そうそう! 俺たち、警戒は得意だからね〜!』



 そして、ノエルやルナ。他の団員たちも、その目を険しくしていたのだ。


 ――結果として、レオンの周りには常に円を作るように少女たちが囲んでいた。

 大きな影と甘い匂いに包まれていた少年は、その"檻"から出ることは出来なくなっていたのだ。

 

 そして、いざ戦闘が始まれば、その円はさらに小さくなる。

 

 またも“守られるだけ“になってしまったレオンは、自分を囲う少女たちの隙間から敵の気配を探すしかなかったのだ。


 

「⋯⋯あの、みんな」

「なぁに? レオン」

「僕は、大丈夫だよ。だから――」

 

「駄目ですよ、レオン様。敵は、空を飛んでくるものもいるのでしょう? もしここで攫われてしまったら、追いつくのに時間がかかってしまいます」

 

「そうだよぉ〜? 居場所はシルフが分かるからいいとして。時間がかかればかかるほど、レオンさまが危ういんだから!」

 

「⋯⋯そうかも、しれない。だけど――」

 


 ――ただ守られているだけでは、今までと何も変わらない。勇気を出して、フィデリアまで来た意味がない。


 レオンは、焦燥感に駆られていた。

 

 ――フィデリアへ向かう途中。大浴場で襲われた時。そして、今現在。

 

 団長としての資質はおろか、何の役にも立っていない今の自分の状況。

 彼は、そんな状況を打開しようと、その“眼“を凝らそうと魔力を込める。

 


「――っ!」


 

 ――が、それすら満足に出来ない。

 

 魔導管(エーテル・ライン)と、ヒビが残る“右眼“の痛み。

 少年は思わず右眼を押さえるが、それに耐えながら魔力を込めたおかげで戦場だった森の奥、木々の隙間から一つの屋敷を見つけた。

 


 ――そこから出てくる、明らかに“洗練された“魔力の塊を。


 

「あれは⋯⋯!」


 

 激戦が続くであろう森の奥。海沿いと思われる崖の上に立つ古びた屋敷から、影が続々と出てくるのを、レオンは見たのだ。



 一つは、異国の衣装に身を包んだ、長い黒髪を一本に纏めた青年。


 一つは、人の形を保ちながらも、その頭部には獰猛な“狼“の貌をした“獣人(ルプス)“ 。



 ――そして、最後の一つ。二つの影の二倍の大きさはあるのではないかという、褐色の肌をした大男。



「⋯⋯みんな、僕についてきて」


 

 レオンは、自らを囲む少女たちに向けて囁いた。どうしたの? と聞いてくる少女に向けて、いいから、と、促しながら。


 

 (⋯⋯僕だって、できる、はずだ。魔法が使えなくたって、指揮はできる⋯⋯!)


 

「⋯⋯役に、立たなきゃ⋯⋯!」


 

 レオンは、彼女たちに聞こえないほど小さく零しながら、彼女たちを連れて“屋敷“へと歩みを進めるのだった。


  

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