2章:8-2話「親の七光」
門の上部に天秤のレリーフがついた巨大な正門の前は、入街を待つ行商人の馬車や冒険者達で長蛇の列ができていた。
厳しい検問が行われているのか、列は遅々として進まず、街に入る頃には日が暮れてしまうことは確実であった。
「⋯⋯すごい列だね。それに、あれは⋯⋯。天秤?」
「ああ、門の上のアレか。ここは“自由への秤門“って言って、ここに入るものは皆、この“公正な秤“で平等に測られるって話だ」
「なるほど。入国の検査、みたいな感じなのかな⋯⋯?」
「それだけじゃない。ここでは基本的に“何を売ろうが自由“だからな。都市にやべーもんが入ってこないように、一応の調査はするのさ」
「なるほど。じゃあ、僕たちもここで待たないといけないのか⋯⋯」
「んな訳あるか。ここに並んでたら年が明けちまうよ。俺について来い!」
カルはそう言って馬車列の先頭に立ち、馬の速度を緩める事なく列の横を堂々と通り抜けていく。――当然、列に並んでいた男達から野次が飛ぶ。
「おいコラ、ガキ! 割り込みすんじゃねえぞ!」
「クソチビ! 順番を守りやがれ!!」
「誰がガキでチビだ! 街に入りてえなら、口の利き方に気をつけろ!」
罵声に時折応戦しながらも、カルは門を守る衛兵の前に馬を止める。
槍を構える衛兵達。――だが、カルの顔を見た瞬間にサッと青ざめていく。
「――よお、ご苦労さん。⋯⋯その槍、俺に向けてんのか?」
「か、カルッパ坊ちゃん!? お、お帰りなさいませ!!」
衛兵は慌てて直立不動の姿勢を取り、カルに向けて敬礼をする。
――その声を聞いた周囲の衛兵達も、一斉に作業を中断してカルに向けて頭を下げていた。
「おう。⋯⋯騎士様を連れて来てやったぜ? 通していいよな?」
「はっ! もちろんであります! 総員、道を開けろ! カルッパ様とその御一行のお通りだ!」
衛兵隊長と思わしき男の号令で、閉ざされていた中央の大きな門が、重厚な音を立てて開かれる。
「お、おい⋯⋯、嘘だろ⋯⋯?」
「⋯⋯マジかよ。カルッパって、確か"青きクジラ"の⋯⋯?」
先程までカルに罵声を浴びせていた男達は皆一様に顔を青くし、口を噤んで道を開けていた。
人によっては、荷台の影に隠れ、ガタガタと震えている者さえいる。
堂々とした様子でその門を潜るカルとレオン達の馬車。その中で、レオンは感心したようにカルに声をかけた。
「カルって、フィデリアの偉い人だったんだね⋯⋯」
「⋯⋯親の七光だよ。すげえのは俺の親父であって、俺じゃねえ」
感心したレオンをよそに、カルは自嘲するように返し、手綱をギュッと握りしめた。
――その声にはいつもの元気は無く、どこか寂しそうな表情を浮かべている。
「だとしても、誰もがあんなに堂々とできないよ。少なくとも、僕には無理だ」
「⋯⋯ほめてくれてんなら、ありがとな。同情だったら、しばくからな?」
「丁度、半々くらいかな⋯⋯?」
「⋯⋯よし、後で覚えておけよ?」
そんなレオンの軽口に、カルは少し表情を緩ませながら返した。声色は、少し元に戻ったようであった。
そのまま馬車は、誰にも止められる事なく堂々とフィデリアの街中へと滑り込んでいく。
街の中は、外の列の喧騒とはまた違う、活気ある声が馬車の中まで響き渡っていた。
頑丈そうな石造りの建物がひしめき合い、道ゆく人々の服装も多種多様だ。
肌を大きく露出した踊り子のような格好の女性から、異国の布を巻いた商人。そして――
「――わぁっ!! レオン!! 見て見て!!」
後ろの馬車から、興奮したノエルの声が喧騒をかき分けてレオンの元まで届いた。
レオンが馬車から顔を出して後ろの馬車を確認すると、そこには馬車から身を乗り出しすぎて、今にも落ちそうなノエルの姿が見える。
「犬さんがいる! 猫さんも! あっちには熊さんもいるよ!! すごい!!」
ノエルの視線の先には、頭に犬や猫の耳を生やした者や、毛皮で覆われた者――“セリアス・ファーレ“と称される有徴種の姿が至る所に行き交っていた。
彼らはレオン達には持たない、獣の"徴"――耳や尻尾をぴょこぴょこと動かし、または音を立てながら屋台を回ったり、露店で営業をしていた。
聖都や騎士学校では珍しい彼らが、ここでは無徴種である彼ら――メンティよりも数多く存在していた。
「すごい。本当に、沢山の、ファーレ達がいる⋯⋯」
騎士学校を出発する前はノエルに特に注意していたレオンだった。
だが、この光景を目にすると流石に彼もそれを忘れてしまう程に感動的な光景だったのだ。
場所によっては、迫害されてしまうこともあるファーレ達が、ここでは当たり前のように生活している。
――だが、そんな感傷に浸るまもなく、馬車が停止した。
嫌な予感がするレオン。
彼はすぐに後ろの馬車を見た。彼の予感は当たってしまったようで、馬車からノエルが我慢できずに飛び出してしまったのだ。
「こら! ノエル! 勝手に飛び出して行くな!」
「だって! あそこに“天使“がいるんだよ!! 触らせてもらおっと!!」
「ちょっと! ノエル! 止まって!」
御者台からのエリザの制止と、レオンの叫びを振り切って、ノエルが一目散に駆けていく。
急いで馬車を降りたレオンは、ノエルを追いかけるために走り出した。
――ノエルが向かった先。雑踏の中でそこだけ空気が澄んでいるかのような場所に、二人の少女がいた。
太陽を反射する新雪のように純白な翼を持つ少女と、全てを飲み込む夜闇のような、艶のある漆黒の翼を持つ背の高い少女。
まるで神話や天界から抜け出してきたかのような"天使"達は――その手に油の滴る串焼きを握り、油を口元につけて頬張りながら歩いていた。




