2章:閑話3-2「捕食するものされるもの」
「ねえ、レオン! このお肉、すっごく美味しいね!」
「そう? よかった。蒼穹の盾のみんなに、お礼を言わないとね」
うん! と、ノエルはレオンの言葉に元気よく頷いた。
――彼女の口元は、肉の欠片と油でベシャベシャになっている。それをレオンはハンカチで拭いてあげていた。
レオン達は、先ほど打ち取ったアイアンボアの肉に齧り付いていた。討伐した魔獣達は蒼穹の盾の団員が手際よく解体し、食べられる部位は下処理を丁寧に行なっているのか臭みは全く無い。
輪切りにされて豪快に網焼きされたそれは、赤身と脂身がバランスよく入ったステーキとなり、少し傷をつけただけで柔らかく切る事ができ、断面からは肉汁が溢れ出す逸品となっていた。
「はい、これ。これはレオン君の分だね」
「⋯⋯あ、ありがとう、ございます」
シャルはそう言いながら、レオンにステーキの乗った皿を手渡しする。
――レオンの小さな口に収まるサイズにカットされたそれは、味覚の無いレオンでも思わず喉を鳴らしてしまう程美味しそうに見えたようだ。
「レオン君のは、僕の“隠し味入り“だよ? しっかり、味わって食べて欲しいな?」
「⋯⋯ありがとう、ございます」
シャルはレオンに熱っぽい視線を向けながら告げた。その声音にも、どこか熱を帯びている。
そんな様子を、レオンの小騎士団の団員達は、恨めしげに睨め付けていた。その様子に気付いたレオンは、肩を強張らせ、小さくなりながらも一口にカットされたステーキを口に運ぶ。
――彼の口の中に広がる、さらっとした肉汁と油。弾力はあるがしっかりと噛み切れる程柔らかい肉。
(⋯⋯味がわかるのなら、この口の中で広がる全てのものはとても美味しいんだろうな。)
小動物のように口をもごもごしているレオンは、そんな事を思いながら食事を続ける。
そんな彼に、シャルが声をかけた。
「どう? 美味しい?」
上目遣いでレオンに聞くシャル。
――その深い蒼穹の瞳は、どこか不安そうにレオンを見つめていた。
そんな彼女の様子を知ってか、レオンは少し恥ずかしそうに笑みを浮かべながら、シャルに返答する。
「はい。とっても、美味しいです!」
「⋯⋯そう。⋯⋯よかった」
レオンの返答に、歯切れが悪そうに返すシャル。
その眼差しがどこか悲しく、憐れむような目であった事には、そこにいる誰もが気付かなかった。
「スケベ。⋯⋯ずるいです。ルナも、レオンにルナの“特別“を味わって欲しいです」
「あら、いいですね♡ それでは、レオン様には“た〜んと“召し上がって頂きましょうか♡」
「此方が、“召し上がる“の、間違いではなくて?」
「ぐへへへ♡ クロラは、どっちでもいけますよぉ〜? ぐへへ♡」
「あ! ずるーい! ノエルも食べる!」
「不埒だぞ、レオン。自制しろ」
「⋯⋯今の、僕が悪いのかなぁ?」
口々に獲物を狙うような目つきになるレオンの団員達。そして、彼を睨むエリザに、居心地の悪そうに返答するレオン。
徐々に熱を帯びてくる彼女達を抑えるために、レオンは話題を逸らすように切り出す。
「――そういえば、ノエルとルナの剣技には、名前があったんだね?」
先の戦いで、レオンはノエルとルナが叫ぶのを聞いていた。何度か彼女達の剣技を見たことはあったが、名前を聞いたのは彼は初めてだった。
(魔法剣に、風花。⋯⋯とってもカッコいいな!)
少し興奮しながら質問するレオンに、ノエルとルナは嬉しそうに答える。
「あ! あれね! そうだよー! レオンの真似して、私も叫んでみたの!!」
「⋯⋯? 僕の、真似⋯⋯?」
「はい。先の“俗物“との戦いで、レオンが魔法の名を叫んでいたので、ルナも真似しました。お揃いです」
「⋯⋯!!」
「レオンみたいに叫ぶと、力が“どーん!“ってなるかんじで、すっごいんだよ!?」
満面の笑みで話すノエルと、眉一つ動かさないながらも、“ドヤ“という雰囲気を出すルナ。二人の声音も、とても嬉しそうだった。
反面、レオンはというと、顔を真っ赤にして目を伏せる。彼は自分の魔法に付けた名前を天才と思っていたが、こうやって晒されるのは流石に恥ずかしいようだ。
そんなレオンの様子を知らずに、ミーナは快活な声で追撃してくる。
「あ! 私もレオン団長の魔法の名前、知りたいです!」
「⋯⋯え?」
「へぇ〜? 僕も、聞きたいな?」
「⋯⋯い、いや」
「そんなに、いい名前なのか? レオンの魔法って」
「⋯⋯そ、それなりに⋯⋯」
ミーナに加えて、シャルとカルも参戦してくる。
ミーナとカルは興味津々、といった様子で身を乗り出し、シャルは揶揄うような嗜虐的な笑みを浮かべて言い放つ。
あうあうと口をもごもごさせているレオンの様子を見ながら、エリザは助け舟を出すように切り出す。
「みんな、その辺にしておけ。⋯⋯我らが団長の“カッコいい言葉リスト“なら、こいつの腰のポーチに入っているはずだ」
「⋯⋯!!!!」
エリザは、やれやれと言った様子で言い放った。
彼女の肩が震え、口角が僅かに上がっていた事に気付いたのはレオンだけだった。
「⋯⋯え、エリザ! よ、よくも――」
「みんな! 捕まえて!!」
レオンがエリザに迫るよりも早く、シャルの号令でそこにいた殆どの人間はレオンに飛びつく。
――ヒルダに両腕を吊り上げられ、バタバタと振る両足はクロラが掴む。ルナとノエルは彼の腰を弄り続け、シルフとシャルに至ってはレオンの両脇をくすぐっていた。
「あはははは!! いや!! やめて!! 離して!! 助けて!!」
大笑いしながらも、四肢を掴まれもがくことしかできないレオンは、ルナとノエルが腰のポーチから一冊の手帳を取り出すことを阻止できなかった。
「あ! あったー!! 見ちゃお見ちゃお!!」
「どれどれ。⋯⋯すみません、ルナは字が読めませんでした」
「どれ、見せてみろ。私が読んでやる」
「あはっははは!! ひぃ! くるしい!! かっ返して!! あはははは!!」
笑い続け、涙が出てくるレオン。
そんな様子をよそに、ルナから手帳を渡され、内容を確認するエリザ。
「⋯⋯ええと、“炎“の章? ⋯⋯“フラメン“、“エルズ“、“グルート“⋯⋯矢印で、これが一番かっこいい、と⋯⋯」
「「「見せて見せて!!」」」
「いやああははは!!!! み、見ないで! よまないでぇ⋯⋯!! あはっあははは⋯⋯!!」
――レオンは、自分の黒歴史が載っている手帳を、拘束されてくすぐられる中で朗読されるという“拷問“を突如として受ける事になってしまったのだった。
+
「酷い目にあった⋯⋯」
レオンが壮絶な“拷問“を受け、自らの尊厳をズタボロにされた後、満面の笑みを浮かべた少女達は満足したように寝るまでの穏やかな時間を過ごす事になった。
彼にとって唯一の救いだったのは、カルの存在だ。
レオンの手帳に刻まれた文言を読まれる度に、『おお! カッケェー!!』と目を輝かせて感想をレオンに伝えていたのだ。
――笑い過ぎて息ができない状態のレオンに、それが伝わったのかはわからないが。
そんなレオンは、体を濡れたタオルで拭き上げた後、焚き火をぼーっと見ながら座っていたのだった。
「よお、レオン。体、拭き終わったのか?」
「⋯⋯カル。うん、今は少しぼーっとしていただけ」
「隣、いいか?」
「うん、どうぞ」
そんなレオンの元に、体を拭き上げたカルがやってくる。
彼は先程話していたのと同じように、長椅子にちょこんと腰掛けた。体を拭いたばかりなのか、彼の肌には艶があった。
カルは、最初に話していた様子や先程の“朗読会“の時とはまた様子が違い、どこか落ち着きのない雰囲気で、なぜかソワソワしていた。
そんなカルの様子を不思議そうに眺めながら、レオンは口を開く。
「⋯⋯? カル? どうかしたの?」
「あ、ああ! いや、その。なんていうか⋯⋯」
歯切れの悪い様子で、カルは返答する。怪訝そうなレオンをよそに、カルは僅かに顔を紅潮させて、決心したように口を開いた。
「お前、あの女達と一緒に暮らしてるんだよな⋯⋯?」
「⋯⋯? そうだけど⋯⋯。それが、どうかしたの?」
「もしかして。もしかしてだけど⋯⋯。もう⋯⋯、一緒に“寝た“のか⋯⋯?」
カルは、相変わらず歯切れが悪そうにレオンに切り出してくる。
話を聞いたレオンは、その“意味“を知らないまま、平然とした様子で答えた。
「⋯⋯うん。寝てるよ?」
「っ!! まっ、マジか! お前!! マジか!! だっ、誰とだ!?」
年頃の少年らしく興奮するカル。
意味がわかっていないレオンは、なぜこんな事を聞くのだろう? と思いながらも先程と同じ様子で返答する。
「誰って⋯⋯。⋯⋯みんなと」
「はあ!? マジか!? あの女達と!? 全員か!?」
「あ、いや。全員じゃないか⋯⋯。エリザと、ミーナは別だよ?」
「いや、待て! それでも五人いるじゃねえか!!」
「うん⋯⋯。五人、だね⋯⋯」
「マジ、かよ⋯⋯」
カルは絶句していた。その眼差しは、若干の畏怖と敬意に満ち溢れているようであった。
「毎日、一人ずつでも、五日か⋯⋯」
「いや⋯⋯毎日、あの五人は来るよ⋯⋯?」
「はあぁっ!? 嘘だろ!? そんな小さい体でか!?」
「⋯⋯? まあ、僕の体でも身動きは取れないくらい狭いけどね」
「そりゃ、そーだろうな⋯⋯」
「鍵をかけても、毎日、どこからか入ってくるんだ。不思議だよ⋯⋯」
「――今の話、もっと詳しく聞きたいな⋯⋯?」
突如、後ろから穏やかな、優しい声をかけられて、ビクッとするレオンとカル。
しかし、レオンは動けなかった。彼の小さい両肩には、すべすべとした綺麗な手が乗っていたからだ。
――だが、その綺麗さとは裏腹に、万力の如き力が入っており、レオンは立ち上がることは出来ない。
レオンはそのまま、首だけを動かして振り返る。まるで“ギギギ“と音がするようなぎこちなさだった。
振り返るとそこにいたのは、色素の薄い水色の髪の、深い蒼穹の瞳を持った美しい少女だった。
――そのはずなのに、その身に纏うオーラは酷く不気味で、邪悪なものだった。
「シャル、団長⋯⋯?」
「⋯⋯団長は、いらないよ?」
レオンは寒気がした。恐ろしい空気、今すぐにでも逃げなさなければ、命に関わる、生命最大の危機。
そのはずなのに、彼の両肩にある手が、それを許さない。
シャルは、身動き一つ取れないレオンの耳元に顔をよせ、唇が耳に触れそうなほどの超至近距離で囁くように告げる。
「レオン君。今日は、僕と一緒に寝よっか。僕だけ仲間ハズレじゃ、可哀想だよね?」
「⋯⋯! ま、待ってください! それは、ダメです!」
レオンはそう言いながら、首だけを動かしてカルへ助けを求めようとした。
――だが、レオンの正面には、空っぽの長椅子があるのみで、そこには誰もいなかった。
「⋯⋯!! カル! カル!! くそ! 逃げやがったな!!」
「レオン君。僕との“お話“は、まだ終わってないよ?」
風が草原の草花を揺らし、焚き火の音がパチパチと燃え上がる中。
この状況をなんとかしようと、レオンはシャルに何度も説明をするのであった。




