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3:恋の季節の幕開けは自らの手で


「聖女に偶然お会いしたのはブラッツ卿だけですの?」

「殿下が先に。

『木から落ちるのを抱きとめたのが聖女』という運命的な出会いをされておいででした」

「まぁ!まるで物語のようね!

 けれど殿下自らが手を差し出されたとなれば卿は減俸ものね」

「ブラッツ達を離したのは私だ、軽率だったと反省している」


新学期が始まる休暇中で人が少ないとは言え、無人ではない。

アーデルヘルム自身が武術を修め自衛出来るとしても護衛を遠ざけるのは無謀だ。

それを分からない方でも無いだろうに。

ギーゼラは溜息をつかざるを得ない。


「殿下のご予定が漏れているのではなくて?」

「それについての精査は少々お待ちください。

 まぁ、どうやら聖女は寮にも入るようで、その為に数日前から学院に出入りしていたそうです」


先程ギーゼラが垣間見てからそう時間は経っていない筈だが、既にブラッツ卿達も不審に思い常駐講師などからの情報を集めていたようだ。

迅速に責務をこなす姿を見せても殿下から命じられたとはいえ離れた不備は消えないが。


因みに、聖女が養子として縁組したヘッセン男爵家は王都に居を構えている。

それでも毎日通学するとなると結構な時間がかかる立地なのはギーゼラも知っていた。


間もなく休暇が明け新学期が始まるこの時期には、聖女と同じように地方から寮入り準備を進めている者も多いのは事実である。

そして彼らは、校舎への立ち入りは禁じられているが東屋などがある庭園の散策は許可されているので、出会う可能性が低いとはいえ皆無と言い切れないのも事実。


(それにしても寮住まいにするとは、随分気を回すことだ)


昨年夏の終わりに王都入りを果たした聖女は、大聖堂で魔法技術を修めんと多くの時間を費やしていた。

聞いたところでは、後見となる男爵家との交流を取る機会を与える際には過保護にも、ギーゼラの兄エカードが付き添いをしていたそうだし、今後も必要以上に接触させるつもりは無いのだろう。


折角、聖女という崇高な者との縁を得たヘッセン男爵が少し気の毒にも思うが、都度教会でも名の知れたエカードが屋敷に赴くのを喜んでいるとも聞いている。

神秘的な面立ちと外面のせいか、妹ギーゼラとしては苦々しくも、事実エカードは信奉者が多い。


「そして偶々散策中に木の上で降りれなくなっていた子猫を見つけ、救助しようと木に登り」

「彼女自身も降りれなくなったところ私が差し掛かった、と」

「成程、だから()()と。

 それで為人は如何様です?」

「この訳が分からない猫の件を流すとは」

「殿下、ギーゼラ嬢は我々と表情筋の出来が違うのです」

「私だって哄笑する場を選びます」

「場を選び損なったな、公爵家に私が行けば良かった」


脱線し始めた会話を正すようギーゼラが一つ小さな咳をすると、対面する男二人が背を伸ばした。

慣れからか何かとダラダラ長く話がちになるのを締めなければまたいつまでも帰れない。

ギーゼラは早く、主人公の為に身を賭し窮地に陥った小さな精霊が助かるかどうかを、読み途中の小説の先を知りたいのだ。


「見た目は小動物」

「子猫だけに?」

「ン゛ッ…、良く言えば無邪気か?

 エカードは技術だけでなく礼節も多少仕込んだと聞いていたが」


ちらりと伺い見る黄金の瞳に、ギーゼラはにべもなく答える。


「どうやらお兄様は大聖堂内での礼儀を優先させたようですわ」

「その皺寄せが妹に向かうと分かっているのか?」

「あら、お兄様に限ってそんな失態を許すわけがございません」

「どう見るブラッツ」

「私は殿下程の気安さを彼女から向けられることがありませんでしたし、装備からかでしょうか些か警戒されていましたね」


どちらかと言えば彼の面立ちは軟派であるのに警戒された印象を得るとは珍しい。

ギーゼラが目を瞬かせる間に、聖女とのやり取りを思い出すように語る護衛の男を、呆れた顔でアーデルヘルムが見上げる。


「それはお前が怖い顔していたからだろう」

「俺が目を離した隙にああもなれば顔も険しくなる」


諫めるように言葉を崩し厳しい顔をしたブラッツの姿に、叱られた側は光の速さで両手を上げた。


「悪かった!思っていたよりも重かったんだ!」

「これは物語には載せられない声だわ」

「物語にしなくていい!」

「何にせよ帯剣に気付く目端があるのだから、殿下の身形にも思うところはあった筈」


学院の制服姿ならまだしも、今日は休暇中だからか殿下はその地位に見合った服装をしている。

それにも関わらず、無邪気と評され気安さを傍から見受けられる態度とは。

礼節を仕込んだと聞いていたアーデルヘルムからしたら違和感を覚えるだろう。

兄エカードと密に手紙でやり取りをしていたギーゼラにとってもそれは同じだ。


ふと、兄が聖女と顔を合わせて暫くの様子について語っていたのをギーゼラは思い出し口を開く。


「――聖女と初めて対面した時、お兄様は溌剌とした少女だと感じたそうです」


兄エカードの挨拶よりも数倍大きな声と、全身で喜びを示すような態度。

相槌も返事も歯切れよく、そしてはしゃぐように盛大な声は顰蹙を帯びた視線を周囲から向けられているにも関わらず変わる事がなかったため、静謐な大聖堂では特に目立ったそうだ。


「しかし日を重ねると反抗的な様子が見受けられた、と」


初めは慣れない環境での学びや魔力の消費に、多少心身が荒んだのかと兄は思ったそうだ。

ツンとして見せるのは教育担当のエカードだけに対してだけで、他の者や養子先のヘッセン男爵に対しては終始穏やかにいっそ淑やかに接していたという。


「ただ冬の社交にお兄様が出るため、教育日の間隔が開き始めると今度は甘え始めたようで」


兄エカードはともすれば冷たく見える玲瓏な姿形だが人当たりは穏やかだ。

だからこそ、慣れれば頼れる存在だと聖女も理解したのかもしれないし、四六時中一緒だった年上が離れるということが寂しかったのかもしれない。

まぁ甘えたところでそれで兄が教育の手を緩めるかどうかはさておき。


「つまり、多少暮らしに慣れて生来の性格が出てきたと?」

「教育の際は終始真面目に受けておりますし、覚えも良いと。

 それに社交から戻ったお兄様の見立てでは及第点だったと報告がありました」

「んー…学院の空気で緩んだか。

 聖女にとって本当の意味で肩の力を抜く事が出来る家は、遠いしな」

「夏を過ぎれば里帰りも許されるでしょう」

「そうだな」


ふと緩んだ空気はどこか寂し気で、はてとギーゼラが小首を傾げる。

その深い青の瞳から逃げるようにアーデルヘルムは視線を逸らし、傍らの書面へ手を伸ばした。


「これが新学期の組み分けだ」

「拝見いたします」


差し出された紙を引き寄せ目を通す。

国史や儀礼、基礎経済を学ぶ主教室の組み分けは、聖女――エミリア・ヘッセン――とギーゼラは同じだ。

ヴィヴィカやレイチェルが昨年は同じ組だったから今年もと思っていたのに、二人は別教室なのは非常に残念だがそう采配するのも無理はない。


正式な任命が済む前とは言え、聖女の肩書を持つ教会権威の少女が平穏に過ごすためには貴族の、それも公爵家という高位の協力が必須だろう。


「選択講義はいかがなさいます?」

「魔法理論と実践は私が付く」

「お言葉に甘えてよろしくて?では家政、薬学はこちらで差配いたします」

「助かる」

「此方こそ」


履修済みの講義を態々選ぶ気概を見せられれば、任せた方が良いだろう。

それに知識や技術、属性数に関してみればアーデルヘルムの方が圧倒的にギーゼラよりも適任だ。

兄が語る聖女の本物の力というのが如何なるものか気にはなるし、野次馬でもすれば良いかと然程気負いもせずに王太子に仕事を任せる。


(家政はヴィヴィカ、薬学はレイチェルに協力を仰ぐべきね。

 新学期が始まれば巻き込んでも受けてくれるでしょうし)


耳の早い二人なら聖女の入学についても知っているだろうに、先日の茶会で話題に上がらなかった。

恐らく、彼女たちには殿下から聖女の補佐について指示が出ていないのだろう。

今頃戦々恐々としてどうか自分に回されませんように!と天に祈ってるかもしれない。


「ギーゼラ嬢は今年も馬術を取るのか?」

「ええ!勿論!」


ふと向けられた言葉に、思案を手放しパッと顔を上げた。

脳裏に広がる初夏の遠乗りや可愛らしい馬との触れ合いへの期待からか、自然とギーゼラの口元が綻ぶ。

かと思えば楽しそうなギーゼラの表情が一転し、急に眉間に皺を寄せてみせた。


「馬で思い出しましたわ。

 新しい鞍を手配したのですが、お兄様がしてくれてやがりましてね…!私消化不良なの!」

「何がだ、何された」


急転直下な様相に慌てるでも制止するでもなく、鷹揚な態度で笑いながらアーデルヘルムが先を促す。


「一人用の鞍だったのを途中で手を入れて、勝手に二人用の鞍で発注しやがりましたの!

 信じられない!だから今年の春はいっつもお兄様が一緒だったのよ!?

 一人で乗ればいいのに!一人で乗ればいいのに!!」

「鞍を新調するって話していたの、社交入ってすぐだったろ?

 気付くのが遅すぎるんじゃないのかギーゼラ嬢」

「その社交で確認が疎かになっていたのは認めます。

 でもね、でもよ!?私の一人用鞍もちゃんと作らせているのだから小癪なのよ!

 そりゃ進捗は順調って報告が来るわよね?!気付くわけないじゃない!」

「アッハッハッハッハ!」

「あくまでも、ただ二人用の鞍を先に作らせたってところがエカードらしいなぁ」

「そうなのよ!小っ憎たらしい!」

「あー…ダメだここで話すのはダメだ、私ばかりが大笑いするのは卑怯だ」


心待ちにしていた鞍を見た時のギーゼラの表情や、エカードの満面のしたり顔が目に浮かぶのか、未だに笑いを燻ぶらせながらアーデルヘルムが頭を振ってどうにか思考を散らそうとしていた。

一息ついたのか、近日の予定を把握しているブラッツを見やるが、彼は残念そうに首を振る。


「暫くお時間は取れませんよ」

「なら先に予定を入れてしまうだけだ。ギーゼラ嬢、鞍はいつ頃届く?」


視線を向けられたギーゼラは少し思案した間の後に口を開いた。


「新学期が始まった後でしょうね」

「ではその頃に遠乗りに誘おう」

「楽しみにしております」


そっと手にしていた書面を戻せば、その他はおいおい打ち合わせてゆく腹積もりなのだろう。

退出の礼をとっても引き留められる事は無かった。


学院内の公爵家用に整えさせた控室へ戻れば楽しみにしていた読書の続きをしようと思っていたのだが、学院に留まる方がなんだか落ち着かないと腰を下ろすこともなく早々に帰宅へと足を向けた。



雑踏を背景に、車輪の刻む規則的な音がギーゼラの思考を深く沈めてゆく。


(今日も言われなかった)


去年の夏のあの日からずっと考え、構えているが未だに彼は口にしない。

それが邪推に邪推を呼び、深々と青い瞳の奥に淀みが積もる。


冬の社交に同伴した時や今日のように話している時は、不思議と頭の中から消えているのだ。

気負わずとも、あの真摯な美しい黄金が、その瞳に自分が映っていると良く分かるから。

けれどこうして一人で思案する場があると一度は頭を過るものが、煩わしくて仕方が無い。


いっそ自ら聞いてしまおうかと、何度思った事だろう。

それなのに、ただの一度も、彼を目の前にして思い出すことは無かった。

若年の健忘なのかと自らを嘲笑うのもきっとあと少しだろう。

似た立場に立つ聡い彼女らならまず思う筈だ。


(そうしたら、一緒に笑い合える人が居れば、別に)


抱え込み続けているのが性に合わないだけと、軽く自分の胸を叩いて息を吐く。

視線を感じ、心配気なイーダへゆったりと笑みを浮かべてみせた。


よくよく仕えてくれる彼女ならば今日のように、一人乗り用の鞍が既に届いている事実など微塵も面に見せず、主の意思を尊重して動いてくれると分かっている。

ただ、こればかりはギーゼラ本人の心が決まらなければどうしようもない。


「他人に決めてもらおうだなんて、私らしくないわね」

「夕食のメニューは料理長が決めておりますよ」

「ふふ、そうね、いつも素晴らしいわ」

「お伝えしておきます」


凛と目礼をする侍女は、弱音を吐いた主にも優しい。

得意な者に任せたとしても充足は得られると、言外に言われてしまえば気も少し楽になった。


もうすぐ屋敷に着く。

何故なら、いつの間にか雑踏は消えていた。


「イーダ」

「はい」


「私、これから恋をするわ」


心を決めてしまえば、あとは動くだけだ。



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