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閑話:影が薄いが殿下

影の薄くなってしまったへたれ殿下の苦労過去話。


 それはギーゼラが5歳を迎え、やっと王城で開催される年頃の子女茶会にも招く事が出来始めた頃だった。

アーデルヘルムはいつものようにまずはギーゼラ達と時間を過ごすも、主催側なのだからと城の者にせっつかれつつ来客のテーブルを回り、同じくらいの年周りの少年少女達と歓談をしていた際、ふと一人の少女が呟くのを聞き留めた。


「アーデルヘルム殿下はいつもあの子と一緒ですのね、ずるいわ」


彼女のその言葉を受け、分かりますと頷き言葉を続ける子もいれば、顔を青くするものも居た。

言われた当の本人は誰の事を言っているのか良く分からなった。


「失礼、あの子とは?」

「銀の妖精姫の事ですよ、殿下」

「…噂に疎くて恥ずかしいが、教えてくれるかい?」


問われた令息が驚いたように視線を外へ向けた。

その視線の先には兄と一緒に好みの菓子を見つけたのであろう、淑女の仮面を着けつつも浮かれている様子を見せているギーゼラの姿があった。


「銀の妖精姫、ギーゼラ・シュタット公爵令嬢の事ですよ、そうでしょう?」

「本当にご兄妹が揃うと幻想に迷い込んだよう」

「ええ、いつもお兄様のエカード様にべったり」


正しくは兄のエカードがべったりなのだが、先程から見る者によって感じるものは違うのだなとアーデルヘルムはしみじみ思いながら、その視線を不満気に眉を寄せる少女へ戻した。


「ギィ…ギーゼラ嬢は、兄のエカードも含めて小さい頃からの知り合いですから」

「それでももうこの茶会に出られるのですもの、殿下もエカード様も過保護ですわ」

「過保護」


知らなかった、とアーデルヘルムは黄金の瞳を瞬かせた。


「一緒に居たくて居るのをキミは過保護と呼ぶのか」

「あ、あの子の今後の為を思えばですわ」

「今後…成程、今後の事か」


何となく気まずくなった空気を変えようと、他の少女が最近流行った本の話題を振った。

ギーゼラと読んだ本だったのでアーデルヘルムも内容は既知であり、受け答えについては十分付いていけたが、頭の中でずっと考えていたことがあった。


それを見透かしたように、茶会の終わり際、ランハルトが近づいて来た。


「殿下、あの受け答えは不味い」

「どれの事?」

「ギーゼラ嬢に対して過保護だと言われたやつ」


ああ、と思い出したように瞬くアーデルヘルムにランハルトが肩を落とす。


「ああ…なぁランハルト、僕たちは過保護なのか?」

「その裏の真意を汲み取れないと痛い目見るぞ…エカード様に相談しよう」

「あの子は一緒に居たいと思ってくれる人がいなくて、僕らが羨ましいって事だろう?」

「変に図太いのは何なんだほんとお前…」


きょとんと首を傾げるアーデルヘルムを辟易とした仕草で見やりつつ、今度の公爵家で、と言葉を残してランハルトは去って行った。

既にギーゼラもエカードも会場には居ない。

去り際に、『また明日ね、アー…アーデルヘルム殿下』と、愛称で呼び合うのを誤魔化そうと口元をもにょもにょさせて堪えていたギーゼラが可愛かった。

早く明日になれば、それを指摘して笑い合えるのになとアーデルヘルムは思った。


そして翌日、やはり公爵家で出迎えたギーゼラはいつも通り元気で明るかった。

お茶会で着飾った彼女も可愛らしいが、見慣れた姿の方がアーデルヘルムはほっとした。

庭を駆け回りどこからか拾った手頃な枝を振り回し、転んでは鼻に土をつけその髪に葉を乗せては「今すっごい転び方したわ私!見てた?見てたアーディ!」と、泣き出すよりも先に笑い出す。


彼女がのびのびしているのを見ると心がほわほわと羽で撫でられるような心地がする。

それはアーデルヘルムだけでなく、エカードやブラッツも同じに見えた。

でも最近、公爵家で偶に顔を合わせるようになったランハルトはそうではないようだ。


今日はレーヴァクーゼン侯爵閣下も来ていて、今はブラッツとギーゼラに剣を教えていた。

小さな身体が滅茶苦茶に特製の木剣を振り回しては身体を持っていかれてる。

転んでも元気いっぱいにぴょこぴょこ跳ねる銀髪が別の生き物みたいだった。


それを眺めているアーデルヘルムの隣に、そっとランハルトが近づく。


「殿下、先日の茶会のお話をエカード様に」

「今?」

「あのお転婆が離れている今しかありません」

「分かった…ねぇエカード」


傍らでのんびりと、一枚の絵画のような姿をとるエカードに声を掛けるも返事がない。

そっとその袖を引くも彼はアーデルヘルムに目もくれない。


「ねぇ、エカードってば」

「人の喜びの時間を邪魔するとはどういう了見だ」

「お耳に入れておくべき事かと愚考しました、エカード様」


さっとランハルトが目礼を見せる。

同じ公爵家の嫡男であるはずなのだが、ランハルトは最初からエカードには下手に出ている。

アーデルヘルムの見知らぬところで上下関係を決する何かがあったようだ。


「それで?何?」

「この前の茶会で他の子に、僕らがギィばかり構うのは過保護だって言われた」

「ふーーん、それ聞いてキミはどう感じた訳、アーデルヘルム」

「羨ましいって素直に言えばいいのに」

「出直して来いクソガキが」

「エカード様」


身も蓋もなく一刀両断し会話を終了させようとする年上に、ランハルトが縋る。

それを一瞥して、彼は溜息を零した。


「はぁー、ランハルト、キミこんな事で手を焼いてやるの?」

「先を考えておりますので」

「キミの頭の出来の一割でもこのガキにあれば楽なのになぁ」


ぼやき、エカードはさっさと戻した視線をギーゼラから外さないものの、表情を少し歪めた。


「よく聞け一度しか言わないぞアーデルヘルム。

 ランハルトが僕に伝えたって事は、その羨望はギィに向けられる刃になり得るって事だ」

「ギィに、何故」

「お前が王子だからだよ。

 この屋敷ではそんな扱いしてないから忘れられるかもしれないけど、忘れてはならないんだ。

 自分家の茶会だからって気を抜きすぎなんだよ馬鹿」

「私が王子だから、一緒に居るギィが、羨ましがられて危ない」

「それはギーゼラ嬢だけではありませんよ、殿下。

 如何なる淑女が隣に立とうと、貴方の唯一愛する人は羨望の眼差しを受けざるを得ない」


静かにランハルトが諭す言葉が、難しくて、アーデルヘルムは黙って静かに考える。

ギーゼラじゃなくても、誰であっても、自分の隣に誰かを立たせることは特別な事なのだと。

それを茶会であろうと公の前で匂わすだけで、そわ立つのが周囲であると。


「ギィに危ない目にあって欲しくない」

「それは僕だって当たり前だ、だからキミは今後ウチに来るな」

「それは嫌だ!何故そうなる!」

「ギィに何かあってからじゃ遅いんだぞ、キミが我慢して離れれば良いだけだろ」

「でも…そしたら、ギィは、泣く」


ぎゅっと唇を噛み締め、服の裾を握りしめた。

一緒に居たいのはアーデルヘルムだけじゃない、ギーゼラだってだ。

何時だって二人は一緒に遊んで、一緒に笑って、時に喧嘩もするけど、ずっと隣に居るのだ。

これからだって隣に居たいのだ。


「誰かのために我慢することも時には大事だって分かってる。

 好きなお菓子だって、ギィのためなら我慢できる」

「良い心掛けだ」

「でもそれは、ギィが笑ってくれるから私は我慢できるんだ。

 ギィが泣くかもしれないと思って、我慢するのは違う」

「…エカード様」

「はぁー…まぁここで手懐けておくのも、アリっちゃアリなんだが」


エカードが盛大な溜息と共に空を仰いだ。

それに目敏く気付いたのは、悲しいかなギーゼラだった。


「お兄様どうなさったの?どうしてギィを見てくれていないの?!」

「あーーーーーーっごめんねごめんねギィ!一瞬でも目を離してしまったお兄様はいけない子だ!」

「お兄様はいけない子じゃないわ、ギィが…寂しかっただけよ」


駆け寄り兄の肩へ顔を埋め、か細い声で兄を責めたい訳じゃないのだと弁解する。


「ん゛っ寂しい思いをさせてしまってごめんねギィ、お兄様と仲直りしよう」

「お兄様に許してもらいたいから後で私のお菓子をあげるわ」

「何て優しい子なんだ、じゃあお兄様のをキミにあげよう」

「交換こね!」


はしゃぐギーゼラを伴い彼は先程の空気は幻だったのではと思うほど、穏やかな空気で席の整えられたテーブルへと向かっていった。

残された話途中のアーデルヘルムを気の毒そうにランハルトが見やる。


「ギィが全然こっち見てくれなかった…」

「…はぁ、どうします?一緒に居たいのは殿下だけみたいですよ?」


アーデルヘルムは俯き、きゅっと唇を噛み締めた。

おや泣くかな?とランハルトが覗き込むと、その黄金はしっかりと輝きを帯びていた。


「それでもギィが危ない目に合うのも、ギィと一緒に居られないのも、私が嫌だ」

「では?」

「改めてエカードに話を聞く。

 私を手懐けるつもりなら、何かしら策があるみたいだから」

「自ら飛び込みますか」

「エカードなら、ギィが傷つくことは絶対にしない」


その信頼も、し過ぎてはいけないものなのだがなとランハルトは心の中でぼやきつつも、確かにエカードが手綱を取る方が無難である事は分かっていたのでそれ以上は言わなかった。


こうして決意を秘めた幼い少年はエカードの助言の元、茶会で不躾を働いた家について調べ、またその家の動向を見張る事について父やランハルトの父、宰相に相談を行った。

また、茶会に赴く際は誰と話し、どんな情報を得るか事前に計画し、その立案書の共有もした。


これに慣れて来た頃、アーデルヘルムはそっと餌を撒いた。

上昇志向の強い家に怪しい商家が近づきやすいようにしてやったのだ。


時に、ある魔物の毛皮が貴族の間で流行っていた。

その毛皮を格安で卸す商家にまんまと乗せられ、彼の貴族は自分の周りに毛皮を渡し始めた。

しかしこの魔物の毛皮だが、なめす際に特殊で煩雑な工程が必要となるのだが、まぁその怪しい商家はそこを手抜きして格安を生み出すという手法をとっていたのだ。

故に、十分な処置が行われなかった毛皮に触れた者たちの肌は爛れ、膿と熱を持ち彼らを苛んだ。


この事は治癒にあたった教会側も勿論知る事となり、怪しい商家ともども貴族は罪を問われ世間からの非難を浴びる事となった。


十にも満たない彼がこうした策をものともせず選ぶ悪辣な性分を持っていたというより、密かに、気付かぬ間に、徐々に周囲から与え育てられたものであろう。

誰にとは言わないが、まぁランハルトが良い笑顔で良く働いた事は確かだ。


数年を掛けてゆっくりと邪魔な家を黙らせ、絞り、アーデルヘルムは目の前から音もなく消して見せた。

それだけで十分な成果だろうと胸を張っていたら、あの男の要求は更に上だった。


「まぁ掃除は及第点かな、でもそれだけじゃギィと一緒に居させらんないよ」

「嫌だ!!私はギィと一緒に居たい!これからも、ずっと!彼女の隣は私だけだ!!」


もうこの頃既にアーデルヘルムはギーゼラだけを求めた。

当たり前だ、誰の為にこんな地道な厭味ったらしい策を張り続けて来たと思っている。

公爵家で遊びギーゼラと共に過ごす時だけが癒しだった、力を得るために通った。

エカードへの報告はついでだ、ついで。


「僕を退かそうっていうのかい?!はーーん?!いい度胸だ!やれるもんならやってみな??!」

「エカードはギィと結婚出来ないじゃないか!私はギィと結婚出来る!」

「言うに事欠いてそれを口にするかぁ!?貴様そこに直れ!!!肢体を捥いで砂に撒いてやる!!」

「エカード、流石にそこまでしたらお前でも治せないだろ、落ち着け」


ブラッツが止めたからアーデルヘルムは今生きていると思う、切実に。

あの時のエカードは本気だった。


「いつかギィだって誰かを求める、その時に私以上に彼女を守れる男が居るか?!」

「ちょっとばかしの成果でイキりやがってクソガキぃ…」

「それに、私だったら婚約者候補として彼女を囲い守る事が出来る!

 複数人の内の一人だったら、彼女が槍玉にあげられないように調整しやすい筈だ!!」

「なんだよただの腑抜けじゃん」

「悪いかっ!!私はまだ…力が足りない!今思いつくのはこれが、最大限なんだ!!」


婚約者候補として挙がれば、他の令嬢だってその可能性を見て積極的に振る舞おう。

如何にギーゼラが地位と美貌、素質を備えていようが競い合いは起きる。

それは本人達だけでなくそれぞれの家も同じだ。

上手く嵌れば、相当な目晦ましになるだろう。


「根性なし過ぎて哀れになってきた」

「私が王子だと、あの日言い含めて教えてくれたのはエカードだろう」

「はぁ…キミは僕を信じすぎだろうに」

「ギィの事に関しては勿論だけど、幼馴染だからな」

「分かったよ、わーかった!殿下がギィを婚約者候補として挙げる意思があるのを父に話しておく」


アーデルヘルムの視界がぱっと開けた。

エカードがギーゼラに関する事を公爵に話を通すとは、つまりほぼほぼ決まったも同然だ。

公爵家にとっても悪い話ではないのだ、寧ろ蹴飛ばそうとしていたエカードが特異なのだが。


「あくまで、婚約者()()だからな。

 それに当初の目的を失するようならそれこそ万事を以て貴様を処断する」

「勿論だとも」


こうしてアーデルヘルムはやっとの思いで想い人の傍らで過ごす事を、過保護とは呼ばせぬに至った。

しかし彼女に幼馴染以上の感情を持ってもらうにはご存じの通り肝を冷やす事となる。



アーデルヘルムはエカード講師によるギーゼラの伴侶英才教育を受講しております。

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