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閑話:バカップルの出待ち

14話、扉の外で待つ二人。


 ふとブラッツが視線を向けると、気配を抑えてランハルトが此方へ歩いて来た。

彼は無言のまま扉を守る二人に視線を投げるも口は開かない。

ただ、不躾に室内をちらりと覗き込む。


そして当然のように一度頷くと、踵を返してその場から立ち去った。


(全て、ランハルトの計画通り、か)


急遽呼び出されたギーゼラが、人払いをされる事を強く拒んだ。

此処に居てと、望むあの瞳の色合いが、何度も何度もブラッツを苛む。


彼女が求めたのは幼馴染としての自分。


そうはっきりと分かるくらい、彼女を見て来たのだ。

その目を覗き込み、何度も慰めてきたのだ。

嫌でも分かる、分かってしまう、勘違いなどできやしない。


縋る幼い手を取る事はせず男は、逸るアーデルヘルムを窘めるくらいしか出来なかった。

せめて怯えさせてやるなと、咎めるのもお門違いなのだろうに。

野暮はなのは自分だ。

外野は黙ってるべきだ。


じっと男は扉の横で、正面の壁を見つめ息を潜めた。

すすり泣く弱弱しい気配に拳が軋むも、それは時期に溶け消えたのに気付く。


知っているよ。

彼女が泣けば男三人がおたついて、どうしたらその心を掬い上げられるだろうかと、いつだって周りを取り囲んだ。

ブラッツだけじゃないのだ、彼女を慰めてきたのは。


眼を閉じたくとも、閉じてはならない。

それが今、彼が近衛服に身を包んでいるためなのか、心に思考を持ってかれないためなのか。


「ブラッツ卿」


涼やかな声が隣から細く彼の鼓膜を叩く。

目線は寄越せなかったが、彼女はそれで構わないのか言葉を続けた。


「お嬢様が城にあがる際に付く侍女の選定は如何程進んでますか?」

「…これからだとは思うが、目星は以前より」

「勿論私も捻じ込んで下さるでしょう」

「それはギーゼラも望むだろうから、ありがたいが…良いのか?」


ギーゼラと常に行動を共にしてきた侍女イーダも年頃だ。

そろそろ身を固める準備をするのではないのか、とブラッツがほのめかすのを彼女は華麗に無視して首を縦に振った。


「私の幸せはお嬢様の傍でこそ得られますから」

「見事だよ、流石だ」


お互い、主を頂く者同士。

イーダのそのまっすぐな献身は、ブラッツには心地良くも眩しく思えた。

何度も自分がその狭間で揺蕩った覚えがあるからこそ、彼女の芯の強さが羨ましい。


「そこでご相談なのですが、ブラッツ卿」

「何か?私で出来る事なら助力しましょう」

「貴方、そういうところ」


幾つになっても本当に迂闊です、とイーダが零す言葉にブラッツが視線だけを寄越す。

彼女は未だ真っすぐに壁を見ていた。


「お嬢様を支えるにあたって私も結婚しようと考えております。

 ブラッツ卿、どうか私を貰ってくださる?」

「………………」

「だから迂闊だと言ったじゃない」

「…すまない」


緩慢な動きでブラッツは視線を壁に戻した。

幼少期から公爵家に出入りしていたブラッツからすれば、侍女のイーダも十分に為人を知る人物だ。

だから、そんな気配をしてこなかった彼女からの提案が予想外で、言葉に詰まった。


「エカード坊ちゃまの目晦ましは、お嬢様に限った事ではありませんよ」

「いや、それは俺の頑なさもあってだろう…」

「よく分かってらっしゃる」


自分の見目が異性から好ましく思われる事も理解はしていた。

ただ、それが目に留まらぬ程、ギーゼラばかり見ていたのも事実。


「お嬢様に心許してもらおうと、一生懸命言葉を真似て返すあなた。

 その健気さを可愛らしいと思っていましたよ」


ふと、隣から微笑む気配に息を呑んだ。

あの夏の日、廊下で久々におどけて見せた事をからかっているのだろう。

少しでも距離を縮められたらと柄でもなく、久々に幼い時分に戻った態度を見せたのがいけなかった。

何でこうもシュタット公爵家の人間は人の恥を抉るのが上手いのだ。


「貴方の心がどちらを向いているのかは存じ上げていますので、ご安心を」


急に心が変えられないのは分かっていると、イーダは言う。

ブラッツも良く分かる。

彼自身、ずっと、人に言われたって変えられなかったのだから。


最初は本当に妹分だった。

弟分のアーデルヘルムが先に彼女に好意を抱き、それを守るように画策を始めたのを、そこまでやるものなのかと半ば呆れながらも応援した。

同じ年頃のエカードは、そんな殿下の働きを「及第点か」と辛く評価しつつも、婚約者候補に最愛の妹の名を挙げる事を許した。


美しく愛らしいとは言え、わざわざ鉄壁に守られたギーゼラを求めるアーデルヘルムの気が知れない。

ブラッツはどこか仕方のない手のかかる弟を見守る心地だった。


しかしどうしたものだろうか。

騎士団の訓練が始まり、毎日から数日置き、更に週に一度、下手すればひと月は公爵家への訪問時期が開いた。

幼馴染達との気安い時間が厭わしくなった訳じゃない、会いたく無かった訳じゃない。


ふと会う度に、彼女がぐっと、綺麗に思えて、惑った。


怖かったのだ。

ずっとあれが傍にあるのが当たり前だったから、同年代の騎士見習いたちと見比べてしまった。

その身体の細さ、柔らかさ、愛らしさ、香しさ。

淑女ぶればツンと尖る気配が、自分の言葉で破顔し笑みを撒き散らす。


男所帯に居たのに少女に惑わなかったのは、ただ自分が幼かっただけだ。

改めて違う世界に出てこそ、あの楽園の奥底で輝く華を、美しい水面を想う。

エカードが表に出したがらず淑女の仮面も冷ややかなものを選んだのも納得だ。

アーデルヘルムが早々に彼女を他所へやらないように囲わんとしたのも遅まきながら理解した。


それでもいつか、分かっていたように親友は言った。


『恋に後も先もありゃしない。

 自分の遅速と意気地の無さの言い訳にしたいならすりゃいいさ』


先にアーデルヘルムが彼女を想っていたのだから、あとから好きになった自分には求める権利がない。

何処かでそう思っていたのは確かだ。

そしてそれを言い訳にしながらも、未練たらしい目を向けていた事も。


『精々惑うがいい。

 僕の妖精はそれを嘲笑うように自由に舞うよ、それはそれは美しく、幻想的にね』


彼の言葉の通り、彼女はいつまでも自由で、幼馴染の信頼そのままに身を寄せる。

思うところがあれど指先を捉えられるのならばと、アーデルヘルムは婚約者候補のままに置き、そうしていつかその楽園を己の庭に移すのだろう。


そう思っていた矢先の出来事だったのだ、聖女の件は。

揺れ動いた箱庭に、いち早く気付いたのは誰だったのだろう。


少なくとも、ブラッツでは無かったのだろう。



言葉の無い男を、仕方が無いとでも呆れたのか、隣から嘆息が一つ。

冷めた音にブラッツは意識を戻し、苦笑を浮かべた。


「此処はありがたい、というべきなのだろうか」

「優しさと女々しさは違いましてよ」

「そうだな、では信じてもらえるよう尽くすところから始めてみましょう」


ブラッツはまっすぐに前を向いたまま、呟いた。

見上げていた、イーダの視線も前に直された。


未だ目線は交わらず、而して、同じ方向を見ている二人が其処には佇んでいた。



侍女イーダの方がブラッツより年上です。

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