表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

閑話:おもしれー奴枠

13話、残された大聖堂組が公爵家で話していたことです。


 最愛の妹が「まだ話は終わってなくてよ!」と抗うにも関わらず、エカード様は馬車に押し込み送り出した。

馬車がシュタット公爵家屋敷の門を潜り抜け、その姿も、車輪が立てる音も聞こえなくなっても、彼は暫くずっとそこに佇んでいた。

横顔の静けさが相俟って、見上げるエミリアまで、先程あれだけ跳ねていた心臓が溶けて息を潜めただただ胸の苦しさに言葉が出なかった。


「ん、中入りな」


やっとの事で彼は踵を返し、エスコートも無くさっさと屋敷の中へと向かう。

その揺れる髪と堂々とした背を小走りでエミリアは追った。


大聖堂でも、訪問したヘッセン男爵家でも彼は常に少女の歩幅に合わせ、隣を歩んでくれていただけに、彼の本来自由な歩幅とはこんなにも自分と違うのかと、エミリアは密かに頬を噛む。


そうして誘われた温かい応接間。

二人の前にそれぞれ茶器が整えられる間、エカードは窓の外をじっと見ていた。

きっと考えているのは、王城へ向かったギーゼラの事なのだろう。


対面の客人へのもてなしとして家人が先に手をつけなければ、茶は飲めない。

分かっているのだろうに、彼は未だ、微動だにしない。


「大聖堂に僕が行かなければ、最愛はキミに然程の興味も持たなかったのではないか、と珍しく今も後悔している」


やっと零した言葉と共に、美しい顔がエミリアに全貌を見せる。

ゆったりとした動きで茶器を捉え掴み上げる指先は、その天使のような面持ちとは裏腹に男らしく角ばっている。


「それでも大してキミに興味が起きないよう、あの子の耳に入れる情報も精査したし忠告もした。

 きっとそうした方が遠慮なくギーゼラはその賢さを以てキミを然るべき場所へ引き上げた」

「エカード様は、ギーゼラ様が最も高貴な淑女になる事をお望みにはならないのですか?」

「キミの眼は飾りか」


ハッと短く男が嗤う。


「我が最愛だぞ?彼女が居る場所意外に高みがあるというのならこの場に持って来い」

「お、おおう…納得の溺愛…」


下手すりゃ王族も下に置いてみせようと、このいかれた男は言い退ける。

幼馴染なのは王太子殿下だけであってそのご両親、尊い御血縁にはもっと遠慮すべきなのではないのか、この世界線、貴族社会的には。


「如何なる淑女が例えアレの隣に立ち冠を頂こうと、至高の女神の前では皆等しく塵だ」


こうも言い退けるにも関わらず王城へギーゼラを送り出したのは、きっとそれも愛だからだろう。


(だから、エカード様…こんなに、寂しそうなんだ…)


「それで?キミが僕を望むとほざいた件だけど?」

「一世一代の告白をほざくとかまでこき下ろされなきゃいけません?!」

「すわ王太子妃に押し上げられる騒乱に、尻尾撒いて逃げて来ただけでしょ」

「違います!殿下へそんな気持ち微塵も無いのに!なんで巻き込まれなきゃいけねーんです?!」

「ハッハー!アイツ振られてやんの!」

「どう見たって殿下はギーゼラ様の事」

「おいその先を口にしたら処す」

「ウッス」


きっと自分が恋する想いがあれば、騒乱の渦中に頼りない棒でもいいからと握り締めて突入した。

でもエミリアは、それほど心を昂らせるような気持ちをアーデルヘルムに持っていない。


寧ろ巻き込まないでくれと頭を下げたのだ、あの救護室で。

私の想い人は他に居る。

矮小な身の、過ぎた想いとは重々承知しているが、どうか叶うならばそっとしておいて欲しいと。



誰とは聞かずも殿下とその護衛は鷹揚に頷き、暫くの周辺警護だけはさせてくれと言い募ってくれた。

もうあんな物騒な事は起きて欲しくないので、エミリアは即座に頷いたのだ。


ただ、本当は一番にそれを伝えたかったのがギーゼラであるのを、正しくブラッツに諭された。

救護室で話したタイミングが悪かったとは思わない。

でも、エミリアの正直に萎む心を、かの騎士はしっかりと気付いていてくれたのだ。


チャラ顔だなんて失礼な事を思っていてすいませんでした。

あの人は本当に優しくて周りを見て、面倒見が良く、気遣ってくれるお兄ちゃんだった。

ギーゼラ様が慕うのも良く分かる。

彼は相当な苦労性だな、あんな可愛いギーゼラ様の笑顔を振り撒かれてもお兄ちゃんポジから動けず、あの朝に見た憤懣やるせないこいつどうしてやろうか顔してるばかりなのだろう。

それを分かって見守っているのか楽しんでいるのであろうエカード様は相当腹黒いが。


アーデルヘルムの側近が集めた情報を彼に届けている脇で、こっそりと窘められながらも余計な同情を少女が抱いていた最中で激高が響いた。


『ふざけるな!!ギィが嫉妬なぞ…そんな事してくれる訳ないだろう!!?』


びっくりして振り返るエミリアの傍らでブラッツが慌てて殿下の名を呼ぶよりも早く、赤銅髪の側近が殿下の頭を叩いていた。


『正しく気を持て』

『…すまない、ありがとうランハルト』

『とりあえず昼食を摂りましょう、ヘッセン男爵令嬢のご用意もありますよ』

『ありがとう存じます、ジーゲン侯爵令息』


お互いに取り繕い昼食を摂るも、殿下の悲壮さを帯びた憤怒の声がエミリアは忘れられなかった。


そこからだ。

ブラッツに周囲を警戒してもらう為行動を共にする前、以前より殿下の姿を目にする機会が増えた。

ふと彼が窓の外を見る、その視線の先にはいつだってギーゼラが居た。

見つけるのクソ早過ぎだろと内心エミリアが笑うのを堪えているのを、ブラッツが宥めるように外へ誘う。


何時だってブラッツとの話題は幼馴染達との事ばかり。

小さい頃はギーゼラがやんちゃで、殿下は意外と内気だったそうだとか、喧嘩してはその後お互いに泣きながら仲直りする姿が如何に微笑ましくて、エカードが殿下を妬み後からどうするべきだったのかをねちねちと本人に言い放つ。

そのせいもあってか、アーデルヘルムがしっかりするのは早かったそうだ。


エカード様が幼い時からエカード様やってるのが可愛すぎて、エミリアは笑わずにいられなかった。

自分の惹かれた人の愛の深さを知れば知る程、深みを目指して腕を掻いた。


溺れたいのだ、呼吸もままならない程。

全身を彼の深い愛情に浸したい。

その中に譲れない、誰よりも深く隠された大事な大事な妹が居たって構やしない。


私も溺れさせて欲しい。

足のつくような浅瀬で構わない。

自ら身体を折り、頭を柔らかな砂地に埋めよう。


「――…私は、正しく、エカード様の近くに在りたい。

 貴方の深い深い愛情を間近で見続けていたのです」

「キミだけに捧ぐ男など、そこらへんに転がってるだろう?

 地位的にはもう少し踏ん張りが必要だが、ジーゲン侯爵んところの息子がオススメかな」


言外にエミリアに傾ける心など無いとエカードは言い放つ。

そんなこと、少女が百も承知だと彼程の人が気付かないのだろうか。


「私は、エカード様が良いのです。

 私の世界を壊して、光をくれたのは、誰でもなく貴方でした。

 この感覚、エカード様なら分かってくれると思います」

「神祖になるのはごめんだ、間に合ってる」

「光に群がる蛾と謗られたって構わない、正しく、その愛情の傍に私はこの身を置きたいだけですから」


黙して、彼は銀髪の先を軽く指で玩ぶ。

大聖堂でも見ていた、彼が考える時の癖のようなもの。

それがこんなにも愛おしく、そして緊張を齎すような心地にさせるとは知らなかった。


「貴方が好き」


エミリアの瞳から涙が零れる代わりに万感の想いが唇から落ちる。

それを、温度のない蜂蜜色が眺めている。


妹のような慈愛深さを、好意を寄せるエミリアにそう簡単に見せないこの人が好き。

きっと黙っているのは如何にエミリアが、ギーゼラにとって益になるのか算段しているだけ。

エミリアの事を考えているのに、その主軸は決して置き換わる事がない。

そう信じられるくらいに愛情深く一人を慈しめる、この男が好き。


彼が妹に向ける耽溺が欲しい訳じゃない。

彼が妹を愛し、幸せそうにしている姿を他の女が見るのが嫌なのだ。

この独占欲を恋と呼ばずに何と言う。

貴方の傍で、ずっとその姿を見続けたいのだと永久を願う欲を受け入れてくれまいか。


「わっ私が公爵家に居れば!王太子妃としてお嫁に行ったギーゼラ様も遊びに来やすいです!!」

「喧嘩売ってる?僕が居ればギィはいつだって遊びに来るしここが実家だふざけんなよ」


自らの恋心に酔って悲壮になっていた、とエミリアの瞳に輝きが灯る。

この人にとってはギーゼラ意外は塵芥。

恋だの愛だの囁いたって響きやしないのだ。

これほどの地位と美しさを持ちながらも、隣に他人を置いていないのが良い証拠だ。


「前世の聞いたことない言葉にきょとんとするギーゼラ様が見れます!

 そりゃあもう楽し気に覚えた単語を口にする愛らしさと言ったら、如何程のものか…!」

「く…!!キミ、僕にその手を切る意味が分かっているのか?!」

「ええ、ええとも!どうです?!

 更に前世の知識をどうにか捏ね繰り回して、ギーゼラ様に新しい楽しみを提供しましょう!

 喜ぶギーゼラ様見たくないですか?!あのまろい頬を染めて目を輝かせて喜ぶお顔!」

「そんなの可愛い以外の何物でもないだろう?!!何故さも見て来たように語れる?!!

 ギィそこまでキミに心許してるの!?どういう事なの!!?何なの!腹立たしい!」


ギリギリと地獄の底から這い出た悪魔のような形相をエカードが見せる。

おかしいな天使が地獄に落ちたら堕天使となるも美しさは損なわないのだが、正直恐ろしい。

このまま縊り殺されるのではとエミリアの背筋が冷ややかに震えるも、暫くして悪魔は帰った。


冷え切った茶を啜り、エカードが溜息を零す。


「まぁ、良いよ別に。

 その利点を僕も考えていたところだし」

「っ!!!」


不承不承を絵にかいたような返事だが、エミリアの心は歓喜に震えた。

もう先程から心が落とされたり上げられたりと忙しない。


「僕が優先するものもしっかりと脳髄に刻み込まれている相手は、準備するのも大変だしなぁ」

「えっへっへっへ!最期にはキミで良かったと言ってもらえるように努めますね!」


皮肉も今となってはただただ可愛くて愛おしいだけだ。

もう気持ちを隠さずに、存分に愛でていいのだと浮かれる少女を苦々しく男が見やる。


「長期戦前提だったかぁ…それは埒外だった」


ぼやき、天井を見上げる彼はきっと、これからの己の損害について考えているに違いない。

きっとその意識の主軸は、エカード自身とほんのちょっと自分の事があればいいなと、エミリアは思った。



自分を蛾に例える聖女、強い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ