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閑話:ニコイチ喧嘩ップル

11話で、激おこ兄と苦労性チャラ顔がごちゃごちゃ話していたことです。


「此処じゃ何だ、あっちで話そう」

「フン、誰の屋敷だと思ってんだ」


主に似た色味の瞳がやっと逸らされ、自分より細身の身体が颯爽と前を行く。

揺れる銀髪は幼少期の彼女と瓜二つなのに、抱く心地は全く違うのが、ブラッツはいつも不思議だった。


「キミが言い訳をしないと僕は分かっている。

 だから敢えて尋問してやろう、そこに座せクソ野郎」


ちらとブラッツは距離を取った玄関を見た。

もうそこは重厚に閉ざされており、これ以上彼の情けない姿を映さず済むよう淑女達の眼を守っていた。


「気配りの眼をやるな、浅ましさに腹が煮えくり返る」

「心から謝る」


両の膝を折り畳み、柔らかな芝生の上にブラッツが座す。

それを睥睨する瞳は今もなお冷ややかながらも、どこか憐憫があった。

暫くの間、互いに口は開かず。

さわさわと揺れる木々と遠くで鳥が鳴く音だけがその場を包んだ。


「ブラッツ、僕は夏に言ったはずだ」

「ああ」

「あのクソガキが隙を見せたなら、キミが奪っても良いと。

 アレだってその心積もりを認めていただろう」

「…ああ」


あの、暑い夏の日。

王宮の一室、アーデルヘルム殿下の執務室での会話をブラッツの脳内は反芻した。



 調書を片手に足を組み、殿下の前でも不遜な態度を崩さず、ただただその顔を不満に歪めた男はテーブルの上にそれを雑に放って鼻を鳴らした。

いかにも拒絶、さてどう頼み込むべきかと目を閉じたその耳に入った声を、正しく理解するのに少々時間を要した。


「分かった、受けてやろうこの件」


胸の前で腕を組み、エカードが目を閉じる。

黙った二人を彼はどう思ったのか、ぱちりと目を開けるとすぐに眇めて睨み上げた。


「何?聞いてんの?

『聖女』の教育担当、受けてあげる僕に感謝の言葉一つも無いの」

「…いや、そうすんなりと」

「僕意外にキミらが安心して画策できる教会権力でも新たに居るって訳?

 幼馴染特権だ、安くしておいてあげるよ」


ふ、と美しく微細な歪みの無い整った顔を、彼は歪めて嗤う。


「アーデルヘルム、僕がやるからにはこっちに口出しするな。

 そして画策するならやり切れ、死んでも途中で投げるな」

「ああ、分かった」


殿下が重々しく頷くのを見てから、エカードの瞳が次にブラッツを捉える。


「あとこれはブラッツ、キミにだ。

 このクソガキが下策に溺れるようなら遠慮をするな、ギィを求める事を僕が許す」

「…は?」

「これでも僕はキミを親友だと思っているし、信頼もしている」


ぐっと拳を握りしめているアーデルヘルムの気配を察することが出来ぬ程に、ブラッツは混乱していた。


(何年、抑えて来たか知っている癖に、この男は…!)


「これはキミ達二人からの頼みだから聞くんだ、条件も二人に出す」


当たり前だろう?と肩を竦める男の胸倉を掴んでやりたかった。

幼馴染のこの二人に自分の気持ちが隠せていたと馬鹿な事は思わない。

けれど、抱き、抑えることを許されていた筈だ。

忠誠を重んじる己の在り方を、認め続けてくれたのに事も無げに親友はその足場を叩き割らんとす。


「ブラッツ、それは私からも頼む」

「アーデルヘルム…!」

「私ではきっと、その時に想いを御せない」


策に溺れ、ずっと想い続け慈しんできた人を手離さなくてはならなくなった時。

アーデルヘルムは自らの力を正しく抑える事が出来る気がしないと。

想像するだけでも堪え難く、微かに震え呟く後ろ姿を濃紺が瞬きせずに見下ろしていた。


やがて、ブラッツはきつく目を閉じ絞り出すような声を漏らす。


「…彼女が、俺を、求めてくれたのならその心を、全てを賭してでも護る」


恋しさに脳が焼き切れるかと思った。

網膜に映る彼女の笑顔に、鼓膜が覚える笑い声に、ふと無防備に触れた指先、細い身体、香る髪。

瞬くたびに震える睫毛も深い青い大きな瞳も凛と通った鼻筋に華奢な顎。

何度夢想しただろうか、あの唇の感触を。


息を擂り潰す様に吐き出しては、理性を丁寧に幾重にも重ねて、忠誠で包み鎖で結んだ。

投げ落とすのが、彼女の瞳に似た深い海であろうと、決して解けないように。


自分はギーゼラの兄貴分で、実兄ではなく。

自分はギーゼラの騎士気どりで、実の忠誠はなく。

自分はギーゼラの幼馴染の男で、男ではない存在。


己で縛った鎖の鍵は投げ捨てたつもりだったのに、親友がさも持っていたかのように差し出す。

殴り掛からなかった自分が如何程なのか。

最早怒れる正気ですらなかったのではないかと、今でも思う。



「キミは本物の朴念仁だ」


エカードが、あの時と同じ言葉吐き捨てるのを聞き、ブラッツはいつの間にか俯いていた顔を上げた。


「何故自分が来なかった?父親を頼った?

 ギィがここ最近落ち込んでるのは気付いていたろう?

 だからこの前だってキミに知らせた」


あの日、王城の自室に届けられていた一報。

『ギーゼラが泣くかもしれない』というエカードの言葉に、真意の意味が分からずも、いつの間にか身体は公爵家へと駆けていた。

一番意味が分からないのは、己の情動だった。


彼女だって人間だ、泣く時だってある。

そんな姿、小さい頃から幾度も見て、その度に慰め宥めてきた。

手紙を寄越してきたくらいだ、兄のエカードがきっとギーゼラを丁寧に真綿で包むだろう。

分かり切っていた。

でも駆け出した脚が止まらなかった。


わざわざ自分に、知らせる程、彼女が苦しんでいるんじゃないかと思ったら、もう。


脚が地を蹴る度に錆びた鎖がぼろぼろと落ちてゆく。

落ちた端から、新たに巻き付けようとしても指が震えて役に立たない。


泣かないで、泣かないで、愛しい人。

どうかこの腕の中で安らいで。


「…自分じゃ慰められないと思った、とかぬかしたら処す」

「っ思う訳、無いだろう!!」


自らの想いを低く見られ、ブラッツがついに声を荒げた。

それでもエカードの眼は冷めたままだ。


「ただ俺はっ!それが、今は、彼女の心を護るのに、最善だと考えただけだ!

 何故自分じゃないのだろうと、俺自身が思わなかった筈などない!!」


座したまま息を荒げる男に、静かな声が降る。


「キミの一歩を僕はいつまで待てば良い」


ギリと噛み締めるのは、やるせない呼気か、当たり散らしたい鬱憤か。

言葉なく顔を歪ませるブラッツを見下ろしエカードの口が更に動く。


「エミリアから聞いた。

 学院でギィは、敢えてエミリアと距離を抑えているそうだな。

 恐らくアーデルヘルムとも距離を取るぞ、その意図くらい言わずとも分かるよな?」

「―――!」

「やっぱ思い当たる節まであるのか、流石ギィだ仕事が早い。

 だというのにお前らは揃いも揃ってぐずぐず、ぐずぐずと…」


ぎらり、エカードの瞳が煌々と一閃。


「この腑抜け共が!!!それ程までに地位が、忠臣のガワが惜しいか!

 我が最愛は、貴様らの心中を食い破ってでも飛び出し翼を広げるぞ。

 その覚悟もなく得られるような輝きではない!!甘んじるのも大概にしろ!

 いっそ、僕自ら引導を渡してきてやる!!」


高々に言い放ち、鋭く踵を返す。

友の怒りが、兄の謗りがブラッツの身体に深く突き刺さる。


思わず額を土で汚し、硬く握り締めた拳で地を割り断たんと殴った。

今にも彼の背中に飛び掛かろうとする獣を圧し宥めては、息を幾度も殺し、そうしてやっと立ち上がった男は強い眼差しを宿して、遠退いた姿を追うのだった。


此処まで言われたとしても彼は想いを手離す気はないのだ。



ギーゼラの嘘が発端だと口にしないのがブラッツ。

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