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15:手を取り合ってエンドロールを

14話、15これ続けて投稿しております。


 早く結婚したいと呻く一方、まだ正式な婚約を結べていないと何度も自身に言い聞かせながらアーデルヘルムはギーゼラの対面に腰掛け、今までの事を語ってくれた。


「君も推察していた通り、まぁ教会主義の、聖女を王太子妃候補として押し上げようとする動きが去年の夏から散見されていてな。

 聖女の為人も知らずにとんだ皮算用だと軽く見ていたのだが…エカードにしてやられたな。

 そこそこまともに仕上げて来たし、彼女自身頭も良いからそれなりに形となってしまった」


多少時間を掛けたとは言え、魔法訓練と儀礼教育も本来はもっと丁寧に習得させるものだ。

教育担当のエカードからも「まぁ何とか」という評価だったのを真に受けたのがいけなかった。

虚偽の報告だと叱責したいところだが、彼の判断に任せると最初に言質を取られたアーデルヘルムの負けだ。

「僕の評価が他所より辛口なだけでしょ?」と言われてしまえばぐうの音も出ない。

有能さを別方向で生かさないで欲しい、切実に。


「まぁそれでも一年間、学院で慣らす建前で目の届くところに置いて、庇護と同時に見張って。

 もし彼女がどこかの勢力に踊らされても、標的の私が近ければすぐに気づき対処できるし」


故に、特に魔力を使う講義はアーデルヘルムが傍に立った。

他の講義に比べて怪我や、暴発など偶発的な事象が起きやすいからだ。


「それに多少なりと聖女を気にかけてやった方が、王太子妃候補にのし上げたい輩には餌になる」


自分が傍に在る事がどのように見受けられるかは織り込み済みであった。

彼の計画でも、教会主義の動向を注視しながらではあるものの、後々、エカードの庇護が聖女にあることは噂にするつもりだったそうだ。

しかしそれが思ったよりも随分早く流れたのには驚いたという。


「エカードがギーゼラに聖女を近づけないつもりだったし、君もそこまで深入りはしないと思ってた」


間にローグを挟む事はあっても、親しくはならないだろう。

アーデルヘルムが補佐にも入ると分かっているのならば、ギーゼラまでが学院で彼女の傍に在るのは過剰だ。

けど、目の届くところで見ていては欲しい。


「もし深入りするのならば、聖女の縁繋ぎの面でと思ってはいたんだ。

 王太子妃になる君が聖女の仲人になるのであれば、以後の教会も制しやすいとな」


ギーゼラの為人を良く知るアーデルヘルムだからこそ、そう思案したし、実際影で隠れてやっていた。

まぁ次期王太子妃としてギーゼラをアーデルヘルムが求めていたという点は、知らなかったが。


つまり、ギーゼラを聖女の補佐として同じ主教室へ割り振った時から、先を見据えた功績立てを計画されていたようだ。

血筋も確かな幼馴染、というだけで十分地位の確保は出来ていたのだ。

そこに、将来的な教会への影響力まで勘案されて立場を盤石にせんとしたのは、成程彼らしい。


「まぁ…学院が始まって数日で屋敷に招く程気性が合ったってのが一番の想定外か」


この点から察するにエミリアの秘密は未だアーデルヘルムも知らないのだろう。

何故こんなに仲良くなったのかと、兄のように直球で聞いてこないだけ分別がある。

気にはしているのだろうけれど話すのをちゃんと待ってくれる人だ。

そういう優しさが、愛おしいなとギーゼラは思う。


「それでも学院では距離を適切に保っていてくれたな、君の差配だろうとは思ったが…」

「?」

「ギィ、私と距離を取ろうとしただろう?」


剣呑とした視線を曖昧な笑みで返す。

教会主義を煽る点で考えれば、結果、上出来なのではと考えているのが伝わってしまうのか、彼は苦々しい顔を隠さず口を曲げた。


「私は候補者の二人も交え四人での茶会を持とうとランハルトに手配を指示した。

 が、彼女達から断られたよ、『何を暢気な、優先順位を間違えてらっしゃる』とな」


耳が痛かったが、かと言ってアーデルヘルムは候補者一人を優先して動く事は出来なかった。

今、一人を大事に扱えば教会主義の槍玉にされ、聖女と対立構造になる恐れがあったからだ。

王太子妃教育を速やかに進め、学院が始まった今となっては王城に上がる事がほぼないギーゼラ達の有能さが誇らしくも切なかった。


「…それで、棒術に?」

「泣くかと思った」

「私が?」

「私がだ」


思い出したくもないのか、緩く頭を振って見せる人の肩がしょんぼりと落ちているのが可哀そうで可愛い。

知らぬ間に随分苦しめてしまっていたようだと、申し訳なく思うも、心がそわつく。


「もうこんな策謀など止めてしまおうかと思った…ギィと過ごせなくなるのなら意味がない。

 でもな、それでも私は、非常に残念ながら、王太子なんだ」


やりたくないからやらない、が罷り通る立場ではない。

まだ夏の聖女認定も済まないのに、ギーゼラの身に危険が及ぶかもしれないのに、投げ出す事は出来ない。


まんじりとしない日々を過ごす中、聖女がある時彼に尋ねたのだ。

師であるエカードの話を聞きたい、と。

アーデルヘルムとブラッツに強請ったのだ。


「共通の話題だったし、少しばかり雑談にも交えていたが直接的に乞われたのは初めてだったな。

 エカードなら相手として申し分無いなと思って組に送りがてら話していたら、アレだ」


まさかの傷害事件の発生である。

ブラッツが庇ったため大怪我は免れたものの、二次被害を防ぐため急いで救護室へ避難した。


「救護室で私の見解、彼女が教会主義に王太子妃候補として担ぎ上げられる可能性を話した。

 彼女も少しは予見していたようだが、まさかあんな事になるとは流石に思ってなかったようだ」


ランハルトを中心に情報を集め精査したところ、まさかのギーゼラの嫉妬によるものだという声があった。

冤罪、名誉棄損も甚だしい噂にアーデルヘルムは激怒した。


「してもらいたくてもしてくれないのに、なんて酷い噂だと傷ついたのもある」


ただ詳しく調べてみればどうやら元を辿ればアーデルヘルム自身の行いのようだ。

愕然とした、愛想をつかされるのではないかと。


素直に話してしまうべきだろうが、だがそれにはまずギーゼラに求婚し応じてもらわなければならない。

しかし、例え上手く婚約出来たところで教会主義を押さえる算段はまだ立てられていない。

結局何も解決しないまま、大事な人を迎える事は出来ない、とアーデルヘルムは苦悩し、いっそ何もかもを蹴散らしてやろうかと自棄になるのを、ランハルト達側近に引っ叩かれていたそうだ。


ギーゼラに情報を流すものの彼女からの訪れもない。

駄目だこの世の終わりだ、と頭を抱えていたらとんでもない話が舞い込んできた。


女王の大聖堂殴り込み事件である。


彼の唯一の美しい人は、その場でぐだぐだと蹲っている男を無視して、華麗にそして威厳を以て邪魔者を薙ぎ払ったのだ。

もう惚れ直した、傍で見たかったその晴れ姿。


しかも教会主義の出っ張りを地中深くに叩き戻しただけでなく、他のざわつく野次馬まで黙らせた。

素晴らしすぎるだろう、私の想い人。


「自分が何もしていないのが本当に精神に来るが、この好機をみすみす逃す気はなくてな」


聖女の想い人の件はギーゼラさえいればどうにかなるし、絶対にどうにかしてみせる彼女と結婚する為に。

というかそろそろアーデルヘルムが限界だった、ギーゼラ恋しくて。

遠乗りを断られた悲しみが思ったよりも尾を引いていたようだ。


周囲の雑音が小さくなった時を彼が狙い、今日に至ったのは分かった。

けれど、ギーゼラはどうしても不思議に思う点があった。


「殿下は何故、そこまでして私に妻請いをしなかったの?」

「…」

「アーディ」

「だって君、新学期が始まる前も、私を幼馴染としてしか見ていなかっただろう」

「そうね」

「う゛っ」


胸を押さえて背を曲げる彼の姿に、執務室なのに随分気を許してるものだなと思う。

人払いがされ続けているとは言えあまりにも無防備だ。

この平穏を保つために誰の力が働いているのか、考えるのも嫌だった。


「…だから、今日も、賭けではあったんだ。

 ちょっとした良い報せはあったとはいえ、かなり強引だとは思ったし」

「自覚はあったのね」

「言っておくが、ランハルトは自主的に君を迎えに行ったからな」

「平手じゃすまない」

「殺意をしまえ、殺意を」


アーデルヘルムに免じて許してやるべきなのだろうが、その後の話を聞いてやっぱり処そうと思った。


どうやらランハルトは元々、アーデルヘルムの気持ちを知っていた上、「あのおこちゃまに男女の機微など分かる訳がないぞ」と機を読む助力をする代わりに、ギーゼラとの婚約が調ったらレイチェルを貰い受ける先約を結んでいたらしい。

かと言ってそれに甘んじることなく彼女への好意も示してはいたが、ホーバートよりも悠然と構えていられたのはその密約があったからこそだ。

因みにホーバートはそんな根回しが出来る人物でない。

彼は実直さが売りなのだ、可愛い友人周りに姑息な男などランハルトだけで十分だ。


そしてそのランハルトが今だと推した理由は、先日の婚約者候補達のお茶会だそうだ。

未知の領域だったとはいえ、これほどまでに周りには理解されていたことが恥ずかしくも悔しい。

もうどんな顔をして彼女達二人に会えば良いのか分からず、ギーゼラは顔を覆った。


「笑いごとじゃない」

「可愛い」

「ちょっと、人格変わってない?貴方」

「変わってない、もともと馬鹿になるくらい君が好きだよ」


恋なんてこんなもんだよ、とアーデルヘルムが幸せそうに笑う。

頬杖をついて、黄金の瞳を蕩かせてる様にギーゼラ何か言い返そうとも声が出なかった。


誉め言葉も愛の言葉も、いつだって溢れんばかりに周囲から注がれていたのに。

どうして彼の言葉だけは色が違って見えるのだろう。

薫りが、熱が、全く他とは異なって感じた。


「ギィ、今その眼差しは、眩しい」

「え?」

「私を好きだって、物語ってる」


咎めながらも彼は瞬きをせず、食い入るように深い青を見つめていた。

カッと身体が熱を帯びて思わずギーゼラは視線を伏せる。

それを笑いながら彼が身を起こした。


「婚約発表をすぐにするよ、良いね?」

「でも、エミリアはまだ」

「あーーーーここでもまたエカードが立ち憚るのかぁ」


幾ら周囲が凪いでいる内にと思っても、結局のところ聖女の伴侶が種になるのだ。

どうしたら最速で事が進むのかと思案するアーデルヘルムが腕を組み、目を閉じて眉間に皺を寄せる。

その姿が見慣れたもので、心地良くて、自然とギーゼラ微笑む。


「ね、アーディ。

 改めて遠乗りに行きましょう?」

「ん?勿論良いけど、鞍届いた?」

「鞍ならあるわよ」

「…」

「お兄様に言って、借りましょう」


二人乗り用の鞍を、と誘えば、みるみるうちに彼の顔が赤くなった。

今まで遠乗りに行くときはそれぞれが馬を駆った。

ギーゼラが自分で馬を駆る事を好むからだ。


でも次の遠乗りは、敢えて二人乗りで行こうと誘う想い人のいじらしさに男は顔を覆い天を仰ぐ。

もう今日何度この姿を見た事か。


「絶対借りてみせる…」

「楽しみ」



 その年の夏の盛り、祭りの最中。

燦々と降り注ぐ強い日差しの下で一人の聖女が認定された。

民衆の祝いの声が溢れる大聖堂前の広場へ手を振る、見目の愛らしいその新たな光を誰もが祝福した。


そしてその夜、王城で開かれた絢爛な夜会では、王太子アーデルヘルムと公爵令嬢ギーゼラの婚約が漸く正式に発表された。

二人が通う学院では彼らの仲睦まじい姿を多くの学生が見ていた為、収まるところに収まったという印象が強い。


しかし、招待されていた聖女エミリアと、彼の師であるエカード・シュタット公爵令息の婚約も場を同じくして人々に知らされた時は違った。

広くその顔と人柄から慕われた男の婚約と聞き、方々から悲鳴が上がった。

愛する妹よりも注目されるなんて彼らしくないと思うだろうが、その妹を貰い受ける男への妬みが勝った。

余談だが、鞍は妹に強奪もとい献上された。


続けざまの慶事、麗しい公爵家の兄妹の揃った婚約発表に、方々から祝福が送られた。

その中で特に一番喜んでいたのは親のシュタット公爵夫妻ではなく、ヘッセン男爵だったのが印象深い。

盛大に氏は歓喜し、聖者聖女の縁をこれぞ神話だと感涙していた。



こうして、公爵令嬢ギーゼラ・シュタットの青春は卒業を以て、王太子妃となり終わりを迎えたものの、春の色はいつまでも鮮やかに、穏やかに、温かく続いた。




拙文にも関わらず、最後までお目通しとお付き合いありがとうございました。

視点を変えた閑話を幾つか続ける予定ではありますのでお楽しみいただければ幸いです。


2025/12/11追記 活動報告にも記載しましたが、閑話を含めた更にその後の小話を御礼としてしたためております。

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