11:光明が世界を砕き、心は渇く
猛然と歩み寄り、上背の勝る男の胸倉をぐいと掴めば襟の飾りが飛び散った。
それでも身体の芯がぶれないのは流石騎士というところか。
険しい顔をしながらもどこか戸惑う様子で、ブラッツはされるが儘、エカードを止めようとはしない。
しかし周囲はそうもいかない。
ギーゼラは堪らず悲鳴のように兄を呼び留め、二人の間に入ろうとするがそれを彼は許さなかった。
「下がれギーゼラ!!」
「お兄様!どうか無体はおやめください!」
「己で意を示せず、よりにもよって親に頼るような男は殴る価値もない!
それで正せるなら当にしている!!
ブラッツ!!貴様に我が屋敷の敷居を跨ぐ資格などない!出ていけこのクソが!!」
「お兄様っ!」
すわ華奢な手が怒りに打ち震える兄に触れようとする間際、ブラッツの掌がそっとそれを遮った。
はっとしてギーゼラが視線を向けた先、静かな眼差しでエカードを見つめる男の横顔があった。
凪いだ紺は赤味を増し、じわりと苦し気に歪む。
あれほど動じなかった彼の身体が嘘のように建物から外へ出と、投げ捨てるようにエカードも手を離した。
「…恙無く妹との時間は過ぎたようで、ハンク閣下」
「息子だけでなく儂の胸倉も掴むか?」
「誠に恐縮ながら僕の繊細な手は、一日一人しか嬲れないのです」
「そうか、ならブラッツに譲ろう」
ハンクはちらとギーゼラを見て軽く礼をし、自家の馬車へと向かっていった。
その大きな身体が、胸の前で手を組み佇む少女の傍で立ち止まる。
この時になってやっと、ギーゼラはエミリアが兄と同伴していた事に気付いた。
青い顔をした彼女はまるで濡れたまま吹雪の中に立たされたかのようにがたがたと震えている。
睨み合い言葉もない男達を置き捨て、慌ててギーゼラは彼女に駆け寄りそっと腕を撫で宥めた。
「酷いところを見せてしまってごめんなさい。
ああ、こんなに震えて…どうか静かな場所で心を落ち着かせてくださいな」
「ぁ…でも、わ…わたし」
「寮に戻られたいのなら勿論送りますわ。
でも今の貴女を一人にするのは私が嫌なの、如何なさる?」
弱弱しくこくりとエミリアが首を縦に振ると、ギーゼラは優しく手を引き彼女を屋敷の自室へと誘う。
一方渦中の二人はと言えば、多少は冷静になったのか玄関先からは離れ、前庭園の木立で未だ何か話しているのが見受けられた。
外面は温厚な兄でも、流石に自宅では気が緩むものであろう。
だがあれ程なりふり構わず声を荒げ客人が居るというのに礼も失念し暴挙に至るとは相当な事だ。
一体何があったのか。
イーダが茶器を揃えるのを待ちつつ、眼前でやや顔色を取り戻した少女を盗み見ながらギーゼラは思案した。
(ブラッツが、ハンクおじ様を屋敷に向かわせた事がそれ程気に食わなかった…?
確かにお兄様は相席出来なくて嘆いていらっしゃったけど、彼の出入りを拒む程とは思えない)
「怖かったでしょう、エミリア。
あんな荒事を目の当たりにして…大聖堂や外でのお兄様は柔和で穏やかな姿でしょうから猶更よね」
「た、確かに吃驚はしました。
でも…大聖堂からの道中もずっと、エカード様は静かにお怒りでしたし…」
おずおずと語られた内容にギーゼラは目を瞬かせた。
つまりエカードは大聖堂でエミリアと対話していた間に、ハンクおじ様の唐突な訪問の背景を知ったのか。
(いえ、殿下との会話は少なくともブラッツやレイチェルくらいしか耳にしていない筈。
誰も彼女に話すとは…まさか、アーデルヘルム殿下が?)
ギーゼラが知らぬ間に、それ程二人は親しくなっていたのだろうかと胸の内がざらつく。
「安心なさってエミリア。
実はお兄様、ブラッツの父君であらせられるレーヴァクーゼン侯爵閣下の訪問に相席出来なくて、朝からずっとご機嫌斜めでしたの」
「え?ああ確かに珍しくお時間に遅れて参られましたね」
「ええ、だから貴女が何かしたって訳じゃないのよ」
努めて柔らかく声音を発し、微笑みを浮かべてみせた。
例えアーデルヘルムがエミリアに、ギーゼラの見え透いた嘘について何か言ったとして。
それを日々の出来事として悪意なく彼女がエカードに話したところで、それは全てギーゼラが口を出す事ではない。
きっと本来、兄の叱責は、無様で至らない逃げを取った自分が受けるべきなのだ。
ブラッツには重ねて申し訳ないことをした、と思うギーゼラのすまなそうな表情を見て、何か勘違いしたのだろうか、エミリアも小さく横に頭を振り遠慮がちに口を開く。
「私、学院でのギーゼラ様の様子を尋ねられた時、あんまり答えられなかったのです。
それが何かエカード様はお気に障ったのか…多分そこからですもの、纏う雰囲気が変わられたの」
エミリアが学院でギーゼラと行動を共にしていない事は事実。
何より、そうしろとギーゼラが指示した内容だ。
彼女の話を聞き、余計に彼女はただの被害者だと強く思いなおす。
「開始は遅れましたが報告会終了は予定時間通りでしたし。
すぐに戻ろうとされたエカード様に、不躾にも同行を希ったのは私なんです。
ギーゼラ様へお目通りが出来ればって思って」
「いつでも構わないと言ったのは私よ、遠慮しなくていいの。
今更だけど、来てくれて嬉しいわエミリア」
「ギーゼラ様…ありがとう存じます」
先触れもなく訪れることは勇気が要っただろう。
加え、そこで唐突な荒事を目にして怖かったにも関わらず彼女は自分の事よりも、謝意に気を揉むギーゼラの内心を慮ってこうして言葉を重ねてくれているのだ。
(何て優しい人なのだろう)
じんわりと愛おしさが溢れてくる片隅で、だから急速に彼も惹かれているのかもしれないと思った。
本当に、まるで本で読んだ恋物語のようだ。
「今日の事でお兄様が怖くなったようなら、私が大聖堂に出向くから言って頂戴」
「え?!それこそエカード様が恐ろしい事になりそうな、予想が付かなそうな…!
魔力漏らす程怒ってる姿にはビビり散らかしましたけど、エカード様が怖い訳ではありません!」
「良かった、私の大切なお兄様なの」
「ええ、ええ、もうなんかいろいろとお察ししています。
仲良し良いですよね目の保養ですし、今日のあのお二人も喧嘩ップルみたいでアリです」
「けんかっぷる」
「え?待って?半濁音可愛い待って」
やっと調子が出てきたのか、両手で顔を覆い面白い事になり始めた友人を見てギーゼラも笑う。
和んだ空気を楽しもうと更にギーゼラが口を開いた、その時だった。
「ギーゼラ!!!もうキミはお嫁になんか行かなくていい!!!!!!!」
闖入者が声高々に叫びながら、ソファーごと押し倒す勢いでギーゼラに飛びついて来た。
壊れるのではないかという勢いで開かれた部屋の扉の外、廊下ではブラッツが立つ瀬のないようでおろおろと二の足を踏んでいた。
「お兄様?!一体どうされたのですか!」
「可愛い可愛いキミは僕と公爵領でのびのびと幸せに暮らすんだ!!
何だったらギィが好きな魔法技師学の聖地、隣国に行こうか?!そこに住んだって良い!」
本当に一体何がどうして王都から離れ公爵領に籠ったり隣国暮らしの話が出たのか。
脈略が全く分からないし、エミリアの前だというのにエカードは取り繕う皮を放り出したまま、ぐりぐりと愛する妹を抱き締めその頭に頬を押し付けている。
一人でこれからの二人の暮らしを夢想しては語る兄はそのままに、ギーゼラは事情を知るであろう男を見た。
「…ブラッツ、どうぞ入って頂戴」
「面目ない」
「ああギーゼラ!駄目だよあんな腑抜け野郎を瞳に映すなど!
僕だけを見ていてくれ、愛しい妹!」
「勿論ですわ私のお兄様。
ブラッツ、話が長くなるようならそこに掛けなさい」
「その麗しい声音で僕意外の男を呼ぶなど許し難いにも程がある!!
ブラッツ!そっちはギィに近いからダメだ何考えてるんだ馬鹿野郎!エミリアの横に行け!」
空いていた一人掛けに座ろうとしたのを窘められた男が、申し訳なさそうにエミリアの隣に腰かけた。
かというエミリアは、猫のように目をまるく見開き硬直したままだ。
「愛しいお兄様、そんなに声を張っては喉に障りますよ?妹は心配です」
「んん、そうだねごめんね、大きい声を出して。
先程もキミにあんなみっともない姿を見せるつもりは露程も無かったんだ、信じてくれるかい?」
「私のお兄様への信愛は揺るぎません、そのような悲しいお顔をしないで」
「ああ最愛、我が魂!
憤激に荒れに荒れた心の荒野を潤すのはキミだったのだ、キミしかあり得ないよ私の夜海。
どうしてもっと早くキミの元へ向かわなかったのか…愚かな自分が憎いよ」
唐突に始まった兄弟の睦み合いに慣れているブラッツは、隣で未だ呆気にとられた少女に気遣いを向ける。
「先程は淑女の前だというのに見苦しい姿をお見せして申し訳ございませんでした。
御心が少しでも落ち着かれたのであれば良いのですが」
「…え?あ、う…はい、いや…」
「もし外の空気が吸いたいのでしたら人を呼びましょうか?」
「いやいやいや大丈夫です!!」
ブラッツの声掛けでやっと正気を取り戻したかと思ったが、まだどこかおかしい様子のエミリアに気の毒そうな目線をギーゼラも向けた。
「無理はしないでエミリア、後から来た方が出て行くのが道理だもの」
「大丈夫だと言えエミリア」
「はい大丈夫です!!!」
「お兄様」
自分が追い出されるのが余程腹に耐えかねるのか、師の圧を持って少女を制し留めた。
今更だが、やはりエカードはエミリアの前で外面を被りなおす気もないようだ。
何なら尊大さをより一層身に纏わせ、腕の中でギーゼラを愛でながら彼女を睥睨していた。
「丁度良い、キミに聞いておきたかったんだ。
どうやって我が至宝、愛しいギーゼラに取り入った」
「幾ら教育係とはいえ先程から失礼が過ぎますお兄様」
「僕が心を配るのは後にも先にもキミにだけだよ、愛する妹」
だからと言っても程度が過ぎるだろう。
ギーゼラの他の友人の前では、流石に此処まで敵愾心を露にしないのに。
しかも暫く余所行きの顔で穏やかに接して導いてきた弟子へ見せるものとしては、些か刺激が強い。
であるからか、エミリアは両手で顔を覆い俯き肩を震わせているではないか。
「ああどうかそんな怯えないでエミリア。
大丈夫、お兄様は貴女を叱責している訳ではないの」
「僕だけの妹よ、慈愛が過ぎる。
コレは怯えてなんかいない」
そう思うのはブラッツもなのか、どこか呆れた瞳をして横の少女を見ていた。
エカードの言葉を肯定するようにエミリアも体勢はそのまま、首を縦に振っている。
「と、突然の…ギャップに、心臓が持たない、だけですので…!」
「ぎゃっぷ」
「え?急に可愛いの暴力を受けたのだが?何が起きた?僕の耳が幸せなんだが?
ギィもう一回、僕を見つめたままその可愛いお口で言ってごらん??」
「エミリアごめんなさい、どうか続けましょう。
具合が悪い訳ではないのね?」
茶々を入れる兄を片手で制し、エミリアに話を促す。
彼女はやっと顔を上げたものの未だに白い指先で口元を覆ったままだ。
しかし隠しきれないバラ色の頬が何とも愛らしい。
「ありがとう存じます、ギーゼラ様」
「いえ、無体を働いているのはお兄様の方だもの。
話すかどうかを決めるのは勿論貴女自身よ、私がその自由を許さないと思って?」
「だからなんでギィはそんなにエミリアに甘いの?!」
「お兄様には特別私が甘えたいのです」
「ん゛ぁっ…!愛されお兄ちゃんの特権、最高」
普段であればちょっと言葉を控えろと口を挟むブラッツも、何か負い目があるのか静かだ。
制止する者が居ないと、ギーゼラ一人で兄の手綱を取らなければならないのはこうした場だと中々に大変なのだが。
彼に目線を寄越すと目敏く兄が咎めるであろうから、頭の片隅で静観する男に気を配りつつギーゼラは再度舵を取らんと姿勢を正す。
凛としたその姿に感化されエミリアも手を膝に下ろして顔を正した。
空気が整ったのを察したのか、やっとイーダも二人の男の前に茶を準備する。
「話す相手はお兄様だけでも良いのよ」
「…いえ、レーヴァクーゼン侯爵令息のお時間を頂けるのであれば幸いです」
「ふーーーん?何キミ、自分で殿下にいうつもりないの?」
暗に、アーデルヘルムへ報告するのはブラッツに任せたエミリアをエカードが一瞥する。
少女の一言で意図を素早く察する能力があるのに、何故大聖堂での教育中に彼女の心を慮れなかったのか甚だ疑問である。
聞いたところで返される言葉が予想出来てしまうギーゼラは、密かに溜息を吐く。
「必要ならば自身で語る事を惜しみません。
しかし荒唐無稽な内容であるため、無暗に尊い御方のお時間を頂く訳にはまいりません」
「ギィ、入れ知恵のし過ぎ」
「私は何も?彼女が賢明なだけですわ」
「渦中のアレが僕より先に知らないというのはまぁ気分は良いけどね。
おいブラッツ、この件は僕が持つのが妥当だ」
目線も寄越さずエカードが、お前は報告するなと言い切り、それを受け男は頷く。
確かに、内容を聞き、殿下へ報告するか否かを判断するのは、聖女の指導役である兄からの方が自然だ。
ブラッツが殿下に話すとなると、どこで聞いたのかも話題となり得よう。
エカードのこうした判断力や調整力も頼りになるなと、妹は改めて尊敬する。
態々言葉にするのも、エミリアが察せるよう分かりやすくしてくれているのだ。
いや、余計な事をするなと釘を刺しているのかもしれない。
「ヘッセン男爵令嬢、改めてどうか私の同席も許可を。
先程醜態を晒しておきながらどの口がとお思いになるかと存じますが、お力添えを致します。
学院で男手が必要な時は気軽にお声掛けください。
他の護衛よりは私の方が融通が利きますから」
「貴様、言い訳にギィの名を使ったらいよいよ処すからな」
「身軽な身だ、杞憂で終わるぞエカード」
「フン」
男達のやりとりを分かりかねるのはエミリアだけで、戸惑った表情でギーゼラを窺う。
しかし彼女も敢えて言葉にせず、良しなにと頷き返すだけだった。
(殿下の元を離れなければならない理由として、婚約者候補のためではなく、一淑女の為とは)
それだけブラッツがエミリアに重きを置いているのは私情か、それとも別のものなのか。
ただ彼の真摯で自己犠牲すら厭わない深くしなやかな思いやりはいつだって心強い。
「頼れる先が増えただけよ、エミリア。
何も学院で今日みたいな事が起きる訳ではないのだから」
「は…あ、ありがとう存じます、レーヴァクーゼン侯爵令息」
「此方こそ」
「それで?具体的には何なの?」
痺れを切らした兄がエミリアを急かす。
彼女は改めてエカードを見つめ、緊張した面持ちで口を開いた。
「――光の魔力が覚醒した時、私に前世の記憶が蘇りました。
その記憶は、この世界とは似ても似つかない…別の世界、別の文明のものだったのです」
「ああ、だからキミ、時折聞いた事もない表現してたの」
「…うん???」
「平民の割に学習能力も高いなと思ったけど、前世では学問を修めてたの?
その中で何か国の発展に寄与できるものでもギーゼラに差し出した?」
「い、いえ…あの」
思ったよりもすんなりと飲み込み、特に驚きもしない師の様子に、構えていたエミリアが虚を突かれる。
それを不快そうにエカードは見やり鼻を鳴らす。
「は?何なの??ただ面白い奴枠でギィに良くしてもらってんのキミ?」
「切欠はそうですわ、お兄様」
「僕の妹が可愛すぎるのだが!
気に入っちゃったの?!お兄ちゃんもっと探してこようか?!」
「エミリアはこの世でただ一人よ」
「運の良い奴だな、ギーゼラの懐の深さに感謝してその身を尽くせ」
「…」
「おい、返事」
「ウッス」
エミリアの一大決心で語った言葉を、事も無げに受け止め流すエカードは流石というか。
少女の隣で困惑して頭を抱えるブラッツの方がまともな反応だろうな、とギーゼラは内心ごちる。
「…待て、待てエカード。
お前はどうしてそう泰然と構えていられる」
「いよいよ『これぞ神の神秘!流石聖女様!』と祭り上げられるってか?
アーデルヘルムがそうしたいならさせておけ。
そも、僕が言わなければ奴は知らんぞ」
「だから!何故そこまで分かっていて悠長に構えられるのかと聞いている!」
今度は両手で顔を覆い始めたブラッツをエカードは鼻で笑って見せる。
「コレがどうなろうと僕の知ったこっちゃないからね。
さっきの言葉聞いて無かったのか?バカなのか?」
「…この妹馬鹿が」
「妬め羨め、キミがどうやっても得られないギィとの血縁の輝きにひれ伏すが良い」
そんな二人のやり取りを横目に、未だエミリアはぽかんと口を開いたまま唖然としていた。
いつの間にか冷めた紅茶を入れ替えるようイーダに指示しつつ、ギーゼラはそっと微笑み、声を掛ける。
「気が抜けてしまった?」
「ぁ…え、と」
「一人で考える事が悪いことでないのよ。
ただ、私はお兄様にお話しするといつだって前が開けるの」
今、きっとエミリアにとってもそうであって欲しいと、強く思う。
悩み苦しんだ彼女の心が、あの夜よりももっと軽くなってくれれば嬉しい。
それが出来るのが自分の兄である事が誇らしくも妬ましい。
「ん?ギィ、お兄ちゃんの事が大好きだって?」
「聞こえてしまったの?恥ずかしいわ」
「んーーーー可愛い!いつだって僕はキミの味方だよ、愛しい妹!」
「嬉しい、お兄様」
対面のエミリアは、まだどこか躊躇いがちな面持ちを浮かべていた。
どうしたのかと小首を傾げるギーゼラを、エカードが覗き込む。
「何か気がかりかい、僕の女神」
「…お兄様は異なる世界の記憶と聞いても、驚かないのですね」
「ああ、その事ね」
兄は正しく妹の言わんとする事を秒で理解した。
つまり、エミリアは異なる世界の記憶に困惑して苦しんでおり、その姿を妹は憂いているのだ、と。
「別の世界と言われても、まぁ仔細は聞いて無いし興味も然程ないしねぇ。
そも別の世界ってのは何を以てそう思うのか。
今より遥か以前に滅びた世界かもしれないし、今より遥か未来に栄える世界なのかもしれない。
果たしてそれを別の世界と呼ぶかと問われれば、僕は否だ」
だから彼は言葉を尽くした。
全ては妹の憂いを払うために。
「夜空の星から星への移動なら別世界と呼ぶか?国から国へ移動するのと大差ない。
というより時間軸の差なら、今この数秒後の未来も別の世界ってことになるだろう?」
口が上手いなとブラッツは苦笑いを浮かべるが、言いたい事は分かっているのか黙って聞いている。
「僕にとってはギィが僕の元に来てから世界が世界として成り立った。
キミのいない世界など、世界ですらない。
今、こうして、愛しいキミが隣にいてくれるのが僕の全てなのだよ」
ゆっくりと頬を撫で、兄は天使のように微笑み、語る。
こうも強く思い在れるのは、偏にギーゼラの存在があってだと。
温かな慈みに身を寄せ、妹もゆったりと嬉しそうに微笑む。
「…いいな」
ぽつりと零れた声を、ブラッツの耳が捉えた。
ふと目を向けた少女の眼差しは、良く見知った彼のものに似ていた。
そしてきっと自分も似たような目を、今はしているのだろうと自嘲し、下を向いた。




