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1:プロローグは春風と共に

云番煎じの悪役令嬢風味ですがどうぞよろしくお願いいたします。


「―――きゃっ」

「っ!」


細い枝が折れ青い葉がバサバサと落ちる音の中に紛れ、確かにそれは聞こえた。

重みのある何かが落ちる気配に息を飲みつつギーゼラは視線を窓の外、階下へと落とす。

そっと開かれた窓の枠に白い指先を寄せ、音のした方はどこかと目を凝らしつつも意識を張り詰め広げた。


彼女の立つ三階からは学院の宏大な庭園が見渡せる。

今日は新学期が始まる前の長期休暇中であり、本来事前に許可を取った限られた者しか立ち入れない為、普段ならば賑わっている整えられた庭園や東屋の周りに人影はない。


故に、木々を手入れ中の庭師が落ちたか何かと思ったのだが、どうやら違ったらしい。

春の柔らかな光に照らされた木々の合間、その一角で、黒檀の髪がもぞりと動くのが見えた。


(…アーデルヘルム殿下?)


遠目からでも分かる王家の色は新緑の影に深みを増すことはあっても褪せることはない。

が、彼が立ち上がったのだろう、繁る葉に覆われその全貌を視認することは叶わなかった。


代わりに強かに一陣の風が吹き、音を立てて若葉が大きく揺れる中、赤味を帯びた美しい髪が煽られるのをギーゼラの青い瞳が捉える。


(あれは誰?)


「お嬢様?」


いつの間にか身を乗り出していた自身に気づき姿勢を正すも、ギーゼラは声の主へ振り返ることなく小さな唇に笑みを浮かべ呟く。

視線は未だ木立から外すことが出来ない。


「イーダ、あなた猫は好き?」

「猫、ですか?」

「ええ。

 今庭に猫が見えた気がして」


ふと、凄まじい勢いで駆け寄る見慣れた赤毛の姿が視界の端に入る。

しかしアーデルヘルムが何か合図をしたのだろう、花壇をひらりと飛び越えた後に目に見えて減速する。

それでもどこか性急に彼は歩を進めて木立の中へ消えていった。


(ブラッツ卿が来れば、まぁいいわ)


ここでやっと役目は終えたと、ギーゼラは長い銀髪を音もなく揺らし侍女を振り返り微笑む。

彼女は新緑の瞳を瞬かせ小首を傾げて主を見つめ返す。

その様子が何とも、年上の割に愛嬌があって愛らしく、ギーゼラはますます己の笑みが深まるのを感じた。


「私としては猫は可愛らしいと存じますが…お屋敷にお連れするのですか?」

「そうなると屋敷の模様替えが必要になるわね。

 かといって部屋猫は可哀そうだわ」

「学院の庭より良い暮らしが出来るのなら、猫も本望では?」


規則的な靴音が人気のない廊下に響く合間を揺蕩うように、クスクスと軽やかな笑い声が流れる。


「あら、それは猫に聞かなくては分からない話ね」

「まずは猫語の講師を手配しましょうか?」

「お父様よりもお兄様の方に伝手がありそう」

「エカード様なら本当にお探し出してきそうなのが何とも…」


苦笑いを浮かべているであろうイーダの気配を背に受けながら、ギーゼラは冬に聞いた兄の言葉を思い出していた。


兄曰く、『彼女の力は本物である』と。

但し、『ギーゼラは関わらないでくれ』とも。


(さぁ、どうしましょうか)


何度も何度も、それこそ耳に蓋をしようかと思った程に兄から聞かされた忠告だったが、生憎立場がそうはさせてくれないのをギーゼラは分かっていた。

加え、兄よりも先に去年の夏頃、アーデルヘルム王太子殿下本人の口から釘を刺されていたのだ。


そしてそれは一介の婚約者候補が断れる話では無かった。


呼び出し前に、珍しいからと人気のない学院を散策しようなど思わなければ、このように気鬱な事を思い出すこともなかったのかもしれないが、今更だろう。

遅かれ早かれ、だ。

あと一刻の差もない。


とりあえず今は、向かう先の控え室でこの麗らかな春の陽気を楽しみつつ読書でもしていよう。

それが精神衛生上は良いなと、結論を出した。



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