すでに死んでいるお前について。
その男は、40代の後半だった。高校を途中でやめてから、ずっと自分の部屋に引きこもっていた。
彼の理屈はこうだ。「テストを受けなければ、0点を取ることはない。もしかしたら100点を取れたかもしれないのだから、それはもう100点を取ったのと同じだ」。彼は、失敗するのが怖くて、何からも逃げ続けた。
そんな男の毎日は、女性同士の恋愛を描いたとある漫画の、パロディ小説を書くことだった。
しかし、それは小説と呼べるようなものではなかった。ただキャラクターのセリフが、ずらずらと並んでいるだけ。物語の風景やキャラクターの気持ちを書くことが、彼にはできなかった。なぜなら、彼は本物の経験から逃げ続けてきたからだ。友達と笑ったことも、悔しくて泣いたこともない。彼の書く言葉は、すべて部屋の中で考えただけの、うすっぺらいものだった。
勉強からも逃げたので、文章はめちゃくちゃ。まるで、小さな子供が叫んでいるかのようだった。それでも、インターネットで覚えた難しい言葉を無理やり使って、自分をかしこく見せようとしていた。彼は自分を天才だと信じていたのだ。
「学校の勉強なんて、やればできる」
「仕事なんて、やればできる」
彼はいつもそう思って、何もしなかった。
「イラストくらい描けるだろう」
と、ペンタブレットを買ってみたが、難しくて三日でやめた。そして最後にたどり着いたのが、「小説家」だった。ただ言葉を並べるだけ、と小説をバカにしていたからだ。しかし、その小説すらうまくいかず、彼はあっさり諦めた。
そして次に彼がなったのは、「評論家」だった。
彼にとって「評論」とは、「悪口」のことだった。
彼は、アニメも映画もニュースも、まったく見ないで悪口を書いた。量をたくさん書くため、速く投稿するためだ。
「このアニメはつまらない」
「この監督は才能がない」
根っこに何もない、ただの悪口をまき散らした。他人をバカにすることでしか、彼は「自分はすごいんだ」と思うことができなかった。
そんなある日、彼の両親が事故で亡くなった。
生活を支えてくれる人がいなくなり、彼は家を追い出された。生まれて初めて、彼は「バカにされる側」になった。
道でさまよう彼に、何人かの人が助けの手をさしのべた。
「一緒に役所へ行こう」
「これを食べなよ」
しかし、彼の心に染みついた「人を見下すクセ」が邪魔をした。
「助けてもらわなくても、自分でできる」
「お前たちみたいな普通の人間に、俺の気持ちはわからない」
「ありがとう」と頭を下げさえすれば、みんな助けてくれたのに。彼は、周りのすべてをバカにし続けた。それが、彼に残された最後のプライドだった。彼は、自分の失敗からも、他人の親切からも、何も学ばなかった。
ある夜、お腹をすかせた彼はコンビニに入った。レジの若い店員は、まだ仕事に慣れていないようだった。前の客の対応に時間がかかっている。イライラした男は、自分の番が来ると、つい口に出してしまった。いつもの、ただの独り言のつもりだった。
「遅いな。そんなこともできないのか。最近の若者は本当に使えないな」
店員の顔が、一瞬こわばった。しかし男は、それに気づきもしなかった。
次の日、彼は路地裏で冷たくなっているのが見つかった。
彼は、最後まで反省しなかった。自分がどうして死ぬことになったのか、きっと理解できないまま、彼の人生は終わった。誰の心にも残らない、とても短い物語だった。