永遠の愛を誓って〜死の間際に自分が転生者だと気づいた男〜
「あなた、何か欲しいものはありますか?」
優しい声が、意識を揺り起こす。
ああ、もうそんな時間か。
永い、本当に永いときを生きた。
この世界の全てをこの目で見て、この手で感じ、そしてこの心で受け止めた。
もう、何も思い残すことはない。
穏やかな夕日のような暖かな幸福感に満たされている。
ゆっくりと瞼を開くと見慣れた部屋と見慣れた顔がそこにあった。
妻の顔には深い皺が刻まれている。
だが、その笑顔は出会った頃と変わらない、優しい光を湛えていた。
「ああ、エレーナ……」
掠れた声で妻の名を呼ぶ。
「ここにいるわ、あなた」
エレーナは優しく微笑み、私の手を握り返した。
その手は温かく、そして力強かった。
「ありがとう……」
エレーナの手の温かさを感じながら、静かに目を閉じる。
(ああ、ようやく、この時が来たか……)
意識が遠のくにつれて、様々な記憶が走馬灯のように駆け巡る。
貴族の家に生まれ、何不自由なく育った幼少時代。
家督を継ぎ、領民のために尽力した日々。
そして、最愛のエレーナと出会い共に歩んだ年月。
どれもが、愛おしい思い出だ。
(しかし……)
ふと、一つの疑問が頭を掠める。
なぜ、今このタイミングで……?
なぜ、今になって自分が【転生者】だったことを思い出したのだろうか?
私は確かに、この世界の人間として生きてきた。
疑う余地もないほど、この世界の記憶、感情、そして知識が私の中に存在している。
だが、同時に確かに【別の世界】の記憶も、私の中に存在していた。
それは現代日本で生きていた平凡な男、【田中一郎】の記憶。
(一体、どういうことだ……?)
疑問は尽きない。
だが、考えるだけ無駄なことかもしれない。
どうせ、もうすぐ全てが分かるのだ。
そう、全ては死後の世界で明らかになるだろう。
(しかし、それにしても……)
自分が今までやってきた政策や行動が、現代日本由来のものだったことを思い出す。
領民の生活水準を向上させるために行った様々な政策。
それは、現代日本の知識を基にしたものだった。
農業技術の改善、衛生環境の整備、教育制度の改革……
思えば自分がとっていた行動は、この世界の常識とはかけ離れたものばかりだった。
周囲からは奇異な目で見られていたかもしれない。
だが、それでも構わなかった。
私は、自分の信じる道を貫いた。
そして、その結果が今の繁栄に繋がっている。
(ああ、そういうことだったのか……)
長年抱えていた疑問が、氷解していく。
時折自分がとっていた、謎の行動。
それらは全て、【元の世界】の記憶が影響していたのだ。
理由が分かれば納得できる。
今までずっと、何者でもない私が、何故このような行動をとるのか、不思議でならなかった。
だが、私が【転生者】なのだとしたら、全て合点がいく。
私は、【私】のようでいて、【私】ではなかったのだ。
私は、【私】の皮を被った、全くの別人だったのだ。
(しかし、まあ、いいか……)
どうやら、私は、【私】の人生を、それなりに全うできたようだ。
やり残したことは、恐らくない。
未練もない。
心残りがあるとすれば……
「エレーナ……」
妻の名前を呼ぶ。
「何ですか、あなた?」
エレーナが優しい眼差しで私を見つめる。
「実は……私は……違う世界で……死んで……この世界に……生まれ変わったんだ……」
エレーナに長年隠してきた秘密を打ち明ける。
エレーナは驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
「そうだったのですね、あなた。でも、どんなあなたでも、あなたは、あなたですよ」
エレーナの言葉に胸が熱くなる。
「ありがとう……エレーナ……」
私はエレーナの手を握りしめた。
「必ず……来世でも……あなたを……見つけ出す……そして……添い遂げよう……」
「はい、あなた。私も必ず、あなたを見つけます」
エレーナは涙を流しながらも笑顔で答えた。
(来世でも必ず、あなたと巡り会えますように……)
私はエレーナの笑顔を見つめながら、静かに息を引き取った。
意識が遠のく中、私は自分が【元の世界】で生きていた記憶を思い出す。
田中一郎。
それが、私の【元の世界】での名前だった。
平凡なサラリーマンとして、ごく普通の人生を送っていた。
趣味は読書と映画鑑賞。
休日は近所の公園で散歩するのが日課だった。
特筆すべきことは何もなく本当に平凡な男だった。
そんな私がなぜ、この異世界に転生したのかは今となっては知る由もない。
だが、一つだけ確かなことは、私はこの異世界で、かけがえのない存在と出会えたということだ。
エレーナ。
私の妻。
私にとって、世界で最も大切な人。
来世でも必ず、あなたを見つけ出す。
そして、今度こそ永遠の愛を誓う。
(来世で、また、あなたに会えることを信じて……)
私は深い眠りに落ちていった。
そして、再び目覚めたとき、私は全く新しい世界に立っているだろう。
だが、きっと大丈夫だ。
なぜなら、私にはエレーナとの約束があるから。
必ずあなたを見つけ出す。
そして、共に幸せな未来を築く。
それが私の願いであり、そして私の誓い。
………………
(あれ……?)
意識が途絶えかけるその瞬間、私はエレーナの心の声を聞いた。
『私も……あなたと……同じ……』
(まさか……?)
私は最後の力を振り絞ってエレーナを見つめた。
エレーナの瞳は潤んでいた。
だが、その奥には確かな光が宿っていた。
(あなたも……転生者……だったのか……?)
私はエレーナの心の声に驚きを隠せない。
だが、同時に深い喜びが湧き上がってきた。
来世でも、きっと私たちは巡り会える。
なぜなら、私たちは同じ魂を持つ、特別な存在だから。
(エレーナ……)
私はエレーナの名前を心の中で呼んだ。
そして、再び深い眠りに落ちていった。
来世で、また、あなたに会えることを信じて。
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