愛する人との約束が遠のき嘆く王太子と画策する王女
「は?来賓室に移動した?!」
「そう。まあ、おまけの王女様たちの言うことがあながち間違っているわけではないからね。王女様たちは三人平等に試験を受けて一番成績が良かった王女が王太子妃になる、と本当に思っているのにユリアナ様だけ王太子宮というのはね、そりゃ文句言うって。だからユリアナ様だけに会うのも我慢しろ」
「いや、そうは言ってもな」
「二度言わせるな。二週間の辛抱だ。二か月待てたなら二週間くらい待てるだろ?」
いや、それは違う。二か月は側にいなかったが今は直ぐそこにユリアナがいるのだ。それを会うのすら我慢しろとはそう簡単なものではない。やっと一緒にいられるようになったのに。
本来なら国家間の結婚式は一年は婚約期間を持つし、王太子妃教育も自国で受けてくるものだ。直接来て学ぶことは結婚してからで良い。それをフレデリクは無理を言って八か月後に結婚式を早め、更に半年前にもうこっちに来てもらったのだ。会いたい一心で議会を通してガーナット王国へ書簡を送り、受け入れてもらえるのを祈った。それが叶ってこんなに早く再会できたというのに。
これまでの二か月とこれからの二週間は全く別物なのだ。直ぐ側にいるのに会えない寂しさにフレデリクは項垂れた。
「しっかりしろ。そんな情けない顔のおまえをオレは見たくない。それからユリアナ様が約束を守れなくて申し訳ありません、って言ってたけどなんか約束してたわけ?」
それだよ。あの愛しいユリアナを腕の中に閉じ込める幸せな感触を思い出し、それも遠のいたと思うと仕事をやる気が出てこない。仕事を目一杯して王太子宮に帰るとユリアナが出迎えてくれる。一緒に食事をした後は談話室で楽しく過ごし、僅かな時間だけユリアナに触れる時間を過ごす。
そんな幸せな時間を奪うそもそもの計画を立てた父親を恨みそうになった。さっさと帰らせれば良かったのに、父上と母上が面白がって試験をするなどと言い出さなければ既に新婚気分でいられたのだ。
「はあ、情けない。なんて情けない姿なんだ。オレは悲しいよ。余裕を持ってユリアナ様の決めたことを受け入れろ。そんな姿を見られたらマジで嫌われるぞ。ユリアナ様はおまえのことを素敵だと思っているんだからな」
ヨーランのその言葉にフレデリクはハッと顔を上げた。
「そうだな。僕が悪かった。二週間なんてあっという間だ。これから長い時間を一緒に過ごすのだからユリアナの安全を考えるとこれで良かったと思おう。だが、何をしでかすかわからない王女たちだから見張りだけはしっかりしておけ」
「もう城内の近衛には伝えてある。特に来賓室あたりの警備をしているやつらには徹底的に監視しろと言ってあるから大丈夫だ」
「助かる。さすが乳兄弟。もっとも信頼する護衛だよ」
「気持ち悪いな。急に」
「まあ、仕事するよ。いつも通り過ごしていれば直ぐ日は経つだろうし」
「ああ、そうしてくれ。くれぐれも言っておくが、ユリアナ様の来賓室に忍び込んだりするなよ」
「何だと思っているんだよ。そんなおかしな行動するわけないだろ」
「いや、おまえならわからん」
「僕はおまえを信頼しているのにおまえは僕を信頼していないのか?」
「それとこれは別だ」
「はあ。さて始めるか」
溜息をつくとフレデリクは執務に取り掛かった。心にぽっかり空いた穴を埋めるかのように一心不乱に書類を確認して判を押し、却下するものは容赦なく却下の箱に入れて行く。最近は情けない姿を見せていたが、実際は優秀で頭が切れる王太子なのだ。しかしことユリアナのことになると心が狭くなり過ぎる王太子でもあるのだった。
「頼んだものは用意できたかしら?」
そう言ったのはインデスタ―王国の王女マレーナだ。
「こちらに」
侍女からマレーナに渡った封筒をそっと開いた。
「うん。完璧。よく余ってたわ。こんな良い席が」
「マレーナ様にはいつも運が味方されてますからね」
そう言って侍女が笑う。
「そうなのよ。不思議よね?必要だと思ったものは手に入るのよ。まあ運でどうにかできるものに限るんだけど。さて、行って来ようかしらね」
マレーナが自室のソファーから立ち上がる。
「ご一緒します」
「ええ。お願い」
マレーナはドレープがふんだんに使われたオレンジ色のワンピースを着て、髪には金の髪飾りを着けていた。銀色の髪に映えて美しく輝く金の髪飾りは父からもらった物で更に美しさも際立っている。シンプルなデザインながらも十五歳の美しいマレーナが着ると華やかさが出て、街を歩けば誰もが振り返るだろう。しかしここは王宮だ。誰もが見慣れているので一々振り返ることはない。
マレーナは王宮を出ると王女たちの来賓室のある場所へと向かった。予め王女たちがどの部屋を使っているか調べてあるので迷うことはない。
一つの部屋の前でノックをすると中から扉が開いた。そして来たのが見た目で直ぐインデスタ―王国の王女だとわかったのか、相手は満面の笑みで迎え入れてくれた。
「いらっしゃい、マレーナ様。フレデリク殿下の妹のマレーナ様が来てくれるだなんて嬉しいわ」
「フランカ様でしたね。マレーナです。妹さんのラウラ様はご一緒じゃありませんの?」
「ラウラに御用で?」
「二人に用があるの」
「では呼んできますね」
フランカが部屋を出て行った。マレーナが浮かべていた笑みがスッと消えた。
「ふう。疲れるわ。演技するのって」
「マレーナ様。直ぐ戻って来るでしょうからお気をつけください」
「わかってるわよ。上手くやるわ。私が考えた作戦だもの」
そんなことを話しているとフランカがラウラを連れて戻って来た。
「ラウラです。お会いできて嬉しいわ」
「今日はこれをお渡ししようかと」
マレーナが二人に封筒を渡す。そしてそれを開いて二人は顔を見合わせた。
「これは明日の観劇のチケットで、本当は私が行こうと思っていたの。でも一緒に行く予定の友人に用事が入ってしまっていけなくなったのです。一人で行くのも寂しいですから、二枚ありますから是非お二人で行かれてはどうかしら?王都で一番格式の高い劇場で上演されるんですよ。愛し合う恋人たちが引き裂かれそうになって逃げる旅路の話らしいのですがいかがかしら?」
二人がじっとチケットを見ている。
「これボックス席な上に貴賓席じゃない。いただいても良いの?」
ラウラが聞く。
「ええもちろん。せっかくインデスタ―王国に来られたのですから勉強ばかりじゃなく、たまには楽しい場所に行って気分転換も良いかと思って。観劇のあとに行こうと思っていたレストランもそのまま予約してあるからお二人でどうぞ。支払いは王宮でするから安心してくださいね」
「まあ。なんてお優しい!マレーナ様が義妹になったら是非一緒に観劇に行きましょうね」
「あら、私の義妹になるのよ。マレーナ様、一緒に観劇に行きましょうね」
「まあ、なんて素敵なお姉様方なのかしら。お優しいのね。でも今回はお二人で楽しんで来られて。17時開演ですから間に合うように馬車の手配もしておきますね。では失礼致します」
そう言ってマレーナは二人を残して部屋を後にした。閉まりかけた扉から二人が喜んでいるのが聞こえてくる。
「簡単だったわね。格式の高い劇場に行くにはそれなりの服装じゃないとならないから、午前中の講義が終わったら、あの二人は準備で忙しくて勉強にならないわね。ふふ。さて、次の手も進めないと」
「マレーナ様、楽しそうですね」
「あら?そう見える?正解ね。だっていくらユリアナお姉様が王太子妃になると決まっていても、あの二人にはサクッと悪い成績で帰国してもらわないとゆっくりユリアナお姉様と安心して過ごせないわ。
二週間経ったらユリアナお姉様と一緒に観劇に行くんだから。私はそれが楽しみでお母様にお願いしてこっそりチケットの準備はしたの。そっちはね、推理物なのよ。ああ、楽しみ!
そうだレストランの支配人にも連絡しないと。どんどんお酒を勧めて飲ませるようにって。高いワインを出させるわ。二日酔いで次の日がフラフラになるくらい飲ませないと」
マレーナが王宮に戻りながら話す。
「他はどういったことを考えてらっしゃるのですか?」
「そうね。王立公園にインデスタ―王国にしかない品種の薔薇があるから見に行くように言うわ。それから、中央広場にサーカスが来てるからそのチケットはもうすぐ手に入るわよね?それに行かせて、それから、まあ、晩餐では毎日高級ワインを出しまくるようにさっき指示を出したから、食後の勉強は一切無理なようにするわ」
「それではまともに勉強をしている暇はありませんね」
「そう?ちゃんと集中して講義を聞いていれば予習復習をしなくてもできるわよ。きっとね。でも、お父様が考える試験だもの、どんなのが出るかわからないから私もその試験用紙を見せてもらわないと。
あ!そうだ。近衛騎士団のところに行かないと」
「何か警備で問題がありましたか?」
「あるわけないじゃない。あの二人の護衛には容姿の良い騎士をつけるわ。もっと一緒にいたくて公園から出たくなくなるように」
「そんな手に引っかかりますか?お二人は王太子妃になりたいのですよ」
「でも、素敵な男性が一緒だと綺麗な花はもっと綺麗に見えるものよ。だから出たくなくなるの」
「そんなものですかね?」
「もう!そんなんじゃ、あなたのことを良いと思っている男性からの視線に気づいていなさそうね」
「そんな奇特な方がいらっしゃいますか?子爵家の三女など庶民と変わりませんよ」
「いるわよ。あなたは美しくて仕事熱心だもの。熱い視線を送って来る中から良い人を選びなさいよ。私が選んでも良いんだけどあなたの好みもあるから口は出さないわ。
そうだ。王立美術館で今レンダール王国の秘宝展というのをやっているのよ。それにも行かせましょう。他国に来て他国の物に触れるなんてなかなかできないわよ。チケットを準備してくれる?」
「お任せください」
「そうねえ、後は何をさせようかしら?」
「王宮のお茶会にお誘いするのはいかがですか?」
「嫌よ。私は一緒に過ごしたくないもの。
私はね、王女として既に色々なことを私自身が考えて国民の為にしているのよ。慰問も何度も行っているし、刺繍やレース編みを作ってバザーに出したり。今の私でできる王女としての役割はやっているつもりよ。勉強も怠らないでやっているわ。
国の為に他国に嫁ぐことになる可能性があるのも理解しているし。本当は嫌だけどね。でも王女の宿命だもの。国家間でより良い関係を築く為に必要なことなら、私は王命に従って遠い国でも行くわ。
だから、あんな王女が気に入らないの。国家間で決めた婚姻を簡単に覆せると思っているのが許せないのよ。
しかもいきなり勝手にやって来て。ガーナット国王が急ぎの親書を送って来なければ大問題になっていたわ。そのことをちっともわかっていない。
インデスタ―王国から王太子妃にガーナット王国第一王女をと申し入れしてガーナット王国がそれを受けた時点で、第一王女が王太子妃に決定しているの。会えば自分が選ばれるとか勘違いも甚だしいわ。
何を学んで来たのかしら?とっても我儘で傲慢だわ。それに自分勝手。インデスタ―王国側の考えを無視した行動ね。自分たちがやったことが外交問題になるって思わないのかしら?しかも二週間も他国にいてその間あの人たちには公務はないのかしらね?不思議でならないわ。もういい年でしょ?私より公務が多いはずよ。放り出して来たのだとしたら王女失格ね。
この試験は二人をきっちり切り捨てる為にやるんだけど、ただ試験結果で決まりました、じゃ面白味がないから徹底的に悪い点数を取ってもらいたいのよね。
腹黒くて呆れた?」
「いいえ、ちっとも。頼もしく感じます。もし他国に行かれることになりましたら、私がどこまでも付いて参りますからご安心ください」
「ありがとう。ミレア。その時はよろしくね」
主従は共に王宮へ戻り、それぞれの任務を果たすべく動き始めた。